V2_背中越しの彼女
「【バーニングスピア】っ!」
カッツの手から放たれた無数の炎の矢が独眼竜へと向けて飛翔する。
着弾地点が激しい爆発を起こすが独眼竜はそんな攻撃などまるで無かった事かのように小さく鼻を鳴らして見せた。
「ちっ、MP消費の少ない魔法じゃ威力が出ないか……」
その様子にカッツは素早く戦法の修正を行う。高威力の攻撃でないと奴の固い皮膚には通じない。恐らく一定数のダメージを出さねば設定の装甲値を抜けないのだと直ぐに悟った。
「【ヘルフレア】っ!」
ならば一点突破。再びカッツは手元に炎を集めるとそれを独眼竜へと再度放つ。今度は先ほどの炎の矢とは比べ物にならないほどの威力。
しかしそれも装甲を僅かに傷つけるのみで大したダメージは期待できない。
「多分攻撃は通ってると思うんだが……」
緊急クエストのボスなんて、本来は複数人で討伐することが前提だ。そのためHPも多く設定されているのが妥当。今の攻撃を繰り返しているだけではこちらの方が先にリソースが尽きてしまう。
「いくら通っていてもこれじゃあキリがないな」
魔法がダメなら今度は直接攻撃。
左手の剣を両手持ちに切り替えると、そのまま竜の足元に向けて駆け出していく。
「はぁあああああああ【セイクリッドインパクト】ぉおおお!」
竜の前足まで到達するとそのまま勢いよく地面を蹴り上げる。握りしめた剣の刀身は白く光を帯び、その脇腹へと向けた切っ先はよりいっそうの光を放っていた。
刺突スキル最上位技【セイクリッドインパクト】。剣スキルの上位に位置するこの技は剣に纏わせた聖なる光でどんな固い装甲をも貫く力を持っているとされている。
それが独眼竜の脇腹を確かに鍔まで貫いた。
「っしゃぁ!思ったより通ったっぽいな!」
しかし竜もただ攻撃を受けただけでは収まらない。勢いよく体を回転させると、脇腹の下から抜け出そうとするカッツに向けてその強靭な尻尾を振り回した。
「まっずっ!」
咄嗟に手元の剣を体の前に立てるように構えるが、それだけでいなせるような攻撃であるはずがなかった。
鈍い音が辺りに響くと、そのままカッツは勢いよく30メートルほどの距離を吹き飛ばされる。
「うぇ……つえぇ……」
腰のポシェットから回復薬を取り出しながらカッツは情けない声を一つ上げる。
「マズいな……金策がメインだったから高級回復薬なんて持ち込んでねぇぞ」
一度に大量のHPを回復できるアイテムはこのゲームでは貴重品だ。日頃から金策を惜しんでいるカッツにとってはそうそう持ち歩ける代物ではない。
「まぁ、死んだら死んだで持ち物ロストするだけだし……やれる分だけやってみるか」
自分のステータスを一度確認するとカッツは気合いを入れるように頬を叩いた。
「さあ行くぜ独眼竜!【バーニングスピア】!」
再び炎の矢を顕現させ、それを勢いよく竜の顔に向けて放つ。しかしその攻撃を軽々と躱して見せると竜は再びカッツの元へと視線を向ける。
が、そこにもうカッツの姿はない。一度通った攻撃であれば通じるはずだ。そう思案したカッツの体は既に竜の懐まで辿り着いていた。
「【セイクリッドインパクト】!」
激しい衝撃が独眼竜の体を貫く。と、同時に大きく竜が体勢を崩すのが分かった。
「【コスモストライク】っ!」
追撃とばかりに今度は横薙ぎの剣戟が竜を襲う。このゲームの敵にHPの表示は存在しない。モンスターのリアクションから残りのHPを測ることがプレイヤーのスキルの一つとされている。
恐らく残りHPはまだまだ有り余っているはずだ。しかし先のリアクションが明確に独眼竜に攻撃が通じていることを示していた。
「行けるっ……っ」
カッツがそう確信した時だった。
「ぎゅぁあああああああ!!!!」
独眼竜が今までとは違う咆哮を一つ上げる。
「な、なんだっ!?」
突然の出来事に咄嗟に驚くカッツ。しかし彼の驚きはそれだけに収まらなかった。
「いやいやいやいや……」
竜の両翼が銀色の光を帯び始める。それは黒のボディカラーと相まってある種美しささえ醸し出していた。
しかしことこの場においてはそれは明確な殺意に違いない。開いた両翼を勢いよく前へと羽ばたかせると、二つの巨大な旋刃がカッツの元へと飛来する。
「やっべぇえ!!!」
体勢を低く落とし、再び剣を縦に突き立てる。今度は先のように吹き飛ばされないようにと地面に切っ先を突き立てての形だ。その後ろに隠れるようにカッツはその身を縮こませる。
このゲームに剣を防御に利用するスキルは存在しない。しかし攻撃を攻撃にぶつけることによって威力が相殺されるということは多くのプレイヤーに知られている技術の一つだ。
ここで再び【コスモストライク】をあの旋刃にぶつけることで、攻撃の威力を低下させる。それがカッツの狙いだった。
「頼むっ!【コスモストライク】っ!」
直後、柄を握る両腕に激しい衝撃が走った。と、同時に刀身で相殺できなかった攻撃がカッツのHPを削り取っていく。
「なんちゅー威力だよ……っ!設定ミスりすぎだろっ!」
体力の7割ほどを消し飛ばした攻撃に思わず愚痴が漏れてしまう。カッツの防具はそこそこの高級品。更には攻撃を相殺にかかってのこの威力だ。
直撃したら即死は免れないだろう。
「しかも、その状態は解けないって訳ね」
独眼竜の両翼は銀の光を纏ったままだ。恐らくHP減少か一度に一定威力以上の攻撃を食らって発動するギミックだ。
「【バーニングスピア】っ!」
一度距離を取るために牽制の魔法を放つ。顔を狙った攻撃だがそれも銀の翼によってあっけなく撃ち落とされてしまう。
「まぁ、元から一旦距離を稼ぐためだったからな。問題ない」
とにかくあの攻撃を食らってしまえばおしまいだ。一定以上の距離を取ってしまうと体のいい的と化してしまうだろう。
「ならっ!」
再び前へと駆け出すカッツ。
「距離を取るのがまずいなら、足元でずっと戦い続ければいいってねっ!」
その時だった。独眼竜の口元が赤く光り出すのが分かった。
「ブレスまであるのかよっ!?」
迫るカッツを迎撃せんと竜が頭をこちらに向ける。既に駆け出してしまっているカッツには咄嗟に防御体制へと移行するのは不可能だ。
「あれはまずいっ!」
流石にこれは終わったか。死んだら街に戻ってログアウト。そしたら今日の稼ぎは全部ロストか。まぁ、元はと言えば無謀にもソロで緊急クエストに挑んだのが悪いんだ。
カッツの脳裏に今日の苦労が流れ込んでくる。せっかくの休日を使っての稼ぎが全部パー。8時間分の努力を返してくれ。
そう文句を言いそうになったその時だった。
「……えっ!?」
こちらを向いていたはずの竜のブレスがあらぬ方向へと飛んでいった。突然奴の顔先が何かに殴られたかのようにそっぽを向いたのだ。
「い、一体何が……っ!?」
そう口にした直後だった。
「《どうやら間に合ったようですね。ぶいっ!》」
空中に浮いた淡い青のテキスト欄に見覚えのない名前からメッセージが飛んできた。
「シノ……?間に合ったって一体……っ」
再びこちらを向こうとする独眼竜に向けて、追撃の一発がカッツの後方から飛来した。
「実弾かっ!?」
銃声と共に大口径の鉛玉が独眼竜の肩口を撃ち抜く。
何事かと咄嗟に後方を振り向くと、山の稜線の上に一人の少女が寝そべっているのが目に入った。
「あれはさっきの……」
そこにいたのは先ほど言葉を交わした少女。
「《どーもです。こちらシノ。あなたの援護をいたします。よしなに》」
このゲームの名前は「Guns&Magic Fronteir」。剣と魔法、そして銃弾が飛び交う最新鋭のVRMMORPGである。
と言う訳でお付き合いいただきありがとうございました。
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それでは次話っ!