ファイル86怪盗プリンスは迷探偵令嬢を捕まえたい!
よろしくお願いします!
ポカンと口を開けているアイリーンの頭は大混乱だった。
(うそでしょ!? え、え? どういうこと? それより私、さっき何て言って!)
目を白黒させ、百面相を繰り広げるアイリーンは、口をぱくぱくさせているが、驚きすぎで声にならないようだ。
ようやく話し始めたかと思うと訳の分からない弁解を始める。
「あの、私違うんです。お、お慕いしているのは事実ですが、決して、殿下と婚約者様の邪魔など!」
「アイリーン、大丈夫だから落ち着いて」
「でもっ」
バタバタするアイリーンに、エドガーは手に持っていたネックレスを掛ける。
ぴたりと固まるアイリーン。
そんな彼女の姿を確認すると、ニコニコと嬉しそうな笑みを見せるエドガー。
「えっ?」
「うん、思った通り、良く似合うね」
「えっ? これは、殿下の婚約者様に贈られるものでは?」
「そうだね」
「えっと?」
好きな人だと自覚した今、至近距離にいるエドガーに心臓が苦しいほどに早くなっているが、それ以上に頭が真っ白なアイリーン。
身体を離して彼女の顔を真っ直ぐ見つめるエドガーの瞳は、慈しむように細められている。
「アイリーン、私はとっくに君に捕まっているんだ」
「うそです……」
「本当だよ」
思考停止したアイリーンの前に跪くと、彼女の手を取り、エドガーは真剣な表情で彼女を見つめる。
「アイリーン・モリー・ポーター嬢、あなたのことを愛している。どうか、私と結婚してほしい」
「え、エドガー様? ほ、本気ですか?」
「こんなこと、冗談で言う訳ないだろう?」
「た、確かに」
「アイリーン、君が好きだよ。前に街で呼んだように、ずっと特別な愛称で呼びたかった。君の特別になりたかった」
「あ、エドガー様」
「君はどうかな? 私のこと、どう思っているの? さっきのは噓だった?」
いたずらっぽく微笑むエドガーに、アイリーンは盛大に顔を赤らめて抗議する。
「さっきの!? ああ、もう、殿下! 嘘じゃありません! 大好きです。エドガー殿下! ずっと、この気持ちが何なのか分からずに迷ってきましたが、婚約者ができると聞いて、悲しくなって、苦しくなって」
「うん」
「私でいいのですか?」
エドガーは濃紺の瞳にはちみつの様な甘い色を乗せて、アイリーンに微笑んだ。
「アイリーンがいいんだ」
アイリーンは覚悟を決めてエドガーの手を握る。
「……私でよければ、喜んで」
「ありがとう、アイリーン。これからもよろしく」
「よろしくお願いします。エドガー様」
手を取り合って幸せそうに微笑むのだった。
「さて、そろそろ戻ろうか。協力してくれたみんなに報告しないと」
「えっと兵たちですか?」
二人が神殿を出ると、いなくなっていたはずの兵たちが廊下にいた。
ネックレスのあった部屋の眠らされたはずの兵たちも起きている。ただの寝たふりだったらしい。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます! 万歳!!」
口々に声を掛けられ何のことだか把握しきれていないアイリーン。
「アイリーン様」
クラウスがどこからともなくやってきた。
「クラウス様」
「様はおやめください。それより、エド、上手くいったようでよかったです」
「ああ。皆に感謝しないとね」
今の流れを見る限り、王宮中の人がアイリーンとエドガーのことを知っているらしいと気が付いたアイリーンはクラウスにもどことなく気まずげな表情を浮かべている。
「あの、エドガー様、みんな、とは?」
「ポーター侯爵家の人々や今まで君が親しくしてきたみんなだよ」
「えっ!?」
思っていた以上に広範囲の人物が関わっていたらしい。目を丸くするアイリーンにエドガーは種明かしをすることにした。
「アイリーンがなかなか私の気持ちに気付かないから、作戦を立てたんだ。怪盗プリンスの予告状を準備して、君に贈る愛の証を作ってもらう時間を稼いだ。ウッド子爵令嬢に君の好みを聞き出してもらって、ネックレスにしたんだ」
「オリーブ!? で、でも初めて怪盗プリンスが出た時、殿下は私の隣にいらっしゃったではありませんか……まっ、まさか」
アイリーンはニックが何気なく言っていたことを思い出す。
「お、お兄様?」
「大正解だよ。今回の一番の功労者はアーサーだね」
「そんな」
アイリーンは頭がくらくらするのを感じる。
(殿下を怪盗プリンスと呼んでいることを知っているのは、マギーとお兄様だと分かっていたのに……どうして私ったら気付かなかったのかしら!)
アイリーンはハッとした。
「それじゃあ、犯行予告のあった店や孤児院の人々は……」
「みんな知っていて協力してくれたんだ」
「うそ……」
「でも、君に自覚させるためとはいえ、かなり泣かせてしまったね。ちょっとやりすぎた。マギーが抗議文を送ってきたよ」
「マギーも知っていたのね……」
次々と明るみに出た事実に言葉を失う。
ふと、まだ謎が残っていたことに思い至る。
「あの、もしかしてドイル先生も?」
「ああ、もちろん。彼は本当に良くやってくれたよ」
「名探偵シャーリーシリーズの話をわざわざ書き換えてくださったのですか? 先生の考えていたお話があったのでは?」
「どうかな? あったかもしれないけど、これはこれでモデルに忠実に書けているわけだし、彼も満足していると思うよ」
いろいろなことが繋がり始めたアイリーンは、連想される人物がいることに眩暈を感じる。
「……以前見た生原稿やサインの書き方、心当たりがあるのですが」
「さぁ誰だろうね。本人に聞いてみるといいよ」
そう言って爽やかに笑うエドガーの表情に、含みのようなものを感じて、アイリーンは痛む頭を押さえたのだった。
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エドガーと両想いになった後、国王陛下と王妃殿下に報告してから自宅に帰ると、両親と従者たちがパーティーの準備をして待っていた。
エドガーはアイリーンの両親に正式な婚約を申し込んだことを報告すると、ポーター侯爵は喜んで了承したが、酒を飲み始めると泣き出してしまった。
「うぅ、殿下……娘を、娘をよろしくお願いいたします」
「もうあなた! いい加減にしてください。しかし、うちの娘は少々お転婆で、鈍感な子ですから、殿下の想いにも気付かず、恋も分からない子だと思っておりましたが……いつの間にか大人になっていたのですね」
「ポーター侯爵、夫人も安心してください。あなた方の大切な娘は、必ず、幸せにしてみせます」
「殿下! ありがとうございますぅぅ!」
ほろりと涙をこぼす母を号泣しながら抱き寄せる父。
その喜んでくれている様子に何とも言えない気恥ずかしさを覚えたアイリーンなのだった。
両親以外で最も喜んだのは、いつも一緒にいたマギーだった。
「お嬢さま~! ほんとうに良かった! マギーは嬉しいですぅぅぅ」
「マギー!」
泣きながら抱き合うアイリーンとマギーを、エドガーは微笑ましそうに見守るのだった。
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