ファイル84決戦前夜
よろしくお願いします。
翌日、ようやくマギーを呼んだアイリーンは、真っ赤に腫れた目を冷やしてもらう。
「ああ~。こんなに腫れて。元に戻るまで一日はかかりますよ。今日は大人しくお家にいましょうね」
「うん。ありがと、マギー」
ベッドの上で目に冷たい布を当てたアイリーン。そんな彼女を、マギーは姉の様に優しく見つめるのだった。
何とか目の腫れも引いたアイリーンは、それから一月の間、無我夢中で日々を過ごした。
今まで以上に捜査に打ち込み、エドガーとの報告会はお休みし、手紙で必要な情報をやり取りする形を取る。
情報収集を行い、借り受けた兵やガーネットチルドレンと何度も打ち合わせをしている彼女の姿は、一見やる気に満ち溢れた元気な様子だが、彼女を良く知る者にはあえて忙しくしているように見えていた。
エドガーのことを考えない様にしているのだろう彼女の様子に、マギーやポーター夫妻は無理をしないようならばと、黙って彼女のことを見守っていた。
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そんな日々を過ごすこと一ヶ月。遂に、愛の証が王宮に納められる日がやってきた。
アイリーンは王宮のとある一室で、今回の作戦で参加するガーネットチルドレンと警備部隊と集めていた。
テーブルの上には今回守る部屋とその周囲の地図が広げられている。
「ついに今日が来たわ! 皆準備はいいかしら。最終確認よ! まずA班――」
アイリーンは各班長達と共に作戦の最終チェックを行っていく。
「――でお願いね。それでは皆! 何が何でもエドガー王太子殿下の愛の証を守るのよ! 力を貸してちょうだいね。はい、解散!」
パチンと手を叩いてアイリーンが合図を送ると、それぞれが持ち場に向かっていく。それを見届けてから、アイリーンは到着した愛の証を見るために歩き始めた。
「アイリーン様、どうぞこちらへ」
アイリーンが宝石の納められる部屋に向かうと、すでにエドガーや側近のクラウス、警備の兵たちがそろっている。
入り口にいたアイリーンに気付いたクラウスが、ちょいちょいと手招きする。
アイリーンはクラウスの隣にいるエドガーを一瞬見て、視線を逸らすとエドガーのいない側についた。
「ご苦労様です。準備はいかがですか?」
「皆、頑張ってくれていますわ。それで、こちらが例の?」
「ええ」
「ああ、これが君に守ってもらう宝飾品だよ」
クラウスの話を遮るようにエドガーがアイリーンに声を掛ける。
「……ご挨拶が遅れまして、失礼いたしました。エドガー殿下」
急に話しかけられたことで驚いたアイリーンは、びくりと肩を震わせるが、何とか平静を保つ。
エドガーは視線を合わさないアイリーンを少し嬉しそうに見つめると、いつもと変わらない笑みを浮かべる。
「挨拶はいいよ。状況は問題なさそうで安心した」
「私だけではできないことです。殿下のご支援と皆の頑張りですわ」
「そうか」
アイリーンは「それより」と話を切り替えて、さりげなくエドガーから宝飾品へ視線を移す。
透明度の高いガラスケースの中に美しいネックレスが飾られている。
品のある装飾の施されたプラチナの台座に、華やかでひときわ美しい輝きを放つイエローダイアモンドが嵌まっている。
台座の周囲には小さく上品なダイアモンドがちりばめられていた。
アイリーンが今まで見たことのない美しさのネックレスに彼女は見惚れる。
(殿下の愛は、こんなに綺麗なのね……いいなぁ)
まぎれもなく特別なネックレスに、もやりとした黒い感情が沸き上がる。
アイリーンは目の奥がツンとするような気がして、早くこの場から立ち去りたくなった。しかしそんなわけにはいかない。アイリーンは平静を装う。
「……素敵なネックレスですわね」
「君もそう思う? 良かった……このイエローダイアモンドは特別だから、どうしても彼女への贈り物にしたかったんだ。とてもいい仕上がりだね。素晴らしい職人技だ」
優しく愛おしそうに、どこか嬉しそうな声が、彼女の胸には苦しい。
(ああ、レティシア様、フィリップ。愛ってこんなに苦しいのですね)
どんよりとした気持ちを抱えながら、アイリーンはエドガーやクラウスとの打ち合わせを終わらせ、足早にポーター邸へと帰宅したのだった。
マギーはポーター侯爵家の玄関先でアイリーンの乗った馬車を待っていた。
開いた馬車から出てきたアイリーンは、眉を下げて困ったような笑みを浮かべていた。泣くのを堪えて無理に笑っているアイリーンの瞳が、だんだんと潤んでいく様子をマギーは優しく迎える。
「お帰りなさいませ。アイリーンお嬢様」
「ただいま、マギー……」
「よく頑張りましたね」
「……うんっ」
マギーはアイリーンの顔が見えない様に抱きしめて、優しく背中を撫でるのだった。
その夜、明日に備えて早めにベッドに横になったアイリーン。彼女は傍に控えたマギーを見る。
「ねえ、マギー」
「どうしました? お嬢様」
「あのね、私……明日、頑張るわ。ちゃんとネックレスを守ってみせるわ」
「……はい」
「帰ってきたら、美味しいおやつを食べたいわ」
「はい。準備しておきますね」
アイリーンはマギーに微笑みかけると、ゆっくりと目を閉じる。
「おやすみなさい。いい夢を」
マギーはアイリーンの寝入りを見届けて、静かに部屋を後にした。
運命の日の前夜は、ゆっくりと過ぎてゆくのだった。
ありがとうございます!




