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ファイル82エドガーの依頼

よろしくお願いします!

 アイリーンはエドガーに呼ばれ、王宮にやってきた。怪盗プリンスが狙った二つ目の事件、ウッド子爵邸での捜査について報告するためだ。

「なるほど。子爵邸ではそんなことがあったんだね」


「そうなのです。私は子爵令嬢と話し込んでいたのですが、本の置かれた部屋に向かうと丁度怪盗プリンスが盗むところだったのです」

「ふーん」


 エドガーはティーカップを眺めてしばらく考えると、アイリーンに視線を戻す。

「アイリーン、やはり怪盗プリンスは君に挑戦しているのだろう。どうかな、君に怪盗プリンスに関する警備を任せようと思うのだが」


「えっ」

「もちろん、君だけに危険なことはさせない。兵はこちらで集めるから、好きに使ってくれて構わないよ」

 アイリーンはきょとんと目を丸くして、エドガーの言うことを反芻すると、首を傾げる。


「私に兵を? 本当によろしいのですか?」

「ああ、君の所に予告状が来るようだからね。何か意図があるのだろう」

「分かりましたわ! 私が怪盗プリンスを捕まえてみせます!」


 アイリーンはエドガーの提案を快諾する。

「頼んだよ」

 エドガーの言葉には、どことなく別の意味が込められているようだった。


 **********


 それからは毎週、新聞に【名探偵シャーリーシリーズ】が連載される日に合わせて、ポーター家に予告状が届く日々が続いた。

 ある時は、フォスター男爵家やポーター侯爵家が狙われ、またある時は、王立図書館や平民街の商店、孤児院が狙われることもあった。


 狙われる品は高級なものから、特に価値のないものまで様々だ。ただ何故か、アイリーンの知り合いばかりが狙われているようだった。

 平民街の警備には、エドガーから借りている兵だけではなく、ガーネットチルドレンが参加することも多い。


 そのため、ガーネットチルドレンをまとめているニックからの報告を受けることもしばしばだった。

「今回は宝飾店パールラントに入るつもりらしいな」

「そうなの。狙いは店主たちの宝物であるイエローダイアモンドよ」


 パールラントのダイアモンドと言えば、悪徳商会からエドガーとアイリーンが守ったものだ。パールラントとブティックマダムローズの店主二人だけではなく、アイリーン自身にとっても思い出深い宝石だった。


(エドガー殿下と初めて街を回った時に見せてもらったのよね。あの宝石は絶対守らなければ!)

 アイリーンは初めて宝石を見た時のことを考えてから、ニックに尋ねる。

「どう? ここ最近の不審な出入りや怪しい客とかは見つかった?」


「いや、今のところはまだない。当日の警備は人目を惹きすぎてもよくないから、俺達は路地で待機する。城の兵が警備で付くから心配ないと思う」

「そう。分かったわ。何か不審なことがあったらいつでも言ってちょうだい」


「宝石は偽物にしてある。本物はどっかに運ぶらしいぞ。他にも何かわかったら言う」

 ニックはいつものように自信ありげな表情でニヤリと笑うと、突然「あ、そう言えば」と声を上げた。

「どうしたの? 犯人を見たの?」


 思わず身を乗り出して尋ねる彼女に、ニックは苦笑いをしながら首を横に振る。

「違う。そんなんじゃないんだけどさ、最近お嬢の兄ちゃん見てないなと思って」

「お兄様? 今は領地に戻っているわ」


「そうなのか。や、この前さお嬢の兄ちゃんにそっくりな人を見かけた気がしたんだ」

「そっくりな人?」

「ああ。俺、職業体験で出版社にいるだろ? この前、休憩の時に兄ちゃんによく似た男が、女の人と一緒に歩いてたんだ。その人たちはそのままカフェに行ったし、そこからは見てないけど」


「他人の空似かしら? ふーん、分かったわ。ありがとうニック。引き続きお願いね」

 アイリーンはニックの知らせた目撃情報に首を傾げたが、その場はパールラントの警備を優先するため話を切り上げた。


 **********


 アイリーンと怪盗プリンスの攻防は、数ヶ月にも及んだ。

 毎週、新聞で小説を確認し、予告状を見る。いつも予告された日までは数日あるのでエドガーに兵を借り、二週間に一度の報告会でエドガーに会うという日々を送っている。


 今日も報告会の日であり、小説が載る日だった。

 小説を確認するため新聞を開いたときにアイリーンは違和感を覚える。何故か予告状が入っていなかった。


「あれ? 予告状がないわ……お休みかしら?」

 不思議に思った彼女だが、特にそれ以上手掛かりもないので特に気にすることもなく、王宮へ向かう準備を始めた。


 **********


 ここ最近の報告会の内容は、怪盗プリンスの話が中心となっていた。

 アイリーンは怪盗プリンスの関わる事件について、熱く語り始める。

「今回も怪盗プリンスを取り逃がしてしまいましたわ~。去っていくときに目が合ったような気がします!」


「そうなんだ」

「はい! 何だか、ふふん、と得意げに笑っていた気がします! くやしいいぃ」

 アイリーンはティーカップをカタンと音を立てて置くと、両手で顔を覆い嘆く。


 そんな彼女を見るエドガーは、穏やかな笑みを浮かべて紅茶を一口飲む。

「ははは。随分楽しそうに捜査しているね」

「そんなことないですわ! 彼だけは絶対捕まえてみせます!」


 グッと拳を握り締めて、めらめらと燃えているアイリーン。そんな彼女の姿を見て、エドガーは笑顔だが切なげな表情を見せる。

(エドガー様?)


 彼の表情に違和感を持ったアイリーンは、我に返るとエドガーに尋ねようと口を開こうとしたが、彼女の言葉を遮るようにエドガーは話始めた。

「アイリーン、今までの君の活躍を見込んで頼みがあるんだ」


「頼み、ですか?」

 エドガーは「ああ」と頷く。

「今日の予告状は来なかったと言っていたね」

「はい」


「実は、予告状が私の所に来たんだ。これを見てくれ」

 エドガーは新聞を取り出し、アイリーンに手渡す。

 受け取った彼女は新聞の一面に視線を向ける。見覚えのある一面記事だ。

「これは、今日の新聞ですわね」


 いつものように中ほどにある【名探偵シャーリーシリーズ】の連載ページを探すと、ひらりとカードが落ちる。

「これが殿下の所に?」

「ああ。私も毎週小説を楽しみにしていてね。今日の新聞にそれが挟まっていたんだ」


「読んでもよろしいですか?」

「構わないよ」

 アイリーンは許可を取ってカードの文面に目を通す。


【一月後、エドガー王太子殿下の最愛の証をいただきにあがります】

 アイリーンは文面に驚いた。

(え、エドガー殿下の愛の証? し、知らなかった……)


 アイリーンは、何故かきゅっと痛む胸のあたりに気付かないふりをして、エドガーに詳細を求める。

「殿下、これは一体?」

「これはまだ公にしていないことだが、実は今度ある令嬢に婚約を申し込む予定になっていてね」


 その瞬間アイリーンは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受ける。

(う、うそ……私おかしいわ)

 アイリーンは怪盗プリンスのことで高揚していた気分が、どんどんと落ち込んでいくのを感じる。


「それって……ご結婚を考えておられるということですか?」

 何故か唇が震える。

 精一杯平静を装ってエドガーの答えを待つ。

 だが、アイリーンの思いとは裏腹に、エドガーは照れくさそうに笑った。


「そう言われると何だが気恥ずかしいね。ああ、そうだよ。姉上も嫁いだし、次は私の番だからね。最近は娘を売り込んでくる貴族たちも増えてね」

「……よい人がいらっしゃったのですね。おめでとうございます」


「とても可愛い人だよ。彼女への愛の証には、パールラントのイエローダイアモンドを使っているんだ。あの店主二人が是非と言ってくれてね。丁度一月後にその証が届くことになっている」

「そう、なのですね」


 アイリーンの心は、紙に落としたインクの様に、黒い何かがじわじわと広がっていく。理由の分からない痛みが走る。彼女はこれ以上、エドガーの話を聞きたくないと思った。

「このことは極秘で進めていたから、知っている者も限られている。そして今、君も知った――だからね。君に愛の証の警備を頼みたい」


 アイリーンは驚いた表情で一拍息を止めると、ゆっくりとしたまばたきをして、微笑みながら美しいカーテシーを見せる。

「……お任せください」

 彼女の笑みはどこか大人びたものだった。


読んでいただきありがとうございました!

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