ファイル81ウッド子爵家とサイン本
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アイリーンが怪盗プリンスと対面して一週間後。
新聞に【名探偵シャーリーシリーズ】の連載小説が掲載される日の朝、前回同様にアイリーンはいち早くポーター家に届いた新聞を手にしていた。
新聞を開くと、小説の印刷されたページに見たことのある小さなカードが挟まっている。
「また、このカード。予告状よね……」
アイリーンはまず、続きの気になる小説から目を通すことにした。
(前回も素晴らしい作品だったけれど、今回もホントに素敵だわ! ドイル先生の個展を見ると、より深みを感じるわ)
今回の話は貴族邸で著名人のサイン本が、盗まれそうになるという話だ。
アイリーンはうっとりと読後の余韻に浸ってから、彼女は例のカードを手に取る。
「やっぱり予告状だわ。前回と同じ紙に同じ癖。同一人物の仕業よね。えーと【三日後の正午、ウッド子爵邸の宝、世界に一つだけの本をいただきに上がります】ですって? ウッド子爵邸オリーブの家よね。なんてことなの!」
早速彼女はエドガーに報告するため、手紙を持たせた従者を向かわせる。
朝に送り出したからなのか、幸いにも使いの従者はその日のうちにエドガーからの言伝を持って帰ってきた。
エドガーからの返事を読むと、どうやらウッド子爵邸の警備にアイリーンがついてよいということの様だった。守りを固める兵は、ウッド子爵家の従者と、エドガーのほうでも手配してくれるようだ。
「マギー! 殿下が手伝ってくださるみたいよ! 兵は貸していただけるそうなの」
「それは良かったですね」
「でも殿下はお仕事があるから来られないって。近々報告会の予定もあるし、その時に報告するように、ですって」
アイリーンはエドガーからの手紙を読みながら、マギーに今後の予定を伝える。
「子爵家への伝令はいかがしますか?」
「あ、それはエドガー殿下が伝えてくださると手紙に書いてあるわ」
「そうですか。では三日後にウッド子爵家へ向かうということで、準備させていただきます」
「ええ。お願いね」
警備についての予定を整えると、アイリーンは再び予告状と新聞に向き直る。
「このカード、不思議ね。必ずその日の小説と似た内容になっているのだもの。小説のファンかしら? でも今のところ狙われているのは全てドイル先生に所縁のあるもの。これって偶然にしては出来すぎているわ」
「確かにそうですね」
「でもなんで私に予告状を送ってくるのか分からないわ」
「お嬢様は【シャーリーシリーズ】の大ファンだから、でしょうか?」
マギーが思いついたことを口にする。アイリーンは、少し考えると首を横に振る。
「うーん。それだけだと少し理由として弱い気がするわ。沢山ファンがいるのに。それともう一つ。何故犯人は小説の内容に合わせた予告状を贈ることができるのかしら?」
「確かに不思議ですね。何故でしょう?」
「可能性としては、新聞が届くまでに何者かがカードを仕込んだ、というのが考えられるけれど。新聞屋? それとも印刷会社? 出版社とか?」
現時点ではアイリーンには分からないことが多すぎて、あれこれと考えては見たものの結局結論が出ることはなかった。
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予告のあった当日、アイリーンはウッド子爵家へ訪れていた。
警備に指示を出した後、アイリーンは、オリーブと一緒にお茶をいただいていた。
「ああ! 感激だわ! これが世界に一つしかないドイル先生のサイン本!」
「喜んでいただけてよかったわ。この本もアイリーン様のようなファンに見てもらえると喜ぶと思いますわ」
アイリーンの手元には【名探偵シャーリーと犬】の初版本であり、サイン本がある。聖なる日の茶会の際にオリーブが引き当てたものだ。見せてもらう約束をしていたアイリーンだったが、予定が合わずこの機会に見せてもらうこととなったのだ。
「ホントにこんな素晴らしいものが世の中にあるだけで幸せだわ」
アイリーンがうっとりした表情で本をじっくり眺めた後、本を守りやすいよう応接室にガラスケースを用意してそこに展示することになった。
本を部屋に戻してから、オリーブとアイリーンはお茶をしながら怪盗プリンスを待つことにした。
彼女たちの話題は、今回の窃盗事件の話から新聞に載っていた【名探偵シャーリー】の連載小説の話へと移り変わる。
オリーブはアイリーンの説明を聞き、納得したように頷く。
「なるほど、そういった理由でしたのね。我が家の本が何故狙われているのか納得できました。まさかそんな形で新聞の小説と関係があったなんて」
オリーブはテーブルの上に置かれた新聞に視線を向けた。
新聞の一面には、数か月前にフォグラード王国を出てコメリカに嫁いだレティシア王女の婚姻式が行われたことが絵姿付きで掲載されている。折りたたまれているが、レティシア王女とオズワルド王太子の幸せそうな笑顔が見えた。
「はあー王女殿下、幸せそうですわね!」
「そうね! とても素敵なドレス姿!」
「それだけではありませんわ! 何といっても王女様の付けているティアラです! このティアラは、フォグラードの王族に伝わる、愛の証を知ったオズワルド殿下が、レティシア殿下のために贈られたものだとか!」
アイリーンにとってレティシアは、姉のような存在であり、秘密の部屋での日々を過ごした思い出は彼女にとっても大切なものになっている。だからこそ、直接は見ることができなくても、彼女が異国で笑顔を浮かべているのであれば、幸せでいるのであれば、アイリーンも例の彼も嬉しいと思っているのだ。
何となくしんみりと新聞を見つめるアイリーン。
「――ですわ! そう思いません? アイリーン様」
「えっ? ごめんなさい。何の話だったかしら?」
レティシアのことを考えていたアイリーンは、オリーブの質問で我に返った。
「どうしたのですか? 体調がすぐれませんの?」
「いえ。少し考え事をしてしまって」
「そうでしたか。確かにいつ怪盗プリンスが来るかわかりませんものね。レティシア様やエリザベス王妃殿下を見ていると、愛の証に憧れるという話です。アイリーン様は、憧れませんか?」
アイリーンは宙を見上げ考える仕草をする。
彼女の見た愛の証はまぎれもなく、国王陛下と王妃殿下の愛の証だった。そう考えた時、彼女の頭の中に、どこからともなく優しい笑顔のエドガーが思い浮かんだ。
「……そうね。憧れますわ!」
「ですよね! 王族の方に倣って最近では平民たちも愛の証を贈ることがあるようですし、いつか素敵な婚約者にいただける日が来るのかしら? アイリーン様は、愛の証に何が欲しいですか?」
「うーん、何がいいかしら」
彼女はエリザベスの付けていたブローチを思い出し、新聞に目を向けて考える。
「頻繁に使えるものがいいわ。ネックレスとか、素敵だと思うわ」
「いいですわね!」
オリーブもニコニコ笑って賛同する。そして、ふと時計を見て驚いた声を上げる。
「まあ、もうこんな時間! アイリーン様、そろそろ様子を見に行きませんか?」
「そうね。行きましょう」
話がはずみ、いつの間にか予告時間間際となっていた。守りを固める兵たちからは、特に報告もないのだが、二人は本の置かれた部屋へと向かう。
がちゃり、オリーブが扉を開ける。
「なっ! 怪盗プリンス!?」
何の抵抗もなくあっさり開いた扉の向こうには、今にも本に手をかけそうな黒マントの男が立っていた。
声に振り向いた男の顔は、マスクで見えないが、かすかに見えた深い色の瞳に、アイリーンは少し違和感を覚える。
アイリーンは慌てて男の元へと走っていくが、その前に怪盗プリンスは踵を返すと、颯爽と窓から消えてしまった。
窓から下を見ても、すでに人の姿はない。
アイリーンは頭を抱える。
「ああ! また逃げられたわ!」
「まあまあ。本は無事だったのですからよかったではないですか。アイリーン様のお陰ですわ」
「私は何も出来てないわ。本が無事だったのは確かに大事なことよね……よし! 次こそ捕まえてみせるわ!」
既に怪盗プリンスの姿も見えない庭を見つめて、アイリーンは改めて決意を固めるのだった。
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