ファイル77アイリーンの悩み
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エドガーとアイリーンの定期報告会は相変わらず二週に一度行われている。
レティシアが出発した数日後にも予定されていたので、アイリーンは定期報告会で彼に会った。
(図書館に子供たちを送り込んだ本当の目的に気付かれていませんように)
暗号の謎を死守するため、祈るような気持ちで参加したアイリーンだったが、エドガーの様子は普段と変わらず、何かを気にした様子もなかった。ただ、帰り際に呼び止められ、「ありがとう」と言われた。
何のことかと尋ねたアイリーンに、エドガーは微笑むだけで何も答えようとはしなかった。
傍に控えていたクラウスも聞こえなかったかのように何も言わない。いつもならクラウスと一緒にいるはずのアーサーは領地に行っていていない。
その後は特に変わったこともなく雑談を交えて報告会を終えた。
エドガーの様子に首を傾げて帰ったアイリーンは、馬車に乗ってふと思う。
(もしかして、エドガー殿下はレティシア様の秘密を知っていたのでは? ……いいえ、きっと考えすぎね)
それでも、アイリーンは考える。
エドガーがレティシアの恋を知っていたなら、どうしていたのだろう。
(応援する? それとも……)
最後の暗号を解いたアイリーンが彼女に答えを伝えていたら、もしも、屋上庭園に来たのがアイリーンではなく彼女だったら――
(考えても仕方のないことだわ)
アイリーンは雑念を振り払うように頭を振る。
彼女は胸の中に何とも言えない気持ちが広がるのを感じる。まるでポーター侯爵がお菓子と一緒に楽しむ飛び切り苦いコーヒーを床一面に零したみたいだ。
それから数週間が過ぎ、ポーター侯爵家でアイリーンの誕生日パーティーが行われた。
ポーター家は連日張り切ってパーティーの準備に励んでいた。その成果もあって、美味しそうな料理に沢山の招待客が集うとても豪勢なパーティーとなった。
アイリーンは主役らしく一際優雅なドレスを着て、幸せな時間を過ごしている。めでたく十三歳となった彼女のドレスは、今までの可愛らしい雰囲気を残しながらも、ほんの少し大人びた印象のデザインとなっていた。
ベリンダ達を始めとする仲の良い令嬢達はもちろん、社交の場として年頃の貴族令息達も参加している。
沢山のプレゼントをもらい、大勢に祝われたアイリーンが、一番うれしかったのは、途中でエドガーがプレゼントを持って会いに来てくれたことだった。
兄アーサーの友人として来てくれた彼は、いつものように優しく笑って「おめでとう」と祝ってくれる。
キラキラしたエドガーが、花を持っているのが眩しくて、アイリーンは嬉しいような恥ずかしいような気持ちになって、真っ赤になりながら礼を言う。
そんな彼女にエドガーはいたずらが成功した子供のように笑うと、一通の封筒を差し出した。
「エドガー殿下、これは一体?」
「ふふ、秘密。さあ開けてみて?」
促されるまま封を開けたアイリーン。中に入っていたのは、一枚のチケットだった。
「展示会のチケットですか? ……まあ! ドイル先生の!?」
アイリーンは目を見張ると、抑えきれない興奮をはらんだ声でエドガーに確認する。
彼女の反応が予想通りだったらしいエドガーは、くすくすと楽しそうに笑っている。
「そうだよ。今度、王立図書館のギャラリーを使って展示をすることになってね。……それから、これはまだ秘密なんだけど」
エドガーはアイリーンの耳元に近付くと、周囲に聞こえないよう小さく声を絞る。
「実はね……その展示会の前にドイル氏が重大発表をするらしいんだ」
「ええ! そんな重大な場に行けるだなんて!」
浮かれた様子のアイリーンに苦笑するエドガー。
「そこまで喜んでもらえると妬けるね……」
「何か言いました?」
「何でもないよ。楽しみだね? また詳しいことは連絡するよ」
「はい!」
いつもの報告会の時の様に気安い様子で元気に返事を返したアイリーンと、それを当然のように許し、公では見せないような表情で微笑むエドガーの姿に、パーティーの参加者たちは色めきだつ。
「まあ、微笑ましい」
「はっはっは、侯爵は将来が楽しみですな」
参加者の紳士に背を叩かれたポーター侯爵は、肩を落として項垂れる。
「うっ、私のアイリーンが……」
「はっはっはっ」
パーティー会場中が彼女たちを微笑ましく見守る中、ただ一人、険しい表情を浮かべている人物がいた。
アイリーンの母ポーター侯爵夫人だけは、娘の様子を見て、不自然にならない程度に持っていた扇子で顔を隠し、人知れずため息を吐いたのだった。
パーティーの終わった後、アイリーンは母に呼び出された。
上機嫌で母の部屋を訪れた彼女だったが、部屋で待っていた母の表情は真剣で、いささか怒っているようにも見える。
(え、お母様が怒っているわ。まさか、お叱り? 今日、私何かしたかしら?)
アイリーンは嫌な予感を感じ取り、内心びくびくしながら促されるままテーブルにつく。
早々にメイドを下がらせた母は、てきぱきとお茶を淹れてアイリーンにも勧めた。お茶を一口飲んで話しやすくなったところで母はカップを置いてアイリーンを見据える。
「アイリーン、今日はどうして母に呼ばれたのか分かりますか?」
「……分かりません」
三秒ほど考えてからおずおずと答えるアイリーンに母は頷く。
「でしょうね。いいですか、アイリーン。あなたはもう十三歳になりました。デビューして一年、そろそろ立派なレディにならなければいけません。分かりますね?」
「……はい」
「探偵ごっこはそろそろお終いになさい。今までだって危険なこともあったでしょう。それでも許していたのは、エドガー王太子殿下の庇護があってのことです。エドガー王太子殿下に婚約者が出来たらどうするのですか?」
「え?」
アイリーンは思ってもいなかった問いかけに目を見開く。
「レティシア王女殿下が結婚されたのですから、エドガー王太子殿下の婚約話もそろそろ持ち上がるでしょう。婚約者が決まれば、今の様に招いていただくことは出来ませんよ。二人で平民街捜査なんて論外です」
「……」
「殿下に婚約者が出来れば、探偵ごっこもできなくなります。こんなに頻繫に謁見すればあらぬことを疑われます。そもそも登城する機会だって、そうそうないことなのですよ。アーサーが領地に行った今、兄に会うために登城することもできません」
アイリーンは頭に重たい物が落ちてきたような衝撃を受けた。
「王太子殿下は三つ年上です。いつまでも待ってはくれませんよ? アイリーンはもっと大人にならなければいけません。聞いていますか? アイリーン?」
「……はい」
とりあえず返事をしたものの、母の言葉は途中からアイリーンの耳には入ってこなかった。
(そんな……殿下に婚約者が? いえ、当然なのよ。だって、数か月前はベリンダとの恋仲を妄想していたのだから、好きな人だって捜査していたのだから。殿下が結婚されるのはおめでたいことなのよ)
アイリーンは母の話が短かったのか長かったのか記憶にない。気が付いたら自室のベッドで寝転んでいた。
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