表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/87

ファイル76王立図書館の妖精と秘密の依頼⑩

よろしくお願いします!

 豪華に彩られた馬車の中、王女らしく美しく着飾られたレティシアは、沿道に集まる多くの国民に手を振っていた。隣にはもうすぐ彼女の夫となるコメリカの王太子、オズワルドが座っており、彼もまた国民の声援に応えている。


 レティシアは、気付かれない様にちらりとオズワルドを見る。

 黒にも見える深い濃紺の髪は男性にしては少し長めだろうか、レティシアの淡い髪とは対照的な色だ。つり目がちで目力の強い彼は、理知的な顔で彼女の家族たちとはまた違った整った容姿だ。

 眼鏡を掛けているからか、つり目のせいか、冷たく見える婚約者にレティシアはまだ不安を覚えていた。


(オズワルド様は、今何を考えているのかしら? 挨拶以外はまだあまり話せていない。まだ、少し怖いわ)

 婚約者とはいえ、ほとんど話をする間もなかった。今も他国の国民に嫌な顔もせず手を振る彼は、王太子として立派な人だろうとは感じていた。しかし、まだ知るには時間が足りない。


 レティシアは昨日まで傍にいた友人を思い浮かべた。

(アイリーン、私のお友達であり、可愛い妹――今、どうしているのかしら? 謎は解けたの?)

 沿道のどこかで見てくれているだろうか。


 あの人には会えたのだろうか――レティシアが沸き上がってきた雑念を払う様に首を振る。俯きそうになる表情を悟られない様に笑顔に変える。

 最後になるかもしれない、大切なフォグラード王国の民たちと向き合う時間を全うしなければ――そう思ったレティシアが顔を上げて何気なく窓の外を見た時だった。


「レティシア様!」

 見知ったアイリーンの声が聞こえて、レティシアは思わず彼女を探す。

「レティシア様!!」

 今度ははっきりと聞こえた。


「アイリーン。どうして……っ!」

 レティシアが見たのは、沿道の人々に紛れて声援を送るアイリーンの姿だった。彼女の隣に視線を映してレティシアは時間が止まったような心地がした。


(あ……)

 レティシアには一目でわかった。

 アイリーンの隣には、こげ茶色のくせ毛を跳ねさせた眼鏡の男性が立っていた。一瞬、二人の視線が重なる。


(あの人が……)

 レティシアが驚いて見入っているうちに、眼鏡の男性が叫ぶ。

「レティシア王女殿下のお幸せを願って! 万歳!!」


 アイリーンが彼の言葉に続ける。

「レティシアさま~! お幸せに! ばんざ~い!!」

 二人の声につられたのか、次第に周囲の人々にも万歳は伝播していき、歓声、声援の大コーラスとなった。


「……っ」

 レティシアの瞳から涙が零れ落ち、頬を伝う。涙を見せない様に沿道から顔を背ける。

 一部始終を見ていたオズワルドは、そっとハンカチを差し出す。


 レティシアは涙を見せない様に俯き、礼を言ってハンカチを受け取る。

 涙をぬぐったレティシアを見つめて、オズワルドはゆっくりと口を開いた。


「あなたはこの国の民にとって、よき王女だったのだな」

「王女として当たり前のことをしてきただけですわ。私は何も特別なことはしておりません。支えてくれる国民たちには、いつも感謝しています」


 レティシアが彼の言葉に顔を上げる。

 彼女の見上げたオズワルドは窓の外にちらりと目を向けてから、冷たい印象だった表情から一変、穏やかな微笑みを彼女に見せる。


「そうか。しかしこれだけ多くの民に愛されるあなたが、私の妻となってくれることを嬉しく思う」

「オズワルド王太子殿下」

「オズワルドと呼んでくれないか?」


「……オズワルド様」

 レティシアが頬を赤らめおずおずと名前を呼ぶと、満足したのか嬉しそうにオズワルドの表情が変わる。彼はハンカチを握ったままのレティシアの両手を大きな手のひらでそっと包み込む。


(ああ、私、勘違いしていたみたい)

 レティシアは思う。

「いずれは国母として、我が国の民にもその気高い心で向き合ってほしい」


 冬の海の様に冷たく見えた彼は、どうやら彼女の思っていた以上に豊かな人のようだ。

「政略結婚ではあるが、私はあなたのご両親の信条は嫌いではない。私たちにはまだ会話が足りないが、これからよき夫婦になりたいと思っている」


 オズワルドは一旦言葉を区切ると、真剣な表情でレティシアの瞳を正面から見つめる。

「レティシア、私の妻になってくれないか?」

 レティシアの脳裏にアイリーンと彼、国民たちの姿が思い浮かぶ。


(この方が私の旦那様……)

 レティシアは頬を赤らめながら、少し幼く見える満面の笑みで応えた。

「はい。よろしくお願いいたします、オズワルド様」

 馬車は人々の歓声を受けながら、やがて王都を抜けていく。軽快な蹄の音を響かせながら――


 **********


「行ってしまったわね……」

「はい」

 パレードの馬車が去った後、アイリーンとフィリップは、すでに見えなくなった馬車の跡を見つめていた。


 アイリーンはこっそりとフィリップの表情を覗う。その表情は何かを成し遂げた時の様だった。少し寂し気ではあるが、どこか達成感に満ちているような顔で、アイリーンはほっと胸をなでおろしたのだった。

「アイリーン様、ありがとうございました」


「お礼を言われることなんてしてないわ」

「いえ、言わせてください。お陰で見送ることができました。司書騎士の仕事を後悔せずに済みました」

「そう。良かったわね」

 アイリーンとフィリップは笑顔でレティシアの幸せを願ったのだった。


 **********


 それから数か月後、フォグラード王国の新聞にコメリカの王太子の結婚式が行われたと、一面記事に取り上げられた。

 式の状況を伝える絵姿では、オズワルドとその横に並ぶ、大きな宝石の髪飾りを付けたレティシアが幸せそうな表情で描かれていた。


 そして、記事にはこう書かれていた。

【レティシア王太子妃の故郷、フォグラード王国の伝統にのっとり、オズワルド王太子殿下は、愛の証として髪飾りをプレゼントした。二人は仲睦まじい様子で、コメリカ国民に盛大に祝福されている】


読んでいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ