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ファイル75王立図書館の妖精と秘密の依頼⑨

よろしくお願いします。

 今日はパレードのために閉館している王立図書館。その中にこっそり入り込んだアイリーン。

 彼女はがらんとした人のいない受付ホールを通り、図書館の奥へ進む。屋上庭園へと階段を上っていった。


 屋上庭園は普段なら多くの人々が憩う場なのだが、今日は誰の姿も見えない。ただ一人、庭園の展望テラスから街を見下ろす男性を除いては。

 アイリーンはゆっくりとその男に近付く。


「あなただったのね――フィリップ」

 アイリーンの声にゆっくりと男が振り返る。

 フィリップは、いつものように穏やかに笑っていた。


「きっとあなたなら、あの方の代わりに来てくれると思っていました。アイリーン様」

 フィリップは眼下の賑わう街に視線を戻す。


「この歓声が聞こえますか? もうすぐ出発式の時間ですから先ほどより人も増えているようです」

「そうね。やっぱり全て知っていたのね。相手が誰かも、その相手にとって今日が何の日かも」


「……」

 賑わう声がどこか遠くの世界の音のように、まるでこの空間だけが隔離されたかのような静寂が二人を包む。


「――私の家は代々騎士の家系で、特に父のビル・ナイトレイドは、この国の英雄と呼ばれる騎士です。父は息子たちを徹底的に鍛え、絶対に騎士になるように幼い頃から教育してきました。兄はその道が合っていたのでしょう。ですが、私は剣より本が好きでした」


 感情の見えない淡々とした声で、フィリップは過去を語りはじめた。


「訓練の合間に抜け出して本を読んでいました。将来を選ぶときも文官になりたいと思っていたのに、父の反対は強く、妥協案として司書騎士になったんです。なりたかった文官になれず、日々をなんとなく過ごしていた私にやりがいを与えてくれたのは、館長が持ってきた利用者を増やすための企画を作る仕事でした」


「利用者を増やす企画……」

「ええ。本を紹介するランキングです。ある程度の本はこのランキングで興味を持ってもらえたようでした。ですが、難易度の高い学術的な本などは、ランキングで取り上げても借りる人は中々現れませんでした。そこで、本の内容をクイズにすれば、興味を持って読んでくれるかもしれないと思ったんです」


「それであの暗号を入れたのね」

 フィリップは、ええ、と頷く。


「暗号を挟んで一年間、一度も本は借りられませんでした。毎回勤務の日にあの本を見て暗号が無くなっていないかを確認するのが私の日課でした。あの方が、返事を書いてくださるまでは」

 フィリップは懐かしそうに眼を細めると微笑んだ。


「あの方から返事が来て、とても嬉しかった。最初はあのランキングを見たただの読者だと思っていたので、いろんな本を進めるために本の暗号を続けました。あの方の正体は館長に聞きました。次期館長候補として私を育ててくれる館長には頭が上がりません」

「正体を知って驚いたのではない?」


「ええ、とても。私にとっては話の合う読書仲間だと思っていたはずでした。けれど、段々彼女とのやり取りが楽しく、大切なものになっていきました。想いはどうしようもなく大きくなって、彼女の正体を知っても、止めることも会うこともできず、ここまで来てしまいました」

「そうだったの……本当に会わなくていいの?」


 当事者でもないアイリーンには、二人の気持ちは半分も分からないだろう。けれど、燃やした暗号の束を見た時、どうしようもなく悲しくなったことを思い出すと、つい言葉が口から出ていた。


「いいんです。ただの司書騎士が会える方ではありません。……今になって思います。あの時、父に従って騎士の道を選んでいたら近衛騎士として、あの方をお守りで来たのではないかと。ふふ、現実は小説の様には上手くいかないものですね」

「フィリップ……」


 それでも、彼女は一目会いたいのではないかと思う。前に進みたいから捜査を依頼したのではないか。

「フィリップ、それは違うと思うわ」

「え?」

 フィリップは驚いてアイリーンを振り返る。


「あなたが司書騎士で本が好きだったから、出会えたのではないかしら? 騎士だったとしても、王女様付きになれるとは限らないわ。フィリップの本を好きになってほしいという気持ちがあの方の興味を引いたから今があるのだと思うわ」

「っ……」


 フィリップは不覚にも目頭が熱くなった。こみ上げてくる気持ちに、片手で顔を隠し、慌てて彼女に見られないよう顔を背ける。

 パンパカパーン! ひときわ大きなラッパの音が響き渡る。


「パレードが始まったわ」

 貴族街と平民街を繋ぐ大通りを沢山の護衛が先導する豪華な馬車がゆっくりと進み始めた。

 隊列を見るフィリップの目は少し赤く、表情は煮え切らない。明らかに未練を残したその表情にアイリーンは決意した。


「全くもう!!」

「えっ、アイリーン様!?」

 アイリーンは叫ぶと、フィリップの腕を取り出口へ向かって引っ張る。


「行くわよ、フィリップ! 今日のあなたは私の護衛よ! パレードを見るのだからついてきなさい!」

「ちょ、ちょっと……」

「会うの? 会わないの!?」


「……っ、おれは――お供します!!」

「そう来なくっちゃ! 急ぐわよ!」

「はい!!」


 フィリップとアイリーンは、大急ぎで階段を駆け下りる。途中の【館内は走らないでください】と書かれた看板が見えて、アイリーンは見ないふりをした。

(今日だけは大目に見てちょうだい)

 アイリーンとフィリップは必死に人込みをかき分けて、馬車の通る大通りを目指す。


ありがとうございます!

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