ファイル72王立図書館の妖精と秘密の依頼⑥
よろしくお願いします!
アイリーンはおとり捜査のため、夜の王立図書館に張り込んでいたが、結局暗号の主を見つけることは出来ず、そればかりかレティシアの書いた紙もなくなっていた。
(昨日は結局用意してもらっていた部屋で休んだから、あの後は見ていないけど……開館前のこの時間にすでにないということは、やっぱり司書騎士の可能性が高いわ)
はぁ、アイリーンの口から大きなため息が漏れる。そのまま頭を抱えた。
(ああ、エリ様になんて言えばいいのかしら……もし質問に暗号が帰ってこなかったらどうしましょう)
レティシアへの報告は二日後。それまでの間に何か捜査を進展させなければ、そう考えたアイリーンは翌日も王立図書館を訪れ、仰天することになった。
「な! これは!」
レティシアからの返事が消えた本【愛とは何か? 今更知ってももう遅い】に、見覚えのない新たな紙が挟まれていたのだ。
アイリーンはすぐに紙を開き、内容を確認する。
中には間隔をあけた意味の繋がらない文字と絵が正方形に並んでいる。
(やっぱり新しい暗号だわ。エリ様に報告しないと! それにしてもこの暗号、どういう順番で文字が並んでいるのかしら? 相変わらず甘い匂いのする紙ね)
暗号をしばらく眺め、紙を顔に近付けすんすんと匂いを嗅ぐ。紙や本の匂いと混じっているが甘く瑞々しい果物の香りがする。
(いつもは随分香りが飛んでいるから分からなかったけど、これはリンゴの香りね)
貴族の間で紙に香水を振る習慣があるのだが、それをしているとなると暗号の主が貴族なのかもしれないと思い至る。
(でも、正体を隠している人が、わざわざ身分を明かすような仕掛けをするかしら?)
アイリーンはそれ以外の可能性があるのではないかと考え、頭を悩ませる。
しばらくして、突然白い霧が晴れるように頭の中がすっきりしたかと思うと、ある考えが思い浮かんだ。
(そもそも暗号の主はエリ様のことをどこまで知っているのかしら? もし、彼女の身分を知っていての配慮だったらどうかしら?)
レティシアの話では、閉館時間に彼女の借りた本を手続しているのは館長だけのようだった。
しかし、今日はあいにく館長が外出しているので、レティシアのことは後日聞こうと決めて、ガーネットチルドレンと司書騎士に会いに行くのだった。
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登城用の美しいドレスに身を包んだアイリーンは、数人の侍女と護衛に付き添われ王宮の廊下を歩いていた。
(ううん。何度体験してもこの待遇には慣れないわ。緊張してしまう……エドガー殿下とレティシア殿下はずっとこんな生活をしているのよね)
アイリーンは従者たちに気付かれない様にふぅっと息を吐く。
いつもエドガーの執務室や応接室に行くときに通る廊下を更に奥へと進む。しばらくすると分かれ道に出た。いつもならば左に向かう道を今日は初めて右へ向かう。
知らない道を歩き始めたアイリーンは、胸に靄がかかるような心地になった。
(いつもはエドガー殿下に会いに来ていたから、初めて通る場所だわ。王宮にいるのにエドガー殿下に会わないなんて、なんだか変な感じ……どうしてこんな気持ちになるのかしら?)
少し物足りないような、感じたことのない気持ちを覚えたアイリーンは困惑する。
「アイリーン様、こちらでございます」
侍女が考え事でうわの空だったアイリーンに声を掛ける。
美しい装飾が至る所に施された大きな扉が開かれ、アイリーンはレティシア王女殿下の私室に招き入れられた。
「ようこそ、アイリーン。さぁ座ってちょうだい」
王立図書館でしか会ったことのないレティシアが豪華なドレスをまとい、穏やかな笑みを浮かべていた。
アイリーンも笑顔で挨拶をすると、促されるまま席に着く。すぐにお茶とお菓子が準備され、レティシアが侍女たちを下がらせる。
「さて、ここで会うのは初めてね。夜の捜査だなんて大変だったでしょう。エドガーに聞いてあなたの好きなお菓子を用意したのよ。沢山食べてね」
「ありがとうございます、レティシア殿下。あの日の捜査ですが、実は――」
アイリーンは先日のおとり捜査の結果とその後に見つかった新たな暗号のことを話した。
「そうだったのね」
「申し訳ありません。せっかくのチャンスだったのに……」
「気にしないで。元々会えないはずの人よ。私の我が儘でアイリーンに捜査してもらっているのだもの」
「レティシア様……」
アイリーンはレティシアを寂しそうに見つめる。そんな空気を明るくするようにレティシアは笑う。
「お遊びのようなものよ。見つからなくても構わないの。来週にはコメリカから、王太子殿下が来られる予定なの」
「来週ですか……」
「ええ。迎えに来てくださって、一緒にコメリカへ行くのよ。まだ直接お会いしたことがないから楽しみなのよ。だから、ね。気にしないで、アイリーン」
「はい……だけど、私、最後まで一生懸命探しますわ! この暗号、絶対に解いてみせます!」
「ふふふ、ありがとう。お願いね」
「はい! レティシア様!」
はっきりと元気のよい返事をするアイリーンにレティシアは頷き、早速暗号を解こうと奮闘し始めたのだった。
数時間後、二人はぐったりとした様子でテーブルに突っ伏していた。
テーブルの上は、空になったティーポットとティーカップ、ティーフードは甘いものを中心に無くなっている。
「う、考えすぎて頭が痛いわ。この暗号は一体何なのかしら?」
「全然わかりませんわ。今のところこの上段の一文は、恐らく下に並んでいる暗号の解き方のヒントなのではないかということぐらいですわ」
「そのヒントすら今のところ分からないものね。もう今日は何も考えたくないわ」
「では、私はそろそろ失礼いたします」
「分かったわ。護衛を呼ぶわね」
レティシアはテーブルに置いてあったベルを手に取ると軽く振る。チリンチリン、可憐な音が辺りに響くと、すぐに扉をノックする音が聞こえる。
「入って」
レティシアが声を掛けると扉が開き、侍女と一緒に騎士が入ってきた。
「失礼いたします」
「アイリーンを送ってあげて」
「はい」
アイリーンは何気なく騎士の顔を見て目玉が飛び出るほど大きく見開き、大声を上げた。
「なっ! あなたは!? どうしてここに!? 司書騎士ではなかったの!?」
アイリーンが凝視している騎士は、彼女が探していたはずの黒髪の司書騎士だった。
「あら、知り合いだったの? 紹介するわ。私の護衛を務めてくれているザックよ」
ザックと呼ばれた黒髪の騎士はとても端正な顔をしており、とても見覚えのある顔だとアイリーンは思う。彼は綺麗な所作でアイリーンに礼をする。
「初めまして、ザック・フォスターと申します。図書館での護衛中に何度かお会いしましたね」
「護衛中? ん? 待って、フォスターと言ったかしら?」
まさか、と呟き、アイリーンは思い当たったあまりにも衝撃的な事実に、両手で口を覆った。
「はい。フォスター男爵家の次男です。アイリーン様には、妹のベリンダがいつもお世話になっているようで、ありがとうございます」
「やっぱり、ベリンダのお兄様だったのね……」
アイリーンはショックでポカンと口を開けて固まった。
ありがとうございました!




