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ファイル71王立図書館の妖精と秘密の依頼⑤

よろしくお願いします

 暗号の主におとり捜査を仕掛けると決めたアイリーン。いよいよレティシアの質問を本に挟む日がやってきた。

 人の少ない哲学書の棚にある、一際目を引く本【愛とは何か? 今更知ってももう遅い】のある書棚の前にアイリーンとレティシアは立っている。


「エリ様、準備はいかがですか?」

「大丈夫よ。アイリーンの言った通り、質問は【あなたは誰?】と書いているわ。それに近くここを離れるので、出来れば会いたいってことも書いたわ」


「ありがとうございます」

「でもこんな直接的な誘いに乗ってくるかしら? 一度もあったことのない人なのよ?」

 レティシアは少し不安げな表情を見せる。そんな彼女が安心できるようにアイリーンは笑いかけると作戦を説明する。


「大丈夫ですわ! この手紙はあくまで保険ですわ。今回の目的は、暗号を取りに来たところを捕まえる。いわゆる現行犯逮捕です!」

「そうよね……でも、ほんとに来てくれるかしら?」


「きっと来てくれます! エリ様はお家でゆっくりお待ちください。後日報告に伺いますわ」

「分かったわ。報告の時はお城に来てちょうだいね。お気に入りのお茶をご馳走するわ!」


 アイリーンのおどけた自信満々な様子に、レティシアは固くなっていた表情を緩めた。

 そしてゆっくりと鮮やかな背表紙の本に手を伸ばすと、真ん中あたりのページを開いて持ってきていた紙を挟む。


「これでいいわね。後はお願いね、アイリーン」

「はい。お任せください」


 アイリーンの返事を聞いたレティシアは、そのまま秘密の通路のほうへと戻っていった。

 その姿を見送ったアイリーンが、マギーの元へ戻ろうと踵を返した時だった。

 視界の端にちらりと司書騎士の衣装が見えた。


(あれは!)

 探していた黒髪の司書騎士がそこにいる。一瞬しか見えなかったが、彼は確かに司書騎士の衣装で、図書館の奥へと歩いて行ったように見える。


(あっちは隠し通路のある方向、エリ様の後を追っているの? とにかく逃がさない様に追いかけないと!)

 アイリーンは慌てて彼を追いかけようと、哲学書の棚を後にする。

 他の客が少ないため少し小走りになりながら彼女は書棚の間を見て回る。


「あれ? いない。どっちに行ったのかしら?」

 周囲を見回しながら沢山の棚の間を縫うように探して歩く。しかし、結局黒髪の司書騎士を見つけることは出来なかった。


 **********


 同日夜。

 黒髪の司書騎士を取り逃がしたアイリーンは、マギーと合流した。ガーネットチルドレンと最終確認を行い、しばらく休んで英気を養ったアイリーンは、マギーと共に持ち場である貴族街門側守衛室に向かう。


 今日の警備担当であるフィリップとジルに挨拶をする。

「今日はよろしくお願いしますね」

「はい。どうぞよろしくお願いします」


「ははは。しっかり俺たちの仕事ぶりを見ていってくださいね。レディ! しかし夜まで職場体験とはお嬢様は随分物好きですね」

「そ、そうかしら?」


 ジルが豪快な笑い声をあげて、意味ありげに探るような視線でアイリーンを見る。まるで、何か目的があるのではないかと言いたげな視線だとアイリーンは思った。

「ええ。日中は分かりますが、夜間なんて随分本格的ですね。もしかして……あれですか?」


「あれ、とは?」

 レティシアのことが気付かれたのではないかと、嫌な汗がアイリーンの背を伝い落ちる。ジルは少し声を潜めて、ニヤリと笑う。


「あれですよ、あれ。ほら――追放後の職探し、とか」

「えっ! 追放!? そんなわけないでしょう!」

「ははは! 最近娘が恋愛小説にハマっていまして、これがなかなか面白くて」


「全くもう! 失礼しちゃうわ! ……孤児院の子供たちの職業支援の一環よ」

 アイリーンはジルの発言にムッとしたものの、本当の目的やレティシアのことを守り通せたことに、内心ほっと胸をなでおろす。

 その後も軽口をたたきながら、アイリーンたちは警備を続けた。




 数時間後、休憩時間になったアイリーンは、こっそりと休憩室を抜け出していた。

(うふふ。上手く抜け出せたわ。私ったら隠密の才能があるんじゃないかしら)


 アイリーンは声こそ出さないが、にまにまと緩んだ笑みを浮かべながら、暗い館内を小走りで歩く。目的地はもちろん、昼間にレティシアと共に暗号の答えを挟んだ、哲学の書棚だ。

 哲学の書棚の一つ手前の書棚までやってくると、そっと腰をかがめて、棚の陰から様子を窺う。


(はぁ、なんだかドキドキするわ)

 周囲は真っ暗、当然だが人っ子一人おらず、しんと静まり返っている。聞こえるのは、状況に興奮しているのか、不気味な図書館に恐怖を感じているのか、やけに早い鼓動と彼女自身が時折立てる物音だけだ。


(こうしていると、なんだかちょっと怖いわ。真っ暗だし、幽霊とか、いるのかしら?)

 気を紛らわそうといろいろ思考を巡らせていたアイリーンだったが、幽霊を意識してしまったとたん、周囲が気になって仕方がなくなってしまう。すると、小さな音が、どこか遠くから聞こえてくるような気がした。


(音? 気のせいかしら? でも……)

 コツ、コツ、コツ、コツ――

 足音のように聞こえる。そう思った瞬間、アイリーンに恐怖が沸き上がる。


(あ、足音だわ……! 一体どうしたら? お化けかしら)

 アイリーンは慣れない夜間の一人行動のためか、お化けに対する恐怖で、暗号の主を現行犯逮捕するという当初の目的を忘れていた。


 どんどん近づく足音。どうやらお化けは二人組らしい。大きさの違う足音が二つ聞こえた。

 そして、アイリーンの真後ろで足音は止まった。

(もう、お化けさんは帰って!)


 アイリーンはそう念じながら、ぎゅっと目を閉じて、棚の隅に縮こまる。

「あの、アイリーン様? こんなところで何をされているんですか?」

「お嬢?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、巡回中だったらしいライトを持ったフィリップとニックだった。

 一気に緊張の糸がほぐれた彼女は、慌てて二人に近付き、ニックの手を握る。


「フィリップ! ニック! 良かった、お化けじゃなかった」

「はぁ? なんだそれ」

「迷子ですか? 暗いといつもと違って見えますよね。さぁ一緒に戻りましょう」


「ええ。戻るわ……ねぇフィリップ、ニック」

「どうしたんですか?」

「なんだよ」


 顔を真っ赤にしたアイリーンが、消え入りそうなごく小さい声で呟くように言った。

「手、繋いでもいいかしら?」

 フィリップとニックは視線を交わすと噴き出し、アイリーンに手を貸すのだった。




 そして一夜明けた翌日。

 アイリーンは眠たい目をこすりながら、哲学の書棚へ向かう。

(昨日は失敗だったわ。まさか夜の図書館に一人ぼっちがあんなに怖いなんて)


 昨夜の反省をしながら【愛とは何か? 今更知ってももう遅い】を開き、目を見開いた。

「……ない」

 昨日確かに入れたはずの紙が無くなっていたのだ。


ありがとうございました!

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