ファイル70王立図書館の妖精と秘密の依頼④
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司書騎士の勤務表を手に入れた翌日、アイリーンは王立図書館を訪れ、勤務表を見に来ていた。
「さて、今日は誰が勤務しているのかしら?」
アイリーンは勤務表を眺める。
「あ、フィリップだわ。ん? フィリップ・ナイトレイド?」
アイリーンは首を傾げる。
(もしかして、あのナイトレイド家の? トニーの叔父ということ?)
ナイトレイド家と言えば、騎士の家系として有名だ。特に英雄と呼ばれる現当主ビル・ナイトレイドの家族には、アイリーンも以前に会っている。平民街で迷子になっていた親子を助けたことがあり、後日王城で父親と再会したときに家名を聞いて判明したのだ。
(そう言えばフィリップ、初めて会ったときに言っていたわね。文官を目指して反対された、と……)
ここまで考えてアイリーンは、首を振る。
(これ以上は止めておきましょう。お家のことは、いろいろあるものよね。今のフィリップは司書騎士として頑張っているのだから)
そう結論付けた彼女は、頭を切り替えて勤務表を片手に館内を散策する。
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自宅に戻ってからのアイリーンは、自室で一人の時間を見計らい、レティシアから借りた暗号の用紙を見ていた。ふわりと香る甘い香りの紙束から、彼女はまず一番古いものを手に取る。
最初の暗号は、レティシアから依頼を受ける際に聞いていた通り、沢山のマス目が並ぶパズルの様な暗号だった。
これを解いたレティシアが、答えと感想を書いた紙を本に挟んだことでやり取りが始まったのだ。
「きっと最初の暗号は、この本を読んだかどうかを試すものだったのよね。本に興味を持ってほしかったから作ったのね。その後がこれで、これで――」
全ての暗号に目を通したアイリーンは、暗号に二種類のタイプがあることを発見した。
まずは最初の暗号と同じように、本に関連する問題形式のもの。様式はいくつかあるようだが、キーワードが必要だったり、何かの本のページ数らしきものが書かれていたり、作家の人生についてだったりと、何らかの本を用いて理解できるようになるらしい種類の暗号だ。
こちらは比較的簡単らしく、レティシアが答えを書いていることが多いので、何の本かは、図書館に行けばすぐに探せそうだ。
難易度が高い暗号は、どうやらレティシアが尋ねた内容に対する答えを書いてあるらしい。
こちらも暗号の形式は多様で、数字が書いてあるもの、図形が書かれているものなど様々だ。しかも答えは、ほとんど分かっていない。
「こっちのパターンでエリ様が解いたものは、これだけね」
一枚の暗号を手に取って眺める。問題用紙の上部に鉛筆で【性別】と書かれている。
そもそもレティシアの問いが書かれた用紙は、暗号の主が持っている。
レティシアが紙の上部に忘れないよう鉛筆で書きこんだメモだけを頼りに、彼女が何を尋ねたかと、その返答を考えるのはなかなか骨が折れる作業となりそうである。
「うーん。これは時間がかかりそうだわ……」
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暗号の解読作業に、レティシアとの相談、ガーネットチルドレンたちとの張り込みをこなす毎日。
アイリーンにとって、最初の一週間は目まぐるしく過ぎていった。
少々疲れを感じるが、努力のかいもあり、彼女はこの一週間でいくつかの情報を掴むことができたのだが、それと同時に新たな問題も発覚することになった。
(とりあえずいくつかは暗号が解けたことが良かったわ)
アイリーンはこの一週間の成果を思い出し、にんまりと頬が緩む。
暗号主について新たに、年齢、好きなジャンルの本、好きな食べ物が分かった。
未だ人物を特定するような情報は得られていないが、年齢が分かるだけでも大きな成果だろう。
ガーネットチルドレンのほうは、怪しい人物たちは片手で数えられる程度だった。
本の貸出期限は二週間もある。にもかかわらず、毎日のように図書館を利用している人物は彼女の予想よりも多かった。調べ物や職探し、新聞目当てといろんな人がいたのだ。
暗号で年齢が判明してからは、かなりの人数が絞り込めている。
そしてアイリーン自ら捜査している司書騎士について、衝撃の事実が発覚した。
そもそも勤務表によると、最初の数日でほとんどの司書騎士を確認できるようだったので、アイリーンはすぐに黒髪の司書騎士を見つけられると考えていた。
しかし、一日、二日と過ぎると、嫌な予感が頭をよぎり始める。
(いや、まさか。いないなんて……そんなはずないわ。見間違いよ)
きっと見間違いかもしれない、あるいは週末のみの勤務者かもしれないと、彼女は同じ司書騎士を何度も見に行き、丸一週間かけて司書騎士の顔と名前を照らし合わせていったのだが。
(いない! どうして!? こんなに探しているのに、あの黒髪の司書騎士がいないわ! 一体何故?)
最有力候補が何者か分からないという事態に陥ってしまった彼女は、頭を抱えているのだった。
情報を整理した彼女は、ひとまず今後の行動を考えることにした。
(毎日図書館に通う人たちは、年齢層が高かったわ。暗号によると、彼は二十代前半。ほとんどいなかった。この人数なら彼らのほうがいいわ)
図書館利用客の中で疑わしい人物は、数人に絞られたので、ガーネットチルドレンと相談し、今後はそれぞれに張り付き、哲学の棚に立ち寄るかを確認すればよいのではないかと思いつく。
そこでふと、暗号のことを思い出したアイリーン。
(確か一番新しい暗号は本の内容を示すものだった。この暗号を元に捜査できないかしら? 例えば、おとり捜査とか……)
一番新しい暗号はレティシアとアイリーンの手によって既に解けている。だが、まだ返事をしていない。
いつもであれば、すぐにレティシアが暗号主に質問を送り返すところだが、今回はアイリーンが暗号を預かっていたため送っていなかったのだ。
レティシアからの質問を本に挟み、図書館に張り込む。そうすれば、必ず暗号を取りに暗号主がやってくるはずだ。そこを押さえようと考えたのである。
(そうと決まれば、早速エリ様にお願いしなくちゃ!)
アイリーンは急いでレティシアに何を質問してもらうか考え、王立図書館内にある秘密の部屋へ向かった。
「エリ様!」
「あら、そんなに急いでどうしたの?」
「実は――」
彼女が事情を説明すると、レティシアは快く頷き、質問を書いてくれた。
「ありがとうございます!」
さらに、アイリーンは王立図書館館長の元へ行き、夜間業務の体験を提案する。
館長はエドガーの口添えが効果を発揮しているのだろうか、すんなりと承諾を得られ、あっさりと夜間の見回り体験が決まった。
参加するのは昼間よりも少ない人数の子供たち。少し大きい子たちで、将来の就職先として騎士や司書騎士を目指す子達を中心にお願いしている。
子供たちには司書騎士と共に外部の警備や巡回などを担当してもらう。アイリーンもマギーと参加し、こっそり抜け出して哲学書の棚を警備する予定だ。
他にも作戦の詳細を詰め、レティシアの予定などを考え、手紙を挟む日が決まった。
「決戦は三日後よ!」
アイリーンは一人自室でこっそりと、気合の入った声で宣言すると、拳を高らかに上げる。
こうして、王立図書館でのおとり捜査の幕が上がった。
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