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ファイル66王立図書館の妖精エリ

よろしくお願いいたします

 気持ちの良い青空が広がり、徐々に庭の花が咲き始めたある日。

 アイリーンは麗らかな天候とは正反対の、浮かない表情でベッドに横たわっていた。

「はぁ~」


「お嬢様? 最近変ですよ?」

 白猫アランを撫でながらぐったりと脱力しているアイリーンにマギーが尋ねる。

「ん~。この間、お茶会に行ったでしょう?」


「いつものお友達とのお茶会ですね」

「ええ。ベリンダとヘレンの話を聞いたの。二人とも好きな人の話をしているときは、赤くなってて、とっても可愛かったの。……ねえマギー」


「はい」

「怪盗プリンスは無実かもしれないわ」

 アイリーンは物憂げな表情を浮かべる。

「はい……え?」


 うっかり聞き流しそうになったマギーは、我が耳を疑った。

「だから、怪盗プリンスは無実かもしれないの。恋心を奪われたと思ったのは勘違いだったのかしらって思ったのよ」

 アイリーンの言葉を聞いたマギーは、顔面蒼白になった。


(え!? 嘘でしょ、マズいわ。エドガー殿下のお気持ちが! こんなにも外堀が埋められているというのに……)

 とりあえず、どうしてそう思ったのかを聞いてみる。

「何故そう思われたのですか?」


「だってね、私、殿下といても緊張するだけなのよ。息が止まりそうになるし、ぼんやりしてしまうの。エドガー殿下が美しくて憧れているだけだから、ベリンダやヘレンとは違うと思ったのよ」

「そう、ですか」


 マギーはどうするか考えた末、アイリーンの今の気持ちを尊重することにした。アイリーンは、まだ恋が何か分からないのだ。ずっと妹の様に思って寄り添ってきた主の成長を信じ、マギーは微笑む。

「いつか、お嬢様にも素敵な恋が訪れますよ」


「そうよね! マギーに話したら、なんだかすっきりしてきたわ! お腹がすいちゃった」

「ふふ。それでは、お茶とチョコチップのクッキーをご準備しますね」

「お願いね!」




 クッキーを頬張りながらアイリーンは、茶会での出来事をマギーに話す。

「それでね、オリーブにお願いして、今度サイン本を見せてもらえることになったの」

「それは良かったですね」


「サイン本があるだけで感謝したいほど素晴らしいことなのに、お友達に当たって見せてもらえることになるなんて、本当に幸せ」

 嬉しそうなアイリーンにマギーも笑顔になる。

「他には何の話をされたんですか?」


「うーん。後は、そうね……美味しいお菓子の話とドレスの話でしょ。後は……」

 アイリーンはしばし考え込むと、あっと声を上げてポンと手を叩いた。

「思い出したわ。もうすぐコメリカから使節団が来るんですって」


「コメリカの使節団、ですか。最近、王女殿下があちらの第一王子と婚約が決まったんですよね」

「ええ。レティシア王女殿下がもうすぐコメリカに移られるらしいの」

「おめでたいですね!」

「ええ。そうなの。そうなのだけど……」


 アイリーンは言葉を濁す。

 彼女はこの話を聞いた時から気になっていることがある。

 レティシア殿下のことを考えると、何故か友人であるエリの顔が思い浮かぶのだ。


 エリは美しく優しい姉のような存在だった。

 彼女とは秘密の部屋で一緒にお茶を飲む仲となって半年近くになるが、いつもアイリーンの話を楽しそうに聞いてくれる。


 そして所作の隅々までが美しい人だ。初めて会ったときからアイリーンは、エリがきっと侯爵家以上の爵位を持っている貴族の令嬢なのではないかと考えていたのだが、一緒に過ごすうちにその考えはますます正しいように感じられた。


(いつからかしら? エリ様の笑顔に見覚えがあるような気がしていた。それに秘密の部屋だっておかしいわ)

 アイリーンの見た秘密の部屋は、見た目には簡素だがとても質のいい調度品や高級品で溢れているし、秘密通路の中にあるとは思えない程大きい。あんなところにあるにもかかわらず、食器や食材もあり、聞けば寝室、浴室、トイレなどもあるらしい。


(通路の中に普通に住める環境があって、それが王立図書館から入れるってことは、王族の隠し通路なのではないかしら? もしそうならエリ様の正体は……)

 以前から何度も考えてしまうその結論に、アイリーンは目を閉じる。

「お嬢様? 大丈夫ですか?」


 言葉を濁したまま黙り込んでしまった彼女に、マギーの不安そうな声が掛かる。

「ええ。大丈夫よ。ちょっと考え込んでしまったわ」

 アイリーンは茶菓子をかじる。マギーには、まだエリのことを話していない。


(秘密の通路は内緒だとエリ様も言っていたし、マギーごめんなさい)

 心配してくれたマギーに秘密にしていることがある。アイリーンの胸が罪悪感でちくりと痛んだ。

 マギーの方はといえば、いつものことだと、特に追及する様子もなく頷く。


「そうですか…………あ、そう言えば、お嬢様にお手紙が」

「ん? エドガー殿下?」

「いいえ」

「そうなの?」


「どうしたんですか? 連絡のお約束でも?」

「えっ? 違うわ!」

 アイリーンは何故か頬が熱くなることに戸惑った。


(どうして私、お手紙がエドガー殿下からだと思ったのかしら? だっていつも殿下がお手紙をくれるから……なんだかとっても恥ずかしいわ!)

 王太子として沢山の執務に追われているはずのエドガーからの連絡が、彼女の中で当たり前の様に受け入れられていることにアイリーンは気付かない。


 アイリーンはわざとらしく咳ばらいをして誤魔化す。

「こほんっ。じゃあいったい誰から?」

「それが、差出人はエリとしか書かれていなくて……」

「エリ!?」


 アイリーンのティーカップが大きな音を立てた。

 マギーは主の動揺に首を傾げる。

「お知り合いですか?」

「ええ。ちょっと図書館で知り合ったお友達よ」


「そうでしたか。どうぞ、こちらです」

 マギーはアイリーンに一通の封筒を手渡す。封筒は可愛らしい薄桃色の上質なものだ。どう見ても平民やそこそこの商家で使うような紙ではない。


(やっぱりエリ様は貴族なのだわ。あの気品だもの。それに家で使っている紙よりもきっと上質よ。いい匂いがするわ)

 手紙を開き、くんくんと手紙を嗅ぐアイリーン。最近、香水を吹き付けた紙が人気だと聞いていたアイリーンは、漂う高貴な香りに目を閉じて、うっとりと堪能する。


「すぅ~」

 ゆっくりと深呼吸してから手紙に目を通す。


(綺麗な字だわ……明後日正午、いつもの部屋で待っている。話したいことがあるから来てほしい、なんて変ね。いつもは図書館に行ったら哲学の本棚を覗いて、彼女がいたら声を掛けていた。招待状なんて初めてだわ)


 日時と簡単な要件しか書かれていないその手紙にアイリーンは疑問を感じたが、理由はエリに会えば分かるだろうとそれ以上考えることを止めた。




 そうして、二日後。

 アイリーンとマギーは、いつものように王立図書館を目指して平民街を歩いていた。

 いつもと同じ活気にあふれ、人々でにぎわう中でそれは起こる。


「号外! 号外だよ!! 王女様の結婚が決まったよ!!」

 新聞売りの少年が高らかに声を張り上げた。

 アイリーンは驚きで目を見開くと、新聞売りの少年を見つめる。


「何だって!? こっちに一部くれ!」

「まあ! めでたいことだよ!! うちもおくれ」

 たちまち少年の周りは人だかりでいっぱいになり、彼の「まいど!」という嬉しそうな声が何度も聞こえる。


「あ~今日が平民へ情報が流れる日だったんですね。お嬢様、どうされたんですか?」

 アイリーンは何も言わず少年に近付く。

「ねぇ。私にも一部お願い」

「はいよ!」


 お金を渡し、威勢のいい声の少年から、畳まれた新聞を受け取ると、アイリーンはすぐさま開いて一面を見る。

「……ああ、やっぱり」

 アイリーンは呟いて目を閉じる。

 横から新聞を見ていたマギーが、明るい声を上げた。


「うわー! レティシア殿下、お綺麗な方ですね! 一月後にはコメリカに発たれるんですね! その際はパレードが! すごいですね、お嬢様!……お嬢様?」

「……そうね。一度見たら忘れられない美しさよね」


 一面にはアイリーンのよく知る美しい女性が描かれていた。否、彼女の知る姿より圧倒的に煌びやかで華やかで豪華。それがあの方の本来あるべき姿なのだと、アイリーンは理解した。

 彼女はレティシア・エリザベス・フォグラード王女殿下。

 今からアイリーンは彼女と会う。


ありがとうございます

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