ファイル62決戦! 聖なる日の茶会⑨
よろしくお願いします。
ベリンダと別れたアイリーンは、姫抱きにされたまま王宮の廊下を移動していた。
(はぁ~、ベリンダったら幸せそうだったわ! あの様子だとクラウス様も、ベリンダのこと……うふふ)
アイリーンが親友の幸せに、にんまりと緩んだ笑みを浮かべていると、頭上からくくっと喉を鳴らす笑い声が聞こえる。顔を上げると綺麗なエドガーの笑みと目が合った。
(はっ! しまった! 殿下に全体重がご迷惑をおかけしている最中だったわ!)
ようやく状況を思い出してまた暴れ始めたアイリーンをしっかり抱きとめたエドガーは彼女を窘める。
「こらこら。もうすぐだから大人しくして」
「殿下! 私、自分で歩けますわ!」
「ダメ。足、捻ったでしょ?」
「え、いたっ……あらほんと、全然気付きませんでした」
そっと左の足首を触られて痛みを感じたアイリーンは、今まで全く気付いてなかったことに驚いた。
「分かったらほら、いい子にしてて」
「う、はい……」
エドガーは大人しくなったアイリーンに満足気に頷く。一部始終を三歩後ろからアーサーが白い目で見て、ため息を吐いたのだった。
城の応接室に運ばれたアイリーンは、そこに待機していた医師に診てもらい手当てを受けた。
手当てが終わり使用人たちを退出させ、三人だけになったところでエドガーはアイリーンに声を掛ける。
「今日のパーティーはどうだった?」
「とっても楽しかったですわ! こんな素敵な会に参加できて、殿下には本当に感謝しています。サイン本がこの世に生まれた奇跡を知ることが出来て感激ですわ」
「それはよかった。で、私の好きな人は見つかったの?」
「あ…………」
しまったといった表情で固まったアイリーンに、エドガーが苦笑する。
「忘れていたね」
「い、今推理中ですわ!」
「そう?」
楽しそうなエドガーに、アーサーは呆れた表情を浮かべるも空気を読んで黙っている。
二人のことも眼中に入らず、アイリーンはエドガーの好きな人を捜査してきた記憶を思い起こしていた。
(殿下の好きな人について情報は三つ。一つ目は赤毛、二つ目は殿下より年下。そして三つ目、今日の茶会に参加しているらしいということ)
アイリーンは顎に手を当てる。
(今日会場にいた中で条件に合う赤毛の女性は二人だけだった。でも一人は婚約が決まっていた。残ったのはスカーレット嬢一人。でも、彼女に殿下が話しかけている様子はなかった。普通好きな人には声ぐらいかけるわよね。ドレス姿なのだし……ん? 待って?)
アイリーンはカップの中に映る自分を見て思う。
(いたわ! もう一人の赤毛! 私自身よ!)
アイリーンはパッと顔を上げて自信満々な表情でエドガーを見る。
「殿下! 分かりましたわ! 殿下の好きな人が!」
「へぇ! そうなんだ? 一体誰かな?」
自信満々なアイリーンに、内心エドガーは苦笑する。エドガーの後ろではアーサーも頭を抱えていた。
(あーあ、絶対自分だとは思ってないね)
アイリーンは、絶対の自信を持って嬉しそうに言い放つ。
「殿下の好きな人……それは――――私ですわ!」
「うん。ざんね……え? 今なんて言ったの?」
「殿下の好きな人は私ですわ!」
「……」
「嘘だろ」
エドガーとアーサーは驚愕の表情でアイリーンを見る。
(ついに、私の気持ちに気付いてくれたのか?)
前回の告白事件があってから、彼女の鈍さを理解しているエドガーだったが、期待せずにはいられない。薄っすらとエドガーの瞳が潤んでいる。
アーサーは涙をこらえられず手で顔を覆っている。
アイリーンはそんな二人に、にっこり笑うと胸を張って推理した。
「殿下の好きな人は私――名探偵シャーリーです!!」
「は……」
アーサーは思わず崩れ落ちた。
「……」
エドガーはポカンとしていたが、暫くすると復活し、後ろを向いた。その目は、親の仇を前にした悪魔のようだ。
(やっぱりか! アーサー!)
(すまん! いや、うちの妹がすみません!)
心の中で謝罪しまくるアーサー。兄の胃痛は限界だ。
アーサーに怒りをぶつけ何とか平常心を取り戻したエドガーは、いつもの王子様然とした優しい表情をアイリーンに向けると笑う。
「あー先に、何故そう推理したのか聞いてもいいかい?」
「もちろんですわ!」
アイリーンは探偵らしく部屋の中を行ったり来たりしながら推理を披露する。
「私が事前に得ていたヒントは赤毛、年下、今日会場にいる。この三つです。そこで私は今日招待された赤毛の女性を調べました。しかし、それらしい人物はいませんでした。爵位については聞いていなかったので、もしや平民かとも思ったのですが、今日の茶会に参加しているのであれば、平民であるとは考えにくい――それではいったい誰なのか」
アイリーンはキリリと真面目な表情でエドガーを見る。
「ふと、思ったのです。私は今誰の衣装を着ているのかと」
「……」
「今日は仮装パーティーでしたから、私も仮装をしていました。仮装の衣装は殿下からのプレゼントでしたわ。つまり私がこの格好でいることを殿下が望んでいるということに他なりません。考えられる理由は二つ」
アイリーンは、人差し指と中指を立てる。
「一つはサイン本の件から殿下はドイル先生と親密な関係、少なくとも直接会われたことのある関係だと推察できることから、殿下の想い人がドイル先生であるというパターン」
「……」
エドガーは無言だが、嫌そうにピクリと眉を吊り上げる。
「そしてもう一つは、殿下がシャーリーの大ファンで、サイン本や衣装、私への挑戦の全てが今回のパーティーを盛り上げるために行われた壮大な仕掛けなのではないかということです」
「……」
「ドイル先生の姿は現時点では分からないですが、今日あの場にいる貴族の令嬢で赤髪の方でないとすれば、殿下の好きな方の条件から外れることになります。よって、殿下の好きな方は【名探偵シャーリー】ですわ!」
アイリーンがビシッと人差し指を立てて、自信たっぷりの表情を見せたのだった。その表情がエドガーの目には、これ以上ないほど可愛らしく映ったのだった。
(なんて可愛いんだ! 何その自信満々な表情? はぁ、可愛すぎる……どうする、私?)
世紀の決断を迫られたエドガー。
たっぷりと間を開けて考えた彼はゆっくりと顔を上げると、アイリーンに満面の笑みを見せた。
「素晴らしい名推理だよ」
その瞬間、アイリーンの顔が嬉しそうに輝いた。
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翌日の王宮、王太子執務室では、エドガー、アーサーとクラウスがひそやかな会議を行っていた。
「アーサー、言いたいことはあるか?」
開口一番魔王のような表情のエドガーに冷笑を浴びせられたアーサーは、ぐったりとして顔色が悪い。
エドガーはため息を吐く。
「今回の作戦は失敗だったね」
「いい線いってたのにな」
「どうするんですか? まさかもう諦めるとか?」
「まさか、次の作戦を考えるさ。……でも、次が最後のチャンスにしたい」
エドガーは指の間でペンをくるりと回す。
「レティシア殿下の件、もうすぐですからね」
「ああ。……今度はじっくり時間をかけて入念に準備するつもりだよ。そのためにも、アーサー」
笑顔のエドガーが、げっそりとしたアーサーを見る。アーサーは嫌そうに顔を上げた。
「しっかり働いてもらうからな」
「げぇ……はぁ、わかったよ。で、何するんだ?」
「それは――」
エドガーがアーサーの耳元で告げると、驚きでアーサーが飛び上がった拍子に、彼の机から積まれていた用紙がバラバラと床に散らばる。
「はあ!? お前、それ、完結にどれだけ時間かかると思って……嘘だろ!?」
「もちろん時間はあげるよ。でも、出来るだけ早く話を付けてくれ」
「……ったく。お望みのままに」
「悪いな、アーサー。助かる」
「いいって。妹と親友のためだ」
そう言ってアーサーは再び机に向かう。
エドガーはそんな様子を眺めて、今後の算段を頭の中で組み立てるのだった。
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