ファイル61決戦! 聖なる日の茶会⑧
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アイリーンとベリンダが化粧室に行ってから、アーサーとオスカーは会場となっていたホールの入り口で待っていた。
時計を確認したアーサーがため息を吐く。
「はぁ~、遅いな」
「まぁ女性にはいろいろありますからね」
「でもちょっと遅すぎないか?」
「確かに……様子を見に行きますか?」
兄二人が思案していると声が掛かる。
「二人とも、何をしているんだ?」
アーサーが振り返ると、エドガーとクラウスが近付いてくる。
「エドとクラウスか」
「エドガー殿下」
「ああ」
さっと礼を取るオスカーを手で制すると、エドガーは二人の周囲を見ると首を傾げた。
「そろそろ帰るんだろう? アイリーンはどこだ? ベリンダ嬢と一緒か?」
「二人で化粧室に行ったはずだが、なかなか戻って来なくてな」
「丁度様子を見に行こうかと相談していたところです」
「そうか。それなら私も一緒に行こう。彼女が帰る前に会っておきたいからな」
「では、近くまで行きましょうか」
こうして四人は、アイリーンとベリンダを迎えに行くことにした。
**********
同時刻。化粧室を出たアイリーンとベリンダは、先ほどの乙女の秘密について続きを話していた。
「クラウス様には今のところ婚約者はいないのよね? ベリンダはどうするの?」
ベリンダは桃色の頬に両手を添えて囁く。
「……実はお父様にお願いして、婚約の打診を考えているのです」
「まぁ! 頑張ってね! ベリンダならきっとうまくいくわ!」
「ありがとうアイリーン」
笑顔を見せたベリンダだったが、「だけど……」と呟くと表情が曇る。
「どうしたの?」
アイリーンが首を傾げる。ベリンダは迷ったように視線を彷徨わせた後、意を決し口を開いた。
「実は、わたし、別の方から婚約の申し出があって……」
「ええ!?」
「お断りしているのですけど、何度も使いがくるのです。あちらの方が爵位も上なので、一度会うだけでもと、お会いしたのですが……」
ベリンダは、その時に相手から向けられた下賤な、見下すような顔を思い浮かべ、身震いする。
アイリーンは真剣な表情で声を落とす。
「……あんまりいい相手ではなかったのね?」
「はい。相手は今日の会場にもいてこっそり逃げ回っていたんです」
「そうだったのね。じゃあ急いで戻りましょう」
「ええ」
アイリーンとベリンダが、歩を早め始めたその時、恐れていた事態が起きてしまう。
二人の前に一人の男が立ちはだかる。
「探しましたよ。ベリンダ嬢」
「あ……」
突然現れた男にベリンダが怯えた様子を見せる。その反応で、アイリーンは男に聞こえないようベリンダに確認を取る。
「この人なのね?」
小さく頷くベリンダを見てアイリーンは、彼女を自分の後ろに隠そうと一歩前へ進み出る。
そして、相手を威嚇するように睨みつけた。
(どうしよう。ここからベリンダだけを逃がすのは……危ないわ。相手が会場へ戻る道をふさいでいる。誰かいないの?)
周囲には他に人はいない。状況が思わしくないことに気付いたが、弱みを見せてはいけないとアイリーンは冷静さを保つ虚勢を張る。
「あら? どちら様ですか?」
「おや、ベリンダ嬢、こちらのレディはベリンダ嬢のご友人ですか? 私は彼女の婚約者です。今から、彼女は私と話がありますので、お借りしますよ」
薄っぺら笑みを浮かべた男がアイリーンを押しのけ、ベリンダに近寄る。
「えっ、嫌ですわっ離して」
「なっ! ちょっと! ベリンダに触らないで! 誰か!!」
「うるさい女だ! 黙ってろ!!」
「アイリーン逃げて!」
ベリンダの腕を掴んだ男を引き離そうと叫んだアイリーンに、黙らせようと男は彼女を突き飛ばした。
(もうダメ――)
来る衝撃に備えてアイリーンはぎゅっと目をつぶった。
「アイリーン!」
暖かな何かに包まれた感覚がして、柔らかくて小さな衝撃が伝わる。遠くでアーサーの声が聞こえる。バタバタと複数人が走る音が廊下に響く。
(痛くないわ……さっきの声はお兄様? 迎えに来てくれたのね)
安心したアイリーンは薄っすら目を開ける。
「おにい、さま?」
「残念ながらアーサーじゃないよ。怪我はない?」
目の前に至高の美形が優しく微笑んでいた。その顔を認識した瞬間アイリーンは飛び起きる勢いで動こうと力を籠める。
「え、エドガー殿下!? やだ、また私ったら全体重がご迷惑を!」
「ダメだよ。動かないで大人しくしてて」
「ひ、で、ですが」
「いいから、ほら」
サッと抱え直され、アイリーンは促されるまま視線を向ける。そこには先ほどの男とクラウスが対峙しており、ベリンダを庇っている状態だった。
(あの一瞬でこんなことに……)
あっけにとられるアイリーン。よく周囲を見れば、自分とエドガーの後方には兄とオスカーがいる。
「大丈夫か、アイリーン?」
「はい。殿下が助けてくださったので。それより、あの状況は一体?」
「クラウスが虫を追い払うところだ」
「オスカー様はベリンダの所へは行かないのですか?」
「父なら割って入るでしょうが、そんな野暮なことはしませんよ」
困ったように笑っているオスカーに、ベリンダの気持ちを知っているのだとアイリーンは悟った。
アイリーンたちがそんな話をしている間にクラウスが話を付けたらしい。相手の伯爵令息は真っ青な表情で今にも泡を吹きそうだ。
クラウスがベリンダに声を掛ける。
「フォスター男爵令嬢、お怪我はありませんか?」
「はい! クラウス様、ありがとうございます」
「すみません。駆けつけるのが遅くなってしまって。レディに怖い思いをさせてしまいました」
クラウスが申し訳なさそうに頭を下げると、ベリンダは「いえ! そんな!」と、ものすごい勢いで首を振っている。その頬は熟れた苺の様だ。
(ベリンダったら、可愛いわ……)
親友の可愛い姿に、アイリーンが小さく笑みをこぼす。
「さ、邪魔者は退散するとしよう」
「そうだな」
未だアイリーンを姫抱きにしたままのエドガーを先頭に、アーサーもその場を後にすることに決めた。
「私はここに残ります。妹を連れて帰る役目がありますから」
オスカーは、今も楽しそうに話しているベリンダとクラウスを示し苦笑した。
「そうだ」
歩き出していたエドガーがピタリと足を止めた。そしてピリリとひりつく様な冷たい声で、その場に崩れ落ちて空気となっていた男に、最後の追い打ちをかける。
「そこの君……処分は追って伝える。さっさと失せろ」
「ひひぃ! 申し訳ございませんでした!」
豪快な土下座を見せてから、大急ぎで去っていく。
エドガーは男を見もせず、男がアイリーンの死角になるように再び歩を進めたのだった。
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