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ファイル60決戦! 聖なる日の茶会⑦

よろしくお願いします

 ベリンダの好きな人が、エドガーの側近であるクラウスだと確認したアイリーン。ベリンダにクラウスとの仲を応援すると告げ、固い握手を交わしたのだった。

 熱を少しでも冷まそうと手で仰ぐベリンダを見ながら、アイリーンは首を傾げる。


「でも知らなかったわ。ベリンダがクラウス様を好きだったなんて。いつから好きだったの?」

 ベリンダは濡らしたハンカチを首筋に当てながら口を開く。

「それは、アイリーン。あなたに初めて会った日です」


「あの、ハンカチ事件の日ね?」

「そうです。アイリーンに助けていただいて、同じ小説が好きだと知って、初めてお友達のできた日」

「なんだか懐かしいわ」


 五月のデビューから半年程しか経過していないが、探偵として活動してきたからなのか、とても濃い時間だった。アイリーンは感慨深く思う。

「ふふ。あの時、わたしたちが話しているとエドガー殿下が来られて、アイリーンは殿下とお話されることになったのですよね」


「そうね。あの時、殿下に協力を申し出られて」

「殿下とアイリーンがお話する間、わたしはクラウス様にパーティー会場まで送っていただいたのです」

 ベリンダは微笑んで、うっとりと思い出すように目を閉じる。


 **********


 王宮の庭園。

 アイリーンとエドガーのいる後ろを振り返ると、ベリンダは隣にいる背の高い青年を盗み見る。

 事情があって社交界ではよくない噂を流されているフォスター家の娘であるベリンダは、同年代の友人と呼べる人物はアイリーンが初めてだった。


 ましてや二人の兄以外の男性に会うことはほとんどなかったので、会場へ戻るまでの間、クラウスにどう接していいのか分からなかった。気まずい沈黙を感じていた彼女だったが、クラウスはいとも簡単に沈黙を破ったのだ。


「お怪我はありませんでしたか? フォスター男爵令嬢」

 突然話しかけられたことにベリンダはとても驚いたが、何とか返事をした。

「あっ、はい。大丈夫ですわ」

「それはよかったです。ですが、せっかくのドレスが……」


 一瞬クラウスの視線が、ベリンダの汚れたドレスに映ったことを感じ、彼女は少し恥ずかしくなった。

「いいのです。怪我はしていませんもの。それに、もともと親戚のお古で、流行のものではありませんから」


 居心地の悪い空気を変えたくて咄嗟に口をついて出たのは、なんとも卑屈な言葉だった。ベリンダは自分自身の言葉で自分が傷つくのを感じた。


 ほとんどの貴族が知らないことだが、フォスター男爵家は決して必要以上の富を持たないこととしている。ベリンダはその伝統を誇らしく思っているし、貴族の中でも一部にしか知られていない故、【顔だけ一族】などと揶揄されていることも受け入れている。しかし――


(どうしましょう。こんなこと、言うつもりじゃなかったのに……でも、わたしだって流行のドレスが着たかった)

 言いようのない自己嫌悪を感じ、しょんぼりと肩を落としたベリンダ。

 その様子を見たクラウスが「フォスター男爵令嬢」と声を掛けた。ベリンダは俯いていた顔をあげてクラウスを見上げる。


「俺は、あなたが一番美しいと思います」

「え!?」

 突然何を言っているのかと彼女は驚いた。そして、言葉を理解し始めると、徐々に恥ずかしくなって顔が真っ赤になってきた。


「古くから王家に忠誠を誓っておられるフォスター男爵家の信条は、本当に素晴らしいものです。何も知らない者たちがフォスター家を笑いますが、伝統を尊重しそれを甘んじて受け入れておられる姿勢は、同じく王家に仕える者として尊敬しています」


「あ、ありがとうございます」

 クラウスは歩きながら、まるで当たり前のことを話しているかのように平然としている。


「茶会の場には、美しく贅の凝らされたドレスに身を包んだ沢山の令嬢がいますが、俺は――」

 一呼吸おいて立ち止まったクラウスがベリンダを見る。


 彼の視線が、ベリンダの顔や髪、宝飾品、ドレスやドレスの汚れに移り、最後に視線が合った。なんとなく居心地の悪さを感じたベリンダが口を開こうとした瞬間、クラウスが笑ったのだ。

「俺は、あの会場の誰より、あなたが美しく魅力的だと思います」


 突然のことに思考の追い付かないベリンダは、真っ赤な顔を隠すこともできず、ポカンとした表情のまま彼を見つめた。

 そして、ドクン、心臓が大きく音を立てたのが分かった。

 そこから鼓動は際限なく早鐘を打ち始める。


(な、なに、今のは一体なんなの? 男の方があんなに優しく笑っているなんて……初めて見たわ。どうしてこんなにドキドキするの?)

 美しく年の割に大人びた容姿のベリンダは、容姿を褒められることが苦手だった。

 その言葉の裏に下心がある者たちから、下賤な表情で見られることへの不快感のせいだった。


 しかし今のクラウスにはそんな不快なものは一切感じられない。ただ純粋にベリンダと家族を褒めているのだ。

(こんな私を、美しいって…………どうしましょう、顔が熱いわ。クラウス様に見られていないかしら)


 その後もクラウスは何事かを熱心に話しかけてきていたが、ベリンダはさっぱり頭に入っていなかった。クラウスの言葉と笑顔が反芻してそれどころではなかったのだ。


「殿下にお仕えするのはやりがいがあります。フォスター男爵令嬢のお兄様も確かレティシア殿下に仕えておられますよね。何度かお会いしたことがありますが、武術の腕も知識もあって素晴らしい方ですね。それに――――で、――――」


 饒舌に王家にお仕えできて嬉しい気持ちを語るクラウスの声が、右耳から左耳に抜けていく中、いつの間にか茶会会場の前まで戻って来ていたことに気付く。

 会場前で両親が、落ち着きなくうろうろしている。恐らく、ベリンダを探しているのだろう。


「ああ。もう着きましたね。それでは、フォスター男爵令嬢、お互い頑張りましょうね」

 もう一度笑顔を見せるとベリンダと両親に礼をしてから、クラウスはもと来た道を戻っていった。


 **********


「その時からわたしは、クラウス様をお慕いしているのです」

「そうだったのね。あの日そんなことがあったなんて」

「ふふ。実はそうなのです」


 薄っすら頬を染めてはにかむベリンダに、納得した表情を見せるアイリーン。

「さ、話が長くなってしまいました。そろそろ戻らないと」

「あら、つい夢中になってしまったわ。お兄様たちをお待たせしていたわね!」

 茶会の会場前で待たせている兄たちと合流するために、二人は慌てて化粧室を出たのだった。


読んでいただきありがとうございました!

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