ファイル55決戦! 聖なる日の茶会②
よろしくお願いいたします。
アイリーンの様子に気付いたのか、燃えるような赤い髪の令嬢は礼をする。
「初めましてアイリーン様。私はスカーレット・シ・レバーでございます」
突然の出逢いに呆けていたアイリーンも、兄が握る力を強め、肩の痛みが再び走ったことで慌てて挨拶する。
「お会いできて光栄ですわ。アイリーン・ポーターでございます」
スカーレットはアイリーンより年上のようで、背も高く、すらりとした体型の美人だった。
一瞬スカーレットがアイリーンの衣装を不躾な眼差しで一瞥すると、にっこりと笑みを浮かべた。
「アイリーン様! 名探偵シャーリーの衣装がとてもよくお似合いですわ! 流石はアイリーン様です」
「ありがとうございます。シャーリーの衣装を着ておられる方は他にいらっしゃらないようで、驚いていたところなのです。スカーレット様もシャロンの衣装がとても素敵ですわ」
スカーレット嬢はアイリーンの言葉に、ポカンと呆れた表情を見せた後、気を取り直したように見下すような表情でアイリーンを見る。
「私はシャーリーの衣装は禁じると招待状に書いてあったので、シャーリーの衣装は着ていませんのよ。会場を見る限り、他の方々もちゃんと招待状を読まれた様子ですわね」
「ええ!! そんな!!」
スカーレットは、驚愕の表情を浮かべるアイリーンを見て、内心ニヤリとほくそ笑む。
(殿下の婚約者で最有力候補と言われているからどんな令嬢かと思えば、間抜けなただのお子様じゃない。少し恥をかくがいいわ)
周囲が聞き耳を立てていることに気付いたスカーレットは、アイリーンを馬鹿にしながらも、いかにも心配しているというような表情を浮かべる。
「……アイリーン様。まさか、知らずにドレスをご用意なさったんですか?」
「そうなのです……」
アイリーンが困った様子で自分のドレスに触れた。
「このドレスはエドガー殿下からの贈り物ですの。今日着てくるようにといただいたものだったので、そんなお話になっていたとは知りませんでしたわ」
「まさか! 殿下がそちらのドレスを? ……そうですのね。素敵ですわね」
「私もとても気に入っていますわ。ありがとうございます」
嫌味なスカーレットと周囲の野次馬たちを、完膚なきまでにやり込めたことにも気付かず、アイリーンは焦っていた。
(だから、あんなに視線が! どうしてエドガー殿下は教えてくださらなかったの!? 私、世間知らずだと思われたのかしら!? 一族の恥!?)
アイリーンがおろおろと、母に叱られおやつ抜きにされる妄想に恐怖している間に、アーサーは手早く場をまとめて「失礼します」とにこやかに笑うと、心ここにあらずな妹を連れだした。
「アイリーン! アイリーン!」
「はっ! お兄様! スカーレット嬢は?」
強めに名前を呼ばれて気付いたアイリーンが周囲を見る。
「もう近くにはいない」
「そうなのね……」
とたんにシュンと落ち込んだアイリーン。
そんなアイリーンにアーサーは首を傾げる。
「なんだ? まだ用でもあったのか?」
「……だって、彼女は赤髪でしょ。殿下の好きな人候補だもの。情報を聞きたかったの」
「……そうかよ」
アーサーは耳元でこそこそと喋る妹に、がくりと肩を落とした。
先ほどの会話を聞けば、どう考えてもスカーレットがエドガーの好きな人ではないだろうと妹以外の全員が分かるのに、どうして本人が分からないのか。
どう考えても、エドガーからもらったドレスを着ている自分が特別なのだが、何故気付かない。
たった今、自分でスカーレット嬢を撃退したことにすら気付いていない妹に、アーサーはエドガーを友人として不憫に思った。
(エド、今回もお前の作戦、空回りする予感がするぞ)
ため息を吐いたアーサーが、前方にいる美麗な男女を示して口を開く。
「ほら、あそこにいるのフォスター家の令嬢じゃないか?」
「あら、ホントだわ。お兄様、ベリンダに挨拶しに行ってもいい?」
「ああ。わかったから、はしゃぐなよ……って、聞いてねえし」
すでにベリンダの方へ駆け寄っている妹を見てため息を吐くと、見失わない様に後に続く。
「ベリンダ!」
「あら、アイリーン……まあ! シャーリーそのものだわ!!」
アイリーンと同じく、生粋のシャーリーシリーズファンであるベリンダは両手を組んで崇める様に目を輝かせている。
ベリンダはアイリーンとの手紙のやり取りで、ドレスがエドガー殿下の贈り物であることを知っているので、シャーリーの衣装に驚かれることもなく、アイリーンは人知れず安堵する。
「ありがとう、ベリンダ」
アイリーンの礼に笑顔で答えてから、ベリンダは「そうだわ」と思い出したように、半歩後ろにいた黒髪の男性を見る。
「アイリーン、私のお兄様を紹介するわ。長男のオスカーお兄様よ」
二十代前半と思われる黒髪の男性が一歩前に進み出ると、アイリーンとアーサーに爽やかな笑みを見せる。
「初めまして。オスカー・ゼフ・フォスターです。いつも妹がお世話になっています。それにメアリーの件ではご活躍いただいたようで、ありがとうございます」
「アイリーン・ポーターですわ。こちらこそベリンダにはいつも仲良くしていただいて嬉しく思っています。とても大切なお友達ですわ。メアリーの件は当然のことをしたまでです」
「是非これからも妹と仲良くしていただけるとありがたいです」
「もちろんですわ! あ、そういえば、こちらは私の兄ですわ」
アーサーとオスカーが挨拶を交わす様子を見ながら、アイリーンはオスカーを観察する。
(さすが、フォスター家ね。とてつもない美形だわ)
カラスの羽の様な艶のある黒髪が、腰のあたりまで長く伸ばされ、後ろで一つにまとめられている。
中性的な美しさを持つ均整のとれた顔だ。
きっと社交界では、爵位の低さなど関係なく、令嬢方を虜にしてきたことだろう。
アイリーンが考えているうちに、アーサーとオスカーの会話は、挨拶から仕事の話に変わっているようだった。
長くなることを感じた彼女はベリンダを見る。
ベリンダの方も同じことを思ったようで、くすりと笑いアイリーンに近付いた。
「アイリーン」
「ベリンダ、素敵なお兄様ね。うちのお兄様と話が合うみたい」
「そうですわね!」
「ベリンダにはもう一人お兄様がいるのよね?」
「そうですわ。ザックお兄様と言って騎士として働いているんですの。お兄様たちは双子なので髪型以外はそっくりなんです」
騎士、そう聞いてアイリーンが思い出したのは、迷子事件の時に出会ったトニーのパパ。
エドガーの想い人が年下の女性であると情報をくれた重要参考人だ。
「そうなのね。騎士のお兄様はどこに所属されているの?」
「それは——あ」
ベリンダの言葉を遮るようにアーサーが声を掛ける。
「アイリーン、話は後にしろ。王族の入場だ」
「!」
その瞬間、周囲のざわめきが波の様に引いていく。
楽団が荘厳な音楽を奏で、人だかりの向こうに王族の入場が始まった。
今回の参加は、エドガーだけだ。
(エドガー殿下はどんな格好をされるのかしら?)
アイリーンはワクワクしながら人だかりを見つめる。
しかし、殿下の通った後の貴族たちの表情を見れば、かすかに戸惑いや困惑の空気が流れているようだった。
チラリ――
人だかりの向こうに見えた人影は、玉座の方へと進んでいく。
少し離れた位置にいるアイリーンの目にも、エドガーの姿がはっきりと見えた時、アイリーンは息を呑んだ。
人々の上に立つエドガーの姿は、白を基調とした正装で、アイリーンの目がつぶれるかと思うほど輝いていた。
エドガーにとても似合う【完璧なる王子様】の姿。つまり、いつも通りの服装の様だった。
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