ファイル54決戦! 聖なる日の茶会①
よろしくお願いします!
徐々に肌寒くなり、一面に真っ白の雪が積もる日が増えてきたフォグラード。
聖なる日の茶会は数週間後に迫っていたある日、アイリーンの元にエドガーから大きな贈り物と手紙が届いた。
「アイリーン、殿下から贈り物が届いているよ」
「まぁ! お父様、ありがとうございますわ」
アイリーンの元に知らせに来たのは、父であるポーター侯爵だった。
以前は、王宮からの招待状だけで一家総出の大事件となっていたが、最近ではよくあることだとポーター家では認識される様になっている。
父から荷を受け取ったアイリーンは、自室に帰ると包みを解く。
中に入っていたのは、トレンチコートを模したような不思議な見た目のドレスだった。
一見大人びて見えるコートのような見た目だが、前ボタンの隙間から可愛らしいレースのフリルがちらりと揺れる構造になっている。
姿見の前でドレスを体に当ててみると、アイリーンの赤髪とエメラルドの様な緑の瞳によく似合っていた。
お茶の準備をしていたマギーが、姿見の前で嬉しそうにドレスを見ているアイリーンを見て驚きの声を上げる。
「まあ! ドレスですか!」
「マギー、エドガー殿下からなの! あのマダムローズのドレスだわ! とっても素敵! まるで名探偵シャーリーの探偵コートみたい! あ、お手紙が入っていたわ」
アイリーンは透かし模様の入った美しい便箋に書かれた文字を読み上げる。
「え~と、親愛なるアイリーン。今回の聖なる日の茶会は、特別な仕様にすることにした。君の大好きな【名探偵シャーリーシリーズ】をモチーフにした衣装をドレスコードとするよ。是非君はそのドレスを着て、僕の挑戦状に応えてほしい。待っているよ。僕の名探偵。ですって」
読み切った手紙を裏返しながら、次のページがないか確認していたアイリーンが、ちらりとマギーに視線を向ける。
「え~と、なんというか……変わった会の予定なんですね」
アイリーンとの超個人的な攻防にその他大勢の貴族を巻き込んだ茶会を開くなんて、王太子エドガーのとんでもない意地を見た気がして、マギーにはそれしか言えなかった。
(殿下の考えは分りませんが、この文から推測すると今回の茶会はお嬢様のために開催するということでは? 当のお嬢様は、エドガー殿下のことになると、自慢の推理が働かない病にかかるようですし、頭が痛い……)
マギーの頭痛を全く知らないアイリーンは、送られてきたドレスと手紙をひとしきり喜んでから決意を固める。
「殿下はこんなに私の探偵としての腕に期待してくださっているのね! 頑張って殿下の好きな人を見つけ、仲を取り持たなければいけないわね!」
「……」
グッと拳に力を入れて、使命感に満ち溢れたアイリーンをマギーは何とも言えない表情で見つめるのだった。
**********
聖なる日の茶会当日。
アイリーンは、エドガーから贈られたドレスを着て王宮を訪れていた。
シャーリーを助ける刑事に扮した兄アーサーにエスコートされて会場に入り、周囲を見回すとすでに沢山の令嬢子息がにぎやかに談笑している。
「ああ、すごいわ! あの方は、きっと二巻に出たローウェン卿ね。こちらの方はベアトリスカ夫人!」
「ほー。髪色まで再現して、本格的だな」
各自が【名探偵シャーリーシリーズ】に出てくる人物等をモチーフにした衣装を着ているので、いつもより興奮した様子で話がはずんでいるようだ。
「まるで本の中にいるみたいだわ。本当に素敵!」
「わかったから、はしゃぐなよ。これでも一応王族主催の茶会なんだからな」
目を輝かせて会場を見渡すアイリーンに、アーサーは呆れた表情になるも口元を緩め、彼女の頭をふわりと撫でる。
「ほら、行くぞ。主人公」
「ふふ。くすぐったいですわ、お兄様」
アイリーンがアーサーの手を取り歩き始めると、周囲の視線は瞬く間にアイリーンに釘付けとなっていく。
彼女の着ている探偵コート風のドレスは、名探偵シャーリーのコートをイメージしているにもかかわらず、アイリーンに大変よく似合っていた。
彼女の髪や瞳の色がシャーリーと同じであることも相まってか、さながら本に出てくる名探偵シャーリーその人のようだ。
何となく落ち着かない気分になったアイリーンは小声で呟く。
「お兄様、なんだかいつもより視線を感じますわ」
「それはまぁ、主人公だからな」
「流石はシャーリー! 大人気だものね」
アイリーンはそれとなく周囲を確認する。
「私以外にシャーリーの衣装を着ている人はいない気がするわ。てっきり一番多いと思っていたのだけど」
「ああ。まぁ……そんなことはいいから、ほら、挨拶にいくぞ」
歯切れの悪いアーサーにさっと話を変えられてしまう。
アーサーに連れられて、いろんな貴族と挨拶を交わしながら、アイリーンは他のことを考えていた。
(私以外にシャーリーがいないのはどうしてかしら? オリーブに聞いた赤毛の令嬢二人もこの場に来ているのかしら? なんとかして調べたいわ)
頭の中で眉間に皺を寄せたアイリーンが難しい顔をしていると、急に肩を叩かれる感覚が走る。
「!」
「——こちらが妹のアイリーンです。アイリーンご挨拶を」
「あ」
アーサーが彼女の肩に手を乗せながら、他の人には分からない角度からアイリーンを睨んでいる。
(よそ見ばっかりしやがって)
兄の迫力にひるんだアイリーンが「ひぇ」と声を漏らすと、肩に置かれた手に力がこもった。
(い、痛い痛い、お兄様のバカ~)
兄との攻防を顔に出さない様に、痛みをこらえながら眼前の人物に視線を移して、アイリーンは目を見開いた。
そこにいたのは、父親らしき紳士に連れられたアイリーンより少し年上の令嬢。
大人びた容姿で、燃えるような赤毛を一つにまとめた商家の娘、シャロンの衣装を身にまとっている。
(——見つけた。赤い髪の令嬢!)
名探偵アイリーンは、一人目の赤い髪の令嬢、エドガー殿下の好きな人候補と相対したのだった。
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