ファイル53王子の好きな人を探せ! 考察
よろしくお願いいたします。
王立図書館で秘密の部屋を知って以来、アイリーンは度々秘密の部屋を訪れ、エリとの交流を深めていた。
話題はアイリーンの事件捜査についてだったり、美味しいお茶やお菓子、面白い本の話だったりしたが、最初の日以来、暗号の話になることはなかった。
それともう一つ、未だエリの正体についても謎のままである。
エリの知識は素晴らしく、マナーも所作も一級品である彼女を見て、お茶会の度にエリの育ちの良さを再認識するアイリーンだった。
最近では何となく見覚えのある笑顔だと思う様になってきた。
特に、お茶目な性格の彼女が何かいたずらな表情をするときに、ふと既視感を覚えるような気がするのだが、その正体までは分からないままである。
違和感や気になることはあるのだが、アイリーンは彼女が話してくれるまで考えないことにして、友人としての時間を楽しむことにしていた。
エリとのお茶会以外にもう一つアイリーンには、励んでいることがある。
それはエドガーの好きな人を探すこと。
決戦の日に向けて婚約者候補同士の関係性も情報収集の必要があると考えた彼女は、同年代の訪れる茶会にも積極的に参加し、情報収集に励んだ。
**********
アイリーンは友人ヘレンの家で行われた茶会にも、もちろん参加していた。
ヘレン・リースは、子爵令嬢である。
アイリーンの解決した令嬢ハンカチ事件で友人になった令嬢の一人であり、事件をきっかけに想い人と婚約者となった。
(ヘレン様が幸せそうでよかったわ。情報収集も忘れない様に頑張らなくては!)
婚約者と幸せそうに笑うヘレンを祝い、他の人ともさりげなく談笑し情報を集める。
「アイリーン様! ご機嫌様!」
アイリーンが休憩のため、軽食に手を伸ばしていると、ベリンダ、ジュリアナ、オリーブの三人がやってきた。
「アイリーン様、聞いてくださいませ!」
つり目と縦巻きロールが印象的なジュリアナが、怒っているような様子でアイリーンに詰め寄る。
「ハンカチの件以降、二人の仲を取り持つために私、いろいろ手を回していたのよ。そしていざ両想いになって婚約が認められると、お兄様ったらすぐにヘレンを独り占めするのよ!」
「あらあら」
「私とお茶会の約束があって来ているのに、必ずティーポットのお茶が無くなる頃に迎えに来るの! 次のお茶を淹れる前にヘレンを連れていってしまうのよ。いくら婚約したからって私のお友達でもあるのに!」
ふんっと鼻息荒くティーカップのお茶を煽るジュリアナに、オリーブとベリンダがくすりと笑いを零す。
「ジュリアナ様、お兄様にヘレン様を取られて寂しいのね」
「まぁまぁ、仲が良くていいじゃない。ヘレン様が幸せなら嬉しいわ」
「それはまぁそうだけど……お兄様もヘレンも幸せにならなきゃ許さないわ」
怒った表情をしながらも、幸せそうに並ぶ二人に度々視線を送りながら、時折口元を緩めるジュリアナ。
(ふふ。素直じゃないんだから)
アイリーン達はそんな彼女を生暖かく見守るのだった。
令嬢達の話題は次々移り変わり、流行りのドレスの話が終わったところで、アイリーンはエドガー殿下とその婚約者候補についての話題を切り出すことにした。
「ねぇ、エドガー殿下の婚約者候補って一体どれぐらいの人数がいるのかしら? 確か、かなりの人数よね」
「殿下の婚約者候補の人数ですか? 年齢と爵位が釣り合う国内外の女性が当てはまりますし、かなりの人数だとは思いますが」
「社交界デビューの茶会は月ごとでしたし、まだデビューして間もないわたし達では、把握するのは難しいですわね」
ジュリアナとベリンダが悩むような表情を浮かべる。
「そうよね。候補の中に赤毛の女性がどれぐらいいるか知りたいのよ」
「赤毛の特徴のある令嬢ですか? オリーブはそういうところに詳しかったわよね?」
ジュリアナは、社交界出席率が高く噂に詳しいオリーブに尋ねる。
「赤毛の候補者は、私が知る限り三人程いらっしゃいます。三人の中で最も爵位が高いのはアイリーン様ですわ」
「私?」
「はい。ちなみに殿下との噂もアイリーン様が一番多いですわ」
「そうですわね」
「悔しいですが、私も聞きましたわ。アイリーン様なら仕方ありません」
落ち着いた表情でオリーブがにこりと微笑む。ベリンダは笑顔で、ジュリアナは少しムッとした表情で同意している。
「ええっ私は関係ないのよ」
「そうなのですか?」
「私はベリンダの様な美人が殿下に相応しいと思うのだけど」
アイリーンの話を聞いたベリンダは、大慌てで首を横に振る。
「あ、ありえませんわ! わたしは爵位も低いですし! そ、それに……」
「それに?」
アイリーン達が小首をかしげる。
何事かを言おうとして口をぱくぱくさせるベリンダの顔が朱色に染まり、視線が右往左往する。躊躇していたベリンダが観念したように小さな声を発した。
「わたしは——様をお慕いしていますので」
「ごめんなさい。なんて言ったのか聞こえなかったわ」
今度は意志のこもった瞳ではっきりと彼女は告げた。
「わたし、好きな人がいるのです!」
「ええっ!!! そうだったのね。私てっきり……」
「いえ。誰にも言っていなかったので。ですから殿下との婚約はありえませんわ」
言い切るベリンダにアイリーンは疑問を感じる。
(王族の誰かが彼女を推薦しているの? どうして? 爵位を考えると確かに推薦は難しいはずなのに)
アイリーンが考えに没頭している間に、いつの間にか令嬢たちの話は変わっていた。
「そういえば、コメリカの王太子様が、近々妃選びを始めるようですわ」
「私も聞きました! 国内外に声を掛けていらっしゃるようですわね」
「たしか二十三歳と伺いましたわ! レティシア様が十八歳ですし、国外の候補として有力だという噂ですわ」
「レティシア様……レティシア殿下、お会いしたことないですわ。皆さん詳しいのね」
アイリーンが王城での事件を思い出す。
「とても素敵な方ですわよ! 美しくて、幼い頃は幼少期のエドガー殿下とそっくりだったようですわ」
「確かにエドガー殿下ほど、表には出られませんわね。ここ数年は特に」
「どうしてなのかしらね?」
「さぁ。何でも勤勉な方のようですが。今度の聖なる日の茶会に来られるかもしれませんわね」
「そうなのね。会ってみたいわ。レティシア様」
エドガー殿下と似ているならさぞ美人だろうと、流れるようなプラチナブロンドを想像して。
何故かアイリーンの頭には、一人の女性が思い浮かんだ。
「……まさかね」
アイリーンの声は誰に聞かれることもなく、空に消えていった。
読んでいただきありがとうございました!




