ファイル52王立図書館の妖精と秘密のお茶会
よろしくお願いいたします。
王立図書館の妖精と呼ばれていたエリは、絵画の後ろにあった秘密の隠し扉の中に消えていった。その後を追いかけようとアイリーンは、真っ暗な穴に足を踏み入れる。
「すごいわ」
穴の中は長い通路になっていた。周囲は窓もなく暗い。
「さぁ、こっちよ」
「はい」
二人が歩き始めると、石畳の様な硬い材質の壁がコツコツと足音を響かせる。さながらトンネルの中を歩いているようだ、とアイリーンは思う。
入口の光が届かなくなってくると、エリは携帯型のライトを取り出して足元を照らす。灰色の石畳が照らされる。
長い通路をしばらく行くと、再びアイリーンの耳に、ゴロゴロ、という機械音が聞こえた。背後から聞こえたそれにアイリーンが後ろを振り返ると、入ってきた扉が徐々に閉まり始めている。
「エリ様! 扉が!」
「大丈夫よ。こちらからも開けられるから」
「そうなんですね」
アイリーンは安心して、閉まっていく扉をもう一度見る。
部屋の光が強くて向こう側は見えない。
(逆光で何も見えない……ん? 今の一瞬、人が見えたような? 気のせいかしら?)
一瞬、閉まりゆく扉の僅かな隙間から人を見たような気がしたのだが、彼女にはそれを確かめるすべもない。
首を傾げながらも、アイリーンはエリの後を追った。
歩き続けること数分。突然エリは立ち止まると、左側の壁を押すと、押した壁がバタンと大きく開く。
(すごい仕掛けがあって、今日は驚きっぱなしだわ。なんだかシャーリーの様に大冒険をしているみたい)
エリの後について石畳の扉をくぐると、その先は大きく開けた部屋になっていた。
石畳の床に毛足の長い絨毯がひかれ、中央には可愛らしいテーブルと揃いの椅子、一人用のソファーが置かれている。
壁際には目を見張るような大きな本棚があり、沢山の本が綺麗に並べられている。奥には一つ扉がある。
「わー! 素敵なお部屋ですわね!」
「ありがとう。内装は私好みにしているの。奥にはキッチンやトイレもあって、生活できるようになっているわよ。さ、お茶を淹れるわ。少し待っていて頂戴」
アイリーンが部屋の中を興味深く眺めながら椅子に座っていると、エリがワゴンに乗せたティーセットを運んできた。
美味しそうなお菓子や一口大のサンドウィッチもあり、慣れた手つきでサーブされていくそれらにアイリーンは目を輝かせる。
「さぁ、お待たせしたわね。いただきましょう」
「はい。お言葉に甘えて、いただきます。どれも美味しそうです!」
アイリーンは、まず香しい紅茶に手を伸ばし、一口。
「美味しい! この紅茶、とっても美味しですわ。バラの香りが、なんてすばらしいの!」
「ふふふ。よかったわ。お菓子もどれも美味しいのだけど、こちらのチーズケーキが一番おすすめよ」
勧められたチーズケーキを口に運んだ瞬間、ほわりとアイリーンの顔が綻んだ。
(美味!! これは、王宮でいただくお菓子にも引けを取らないわ)
美味しいお菓子と紅茶に幸せを感じながら、アイリーンは驚きで忘れていた疑問を持つ。
(それにしても、エリ様は一体何者なのかしら? 王立図書館の秘密通路を使っていて、こんな秘密の部屋まであるなんて……個々の調度品も一級品ばかりだし)
それとなく視線を周囲に向ける。家具は長く使い込まれているようだが、造りのいい調度品であることが侯爵家令嬢であるアイリーンにも感じられる。エリは間違いなくポーター家よりも高位の貴族だろうと、彼女は推理する。
そんなアイリーンの疑問を察してか、エリは優雅な笑みを見せると口を開いた。
「この部屋は、貴女も好きな時に来ていいわよ」
「え、いいのですか?」
「ええ。貴女にはその資格があるわ。もちろん、侍女は連れてこないようにね」
「侍女の件は分かりました。あの、資格、というのは?」
「ふふふ。それはいずれ、ね?」
可憐な笑みは、どこかいたずらな声色が含まれているような気がして、アイリーンは何となくそわそわと落ち着かない気分になった。
「それよりも、今日はこの本の話をしましょう。単刀直入に聞くのだけれど、アイリーン、貴女、この本の中にある暗号を見たのよね?」
「はっはい! 一度本に挟まっている暗号のやり取りを目にしてから、気になってしまって……申し訳ありません」
「気にしないで。もともと誰に見られてもおかしくないのだもの。それで、暗号は解いているの?」
「いえ、解いていません。初めて見た時に、その、私が解いてはいけないような気がしたので……それ以来、存在を確認してはいましたが、中に何が書かれているかは見ていませんでした」
「そうだったの。では、これからも、暗号を解くのは控えていただきたいの」
エリの静かな声が石の壁に響く。
「もちろんですわ! それでは、その」
聞いても良いのか躊躇しつつも、好奇心には勝てず、恐る恐るアイリーンが尋ねる。
「あの、あれはエリ様が?」
「ええ。暗号に答えているのが私よ。三年程前から続いているわ。だけど、暗号の主については何もわからないの。分かっているのは本の知識が豊富なことと、恐らく男性だということだけよ」
「エリ様は、聞いてみられたのですか? その相手がどんな方なのか、質問されたことは?」
「もちろんあるわ。だけど、そんなときに限って暗号はとても難しくて、いつも解けないのよ。だけど、この暗号を解くのは他の誰の手も借りず、自分の力でやり遂げたいの」
そう言うエリは、【愛とは何か? 今更知ってももう遅い】の背表紙を指でそっとなぞる。その表情はどこか切なげで、アイリーンは胸が締め付けられるような気持ちになった。
(エリ様にとって、暗号の主はかけがえのない人なのね)
アイリーンは美味しいお茶を一口飲んでから、彼女に、にっこりと笑いかける。
「エリ様のお気持ち理解いたしました。相手の方が早く見つかるといいですわね!」
「ええ。そうね……ありがとう、アイリーン」
エリはホッとした様子で口元を緩めると、アイリーンのカップにお茶を注いだ。
「さぁ、今度は貴女のお話を聞かせて頂戴。名探偵アイリーンの活躍、是非聞いてみたかったの」
「ええ。それでは――」
二人の会話は飽きることなく続けられ、秘密の部屋には明るい少女たちの笑い声が響いていた。
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