ファイル51王立図書館の妖精と秘密の部屋
よろしくお願いいたします。
聖なる日の茶会に招待されたアイリーンは、来るべき日に備え、日々情報収集を行っている。
情報収集の一環で、今日の彼女は、マギーと一緒に王立図書館を訪れていた。
「おや、アイリーン嬢。またいらしたのですね」
「ええ。いつもご苦労様」
顔なじみの司書騎士達と挨拶を交わしたアイリーンは、受付カウンターの前でマギーに声を掛ける。
「じゃあマギー。いつも通り、また後で会いましょう」
「はい。お気をつけて」
マギーと別れたアイリーンは、カウンター横の掲示板に視線を移す。
(あら。今回は【人気の本ランキングー経済編ー】なのね)
このランキングは本に親しみを持ってもらうべく、フィリップを始めとする司書騎士達が作ったものだ。
(多くの人が興味を持ってくれるといいわね)
ふふ、と笑いを漏らしながらアイリーンは先へ進む。
いつも訪れる王族に関する書籍のある書棚に向かう途中、彼女はふと、以前に見つけた本の暗号のことを思い出す。
捜査で頻繁に図書館へ足を運んでいる彼女は、度々例の不人気な哲学書【愛とは何か? 今更知ってももう遅い】を探しに来ていた。
もちろん暗号は解いていない。あのつまらなさそうな本の中に美しい便箋が挟まっているというだけで、アイリーンにとってとても興味深く、ときめきを感じるのだ。
(さて、今日は暗号挟まっているかしら?)
鼻歌でも歌いそうな様子で、徐々に人気の少ない奥の方へと歩き進める。
途中で黒髪の司書騎士とすれ違ったきり、周辺の棚はいつも通りすっかり人影もなくなっていた。
哲学書の棚もきっと人っ子一人いないのだろう、そう思って、角を曲がったアイリーンは目を見開いて固まった。
例の本があるはずの棚の前に、あの日見た妖精がいた。
図書館という薄暗いところで、彼女だけが輝いているように美しい。以前は見えなかった横顔はとても可憐で、肌は雪の様に白い。
年の頃は十代後半と言ったところだろう。少女のあどけなさと、本を見つめる憂いのある切なげな瞳が、何とも言えない神秘的な雰囲気を醸し出している。
まさに妖精のよう、そう思ったアイリーンの口から、思わず感嘆のため息が漏れる。
(お顔もとても美しい方だわ。あの本は……)
プラチナブロンドの長い髪がさらりと落ちて、ゆっくりと顔をあげた彼女とアイリーンの視線が合った。
(しまった! 見つかってしまったわ! ど、どうしたらいいの?)
アイリーンが驚いた顔で固まっていると、美しい妖精は少し驚いた様子でぱちくりと瞬きをしてから、にこりと微笑んだ。
「見つかってしまったわね」
「あの、妖精様。邪魔してしまい申し訳ありません」
アイリーンが謝罪すると、彼女は小首をかしげる。
「妖精様?」
「えっと、王立図書館には美しい妖精が出ると司書騎士達に聞きました。貴女がその妖精ではないのですか?」
アイリーンも同じように小首をかしげてそう言うと、彼女は噴き出して笑い始めた。
「ぷっ。妖精だなんて、初めて聞いたわ!」
「そ、そうなのですか!」
「ふふふ。いけないわね。図書館は静かにしなくちゃ」
「あっそうでしたわ」
慌てて二人そろって声を落とす。
耳を澄ませてみるが、幸い人の足音はない。
「見つからなかったようね。ふふ。貴女お名前は?」
「アイリーンと申します。探偵をしておりますわ」
「探偵アイリーン、ね。私は……そうね、エリと呼んで頂戴」
「エリ様ですね。エリ様はどうしてここへ? もしかして、その本を?」
「あら? この本の中身を見てしまったのね。ここではお話もできないし、場所を移しましょう。ついてきて頂戴」
そう言うと、エリと名乗った女性は更に奥の棚へと歩いていく。
(な、なんだか不思議なことになってしまったわ。でも面白そうね)
アイリーンは、物語の中に入って冒険しているような高揚を感じながら、エリの後に続く。
エリは王立図書館一階の最奥の書棚を通り過ぎ、その向こうにあった小さな休憩所へと足を踏み入れた。
(王族関連の棚より奥に休憩所があったなんて知らなかったわ)
入口に立つとざっと室内が一望できる小さな部屋の中には、道中と同じで人の姿は全くない。
中央には背もたれもない四角い革張りの椅子が二組と低い簡素なテーブルがある。所々に背の高い観葉植物が置かれており、その高い天井と壁には沢山の絵画が飾られていた。
まるで小さなギャラリーの様な所だ、とアイリーンは思う。
彼女が絵画に気を取られているうちに、エリは休憩所の中を奥まで進み、部屋の角に置かれた観葉植物の横に立つ。
そして、不思議なことに鉢の向こうに消えて、そのまま見えなくなった。
「えっ? あれ? あの、エ、エリ様?」
突然目の前で人が消えたことに驚いたアイリーン。エリを呼びながら観葉植物の所まで慌てて駆け寄り、そこでふと、アイリーンは異変に気付いた。
「あれ? 壁……じゃないわ」
角に置かれていると思っていた観葉植物の奥には、まだ壁が続いていた。アイリーンが最初にいた入り口付近からは見えないが、こちらからは入り口が見える様に設計されているようだ。
「ふふ。面白いでしょう? ここに絵があることも全然分からないわよね」
エリが笑う。彼女は消えておらず、ただ、絵の正面に立っているだけだった。
アイリーンは声が大きくならない様に配慮しながら、それでも興奮に頬を上気させてエリと大きな絵に視線を送る。
「エリ様、びっくりしてしまいました! 消えてしまったのかと! まるで本物の妖精のようでしたわ」
「まあ、ふふ」
「絵も全く見えませんでしたわ。こんなに大きな絵なのに」
「そうでしょう? ちょっと仕掛けがあるのよ。見ていて」
エリはそう言うと、大人の背丈ほどもある絵を少し動かす。そして絵の中央に描かれた女性の衣服が斜めになると、その衣服に手を乗せ、ぐっと押し込んだ。
がががとどこかで小さな機械音がしたかと思うと、絵の向こう側に穴がぽっかりと開いた。
(な、あの衣服は本物の布!? ど、どうなっているのかしら?)
アイリーンは驚いて声も出ないまま、目の前で起こった光景をみていた。そんなアイリーンをエリはクスクス笑うと、「ついてきて」と言って、穴の中へと入っていく。
(え、え? 何がどうなっているのか……王立図書館の中にこんな隠し扉があったなんて。こんなものを知っているなんてエリ様は何者なの? とにかく今はエリ様について行かなくちゃ)
そう思ったアイリーンは、エリを追うため、先の見えない真っ暗な穴の中に入っていくのだった。
読んでいただきありがとうございました!




