ファイル47恋心窃盗事件―事件の解決?―
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トニー達が去っていった後を優しく見つめるアイリーン。エドガーはそんな彼女に、はちみつのような慈愛に満ちた目を向けている。
(私のことが好きだと言ってくれたのだから、もう婚約しても構わないよね。ああ、それなら好きな人探しだなんて、意地悪しなければよかったかもしれない。後でアクセサリーを渡すときに、謝って……正式に申し込もう)
捜査を終え、馬車でポーター侯爵家へと戻る間のエドガーの胸中は、想像以上に早かった両想いに浮かれ、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。
アーサーもマギーも、宝飾店パールラントでのアイリーンの発言を見ていたので、感慨深さから若干涙目になっている。
(あのお嬢様が、こんなに早くに自覚するなんて! というか、殿下のことを好きな人だと告白までしてしまうなんて! 今日の朝まで殿下の好きな人を暴くと言っていた人物とは思えない成長っぷり! ……ん?)
マギーは感動の中に何か引っかかるものを感じた。
言いようのない不安を感じたマギーは、主の会話の内容も耳に入らず、馬車の外から聞こえる他の馬車や人の気配を拾うことで気分を紛らわせようとする。
そして、馬車の轍の音に紛れて聞こえる、金属の合わさる音や嫌な殺気のようなものに気付いた。
(ここには殿下も、アーサー様もいる。お二人が気付かないわけがない。様子見か)
マギーがぼんやりしていた思考を引き戻すと、丁度エドガーがアイリーンに声をかけていた。
「ねぇリーン。私も少し疲れたから、邸に寄らせてもらっても構わないかい?」
「え? ええ。もちろん歓迎いたしますわ」
「よかった。一度君の家の庭を見てみたかったんだ」
「そうでしたの。私でよろしければご案内させていただきますわ! でも、お疲れでは?」
「それくらい問題ないよ」
アーサーの方は友人を応援する気持ちと、妹を心配する気持ちと、野次馬根性とが合わさって複雑な心境で成り行きを見守っていた。
(まぁ告白場面はしっかり立ちあわないとな! ばっちり物陰から見といてやるからな! いつもさんざん振り回されてるんだ。これぐらい見たって罰は当たらないだろう)
馬車はポーター侯爵家へと辿り着いた一行は、馬車を降りるとそれぞれに動き出す。
「どうぞ。こちらです」
笑顔で庭の方へ向かうエドガーとアイリーンの後ろを、アーサーとマギーはこっそりつける。
アイリーンはエドガーを連れてゆっくりと庭を歩く。
ちゃんと花や自慢の光景をエドガーに説明しており、エドガーもそれに合わせて楽しそうに話を聞いている……様に見えて、エドガーの内心は、告白とイヤリングを渡すタイミングを見計らっていた。
(さて、どうするか……こういう時は、雰囲気が大事だと聞いているから、二人きりになった訳だけど)
ポーカーフェイスで笑顔を浮かべたままエドガーは、それとなく庭を見渡す。
丁度バックガーデンの奥に、こじんまりとして可愛いサマーハウスがあるのが見えた。
いい物を見つけた。エドガーはニヤリと笑う。
(あのサマーハウスで少し過ごして、雰囲気を作ってから……)
エドガーの脳内で、顔を赤らめ恥じらいつつも喜ぶ、アイリーンの姿が浮かび、思わずにやけるのを抑えるために口元を隠した時だった。
爆弾は突如として落とされる。
「あ、そう言えば、エドガー様。あのイヤリング、いつお渡しするのですか?」
「え!? あ、いや! そ、どうして急に!」
「ふふふ。この名探偵アイリーンの目は誤魔化されませんわよ! 殿下の好きな人に贈るんですよね!?」
そう言ってキラキラとした瞳で見上げてくるアイリーンに、エドガーは何かおかしいと、その時初めて感じた。
「はぁ~。感激ですわ! 大事なプレゼントに意見を取り入れていただけるなんて! 好きな人からのプレゼントなら、彼女もきっと大喜びですわ!」
「え? ……リーン! まさかっ!」
「? どうかされたのですか?」
キョトンとするアイリーン。どんどん顔色の悪くなるエドガー。物陰から二人を見守るアーサーとマギーの顔も倒れそうなほど真っ青である。
心を静めたエドガーが、心なしか沈んだ声で尋ねる。
「……ねぇリーン。宝飾店パールラントでプレゼントを選ぶとき、どうして僕に選ばせたの?」
「それは、私が殿下の好きな方の好みを知らなかったからですわ! パールラントの店主が選んだ品は、どれも暖色系のもの。あれは状況から私に贈るものだと、店主が誤解したからです」
(それであってるんだよ!!!!)
三人の心が一つになった瞬間だった。
「私にとってはどれも好みの逸品でありましたが、殿下の意中の方なら、殿下から贈られたものをお喜びになると思ったのです」
顔を片手で覆ったエドガーが、ふらりとよろめく。
「……では、君の言った好きな人に選んでもらったものなら嬉しいというのは?」
「当然殿下程の方なら、すでに両思いだと思ったからです! お優しい殿下からプレゼントされれば、令嬢なんてイチコロですわ!!」
ぐっと拳を握り力説するアイリーンに、エドガーは顔を手で覆ったまま、貧血を起こした令嬢の様に、その場に崩れ落ちる。
「で、殿下! どうなさったんですか?」
「……ああ、なんでもないよ。ちょっと、立ち眩みがしただけだ」
慌てて駆け寄るアイリーンを、手で制したエドガーは、暫く顔を覆ってぐったりしていた。
(ああ! エド! ごめん! 妹が馬鹿でごめんな!!)
(ああ! 恐れていた事態が!)
物陰の二人も乱心でその場に頽れる。
暫くして何とか復活したエドガーは、購入したイヤリングを取り出すと、アイリーンに跪く。
「これは、君に似合うと思って買ったんだ。受け取ってほしい」
「まあ! そんな褒美をいただけるなんて! 私ったらてっきり好きな方にあげるものかと! ありがとうございますエドガー様!」
アイリーンはそう言って、そそくさと箱を開け、エドガーにイヤリングを付けた姿を見せる。
似合うかしら、と嬉しそうにするアイリーンを見て、エドガーの心も少し持ち直したのだが、やはりショックは大きく、庭の散策はお開きとなった。
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エドガーの乗ってきた王家の馬車が邸を出たところを見計らい、男たちはポーター家の周囲をうろつきはじめる。
彼らはアイリーンたちが馬車に乗っている間、ずっと別の馬車で後ろからつけていたのだった。
「おい。急ぐぞ。あの方の予言は、女の方だ」
黒装束に身を包んだ男が、仲間に声を掛けようと振り返って驚いた。
「お前たち、あの占い師の手の者だな」
「なっ」
先ほど馬車で去ったはずの男が二人目の前に立っていたのだ。
黒装束は周囲を見回した。仲間たちは、みんないつの間にか地に伏して伸びている。
「気付かれていないと思っていたのか?」
「あ」
「アーサー、もういいよ。余罪については連れていって聞こう。だけど……」
黒装束の眼前に、濃紺の瞳と輝くプラチナブロンドが見える。この世の全てを吸い込み、射殺す流星のようなその姿。
圧倒的支配者の風格に、黒装束は震え上がった。
「彼女に危害を加えようとするのはいただけないな……私は今、機嫌が悪いんだ」
「ひっ、や、やめ……ぎゃぁーー!!」
ギロリと睨まれた瞬間、黒装束は強烈な頬への痛みを感じ、そのまま意識を失った。
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