ファイル46恋心窃盗事件―勃発! 迷子のパパ―
よろしくお願いします。
平民街でのパトロールを行っていたアイリーン、エドガー、アーサー、マギーの前に現れたのは、5歳ぐらいの少年。
アイリーンは抱きついてきた少年の体を離すと、安心させるように目線を合わせる。
「貴方のお名前は?」
「……トニー」
「じゃあトニー。パパとはぐれてしまったのね?」
「うん……妹のおもちゃを見てたの。パパがいなくなっちゃった」
トニーは悲しそうに潤んだ眼を伏せる。
今度はエドガーがしゃがんでトニーの頭を撫でる。
「そうか。寂しかったのに、泣かずにえらいぞ。妹さんもいるのかい?」
「今は、ママのおなかにいる」
「これからお兄さんになるのか。頼もしいね」
「えへへ」
頼もしいと言われたことが嬉しいのか、トニーが笑顔を見せ始めたところでアイリーンが口を開いた。
「私、名探偵なのよ。迷子のパパを探してあげるね。そのためにも今日のことを教えてくれる?」
「うん」
「ありがとう。じゃあまず、トニーはパパと二人でお買い物に来たの? 何を買いに来たか覚えてる?」
「うん。パパと二人できた。ママはおうち。ママはしんどいから、元気になるもの買おうって」
「元気になるもの? それは何だい?」
「えっとね。名前はわかんない。甘くて、美味しいの。これを食べるとママは元気が出るっていってた」
「甘いもの。お菓子かしら?」
「ううん。外が黄色くて、中が白いの」
四人は首を傾げる。
「フルーツか?」
「ねぇトニー。妹のおもちゃはどこで見ていたの?」
「うーんと、あのお店」
少し先に見える赤い屋根のお店だ。よく子供達で賑わっている。
「そうなのね。どっちから来たか覚えてる?」
「たぶん、あっち」
アイリーン達が来た方向と同じ方向を示す。
アイリーンは首を傾げる。
(私たちが通ってきた道にあったお店を思い出すのよ)
アイリーンは通ってきた街並みを思い浮かべる。
魚屋、肉屋、卵屋、乾物、干物屋、青果店。
通ってきた道は、生鮮食品や日常に使う調味料が置いてある店が多い方向だったような気がする。
「パパはどんな人なの?」
「大きくて強いよ! きしだんに入ってるんだ!」
「まぁ! そうなのね!」
その言葉に彼女達は周囲を見回すが、大柄な男の人は見当たらない。買い物帰りのおばさま方が沢山歩いている。
野菜を持っているおばさまが多いようだとアイリーンは思う。
おもちゃ屋の斜め向かい側が八百屋なのだが、今の人の多さでは見ることができない。
周囲を歩くおばさま方の両腕には、袋にパンパンに詰め込まれた野菜の塊がぶら下がっている。
「今日も大量ね~」
「流石、安売りの女神ね。あんな大きな男の人を押しのけちゃうなんて感心するわ」
「あの人、図体は大きいけれど、安売り初心者だわ。あんなところに突っ立っていても何も手に入らなくてよ。おーっほっほ!!」
「今日の特売は南国の黄色い果実だったものね。うちの子これが好きで――」
何気ないおばさまの会話を聞いたアイリーンは、はっとした様子で顔を上げる。
(まさか、バナナを買いに八百屋のタイムセールに乗り込んだの!?)
彼女は慌てて皆に推理を話す。
「さっきのおばさま方が言っていた、八百屋にいた男の人! トニーのパパかもしれません! きっと特売のバナナを奥さんのために買いに来て、トニーがいると危なく思い、トニーに外で待っているように言ったのかもしれません」
「それで、トニーがおもちゃを見つけてその場を離れてしまったのか」
「なるほどな」
「それでは、今頃探しているでしょうね」
マギーの言葉に頷くアイリーン。
一先ず特売は終わったようなので、彼女らはトニーを連れて八百屋の前まで歩くことにした。
店に近づいてみると、背の高いがっしりした男性が、下を向いて必死に何かを探しているのが見えた。周囲の人がばらけてきたので見やすくなったようだ。
その男性を見たトニーは、嬉しそうに声を上げる。
「パパ! パパ~!」
「っトニー!! どこに行っていたんだ! 動いてはいけないと言っただろう。ああ、無事でよかった。すまない! パパが目を離してしまったから」
そう言って駆け寄ってきた息子を抱きしめると、トニーの父は息子を保護してくれた礼を言おうとアイリーンたちを見て、固まった。
顔色が真っ青になり、ポカンと口を開いて呆けている。
「な、な、な! で、でん」
「いやぁ。初めまして。トニーのお父さん」
「え、あ」
大混乱の男性を前に、しれっと笑顔でそれ以上言うな、という無言の圧力をかけるエドガー。
「お、お兄様。あの方は一体?」
「ああ。王都の騎士団三番隊の隊長だな。由緒正しい騎士一族の長男だったか」
「そ、そうだったのね。トニーが言っていたとおりね」
こそこそ小声でアイリーンはアーサーに尋ねる。
(確かに、細身なのに筋肉がしっかりついていて、背も高いし騎士って感じがするわ。きっと、とても鍛えていらっしゃるのね)
アイリーンが納得している間にも、エドとトニー父の話は進む。
「息子を見つけていただいてありがとうございます」
「礼なら彼女に言ってくれ。彼女は探偵なんだ。今日の僕は彼女の供みたいなものだからね」
「ええっ! 供だなんてそんな!」
アイリーンが縮こまって否定するが、そんなことは意に介さず彼女の肩を抱くエドガーに、トニー父は不思議そうな顔をしたが話を合わせて彼女に礼を述べる。
「そうでしたか。ありがとうございます」
「いえ。無事に再会できてよかったです」
「ありがとう。おねぇちゃんたち、バイバイ」
そう言って、手を振って去っていく親子に、彼女達も手を振り返す。
「パパ、もう迷子になっちゃだめだよ?」
「トニー!? 迷子になったのはパパの方なのか!? トニー、今度は一緒に地図を読もうな」
遠くなってから聞こえてきた親子の声に、四人は思わず笑いを零したのだった。
これにて迷子のパパ事件は、無事幕を閉じる。
しかし――
本来の事件は、まだ解決していないことに、気付く者はだれ一人いなかった。
読んでいただきありがとうございました!




