ファイル45恋心窃盗事件―お忍び平民街④―
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宝飾店パールラントを後にした四人は、隣の姉妹店ブティックマダムローズを訪れた。
先ほどのアイリーンの告白で受けた衝撃が抜けきらないエドガーは、未だ赤く染まった頬を彼女に見せない様、ずっとアイリーンの手を引いている。
アーサーとマギーはそれをニマニマといやらしい笑みで応援していた。
そんな四人が入った店内は、隣のパールラントと似通った雰囲気の落ち着いた内装だった。
薄くオレンジがかった壁は同じく、おしゃれな服を着たトルソーなどが飾られて、全体的に華やかに見える。
「いらっしゃいませ~」
特徴的な語尾の店員が話しかけてきた。
パールラントの店員とよく似た顔の女性に、アイリーンも今度は平民らしく挨拶する。
「こんにちは」
「当店は初めてですね?」
「そうなの。このお店は最近できたのよね? とってもおしゃれな店内ね」
アイリーンがそう言うと、店員は嬉しそうに笑って内装を見る。
「ありがとうございます~。店内の装飾は隣の姉妹店と似たイメージにしているんです~」
「私たちさっき隣の店に行ったんです。確かにどことなく似た雰囲気を感じますね」
マギーも感心したように、周囲を見回している。
「そうなんですよ~。商品も隣と同じく、名品ぞろいですよ~。オーダーメイドも受け付けていますので、ご希望があればぜひ!」
そこからは、男女別行動となり、しばらくの間店内を見て回ることになった。
普段は事件ばかり追っているアイリーンだが、それなりにおしゃれや可愛い物にも関心があるのだ。
はしゃいだ様子で、袖の形が特徴的な可愛らしいワンピースを体に充てている。
「あ、マギー! これ可愛いわ!」
「私はこっちの小花柄が可愛いと思います」
「じゃあこれは? 【名探偵シャーリー】が着ているのと似た探偵コート! まだ早いけど今年の冬は絶対欲しいわね」
ああでもない、こうでもないと悩みに悩んで、二人は結局、色違いのワンピースを買った。
男性陣は何も買わなかったようで、途中からはアイリーンとマギーが来るのを待っていたようだ。
店員の「ありがとうございました~」という、陽気な声を背に四人は店を出る。
「それでリーン、どうだった?」
「パールラントもマダムローズもとってもおしゃれで、可愛かったです!」
「ふふ。そう。よかったね」
幸せそうなアイリーンに、エドガーは満足気だ。
そんな二人の様子にアーサーとマギーは、苦笑交じりにため息をつく。
あの主たちは、本来の目的である事件や捜査を忘れているのではないか。もはやこれは完全なるデートではないかと二人は思う。
従者と兄の思いが届いたのか、買ったばかりのワンピースが入った袋を抱えて、にこにこと笑っているアイリーンが「はっ!」と驚いた様子で口元を抑えて立ち止まる。
(ああ。どうしましょう! せっかく殿下がいらっしゃっているのに、事件が全然ないわ! 普通にショッピングを楽しんでしまった! 結局、殿下の好きな人の情報も分かっていないし)
焦った表情のアイリーンに、今度はエドガーが首を傾げた。
「どうしたの? リーン」
「あ、いえ」
見つめるエドガーに、内心冷や汗が止まらないアイリーン。
(まずいわ! 名探偵アイリーンの仕事が……)
咄嗟に視線を逸らしたアイリーンが目にしたのは、店と店の隙間に見える黒い影。
「あ」
濃い紫の布で簡易的に作られた一人用の小さな屋台のようなそれ。
中には黒いベールをかぶった怪しげな人物がいて、その人物の前には水晶玉が置かれている。
(怪しい……怪しすぎるわ)
アイリーンがそう思うのも無理はない。
街並みから明らかに浮いた存在の屋台の存在。
アイリーンはエドガーの服の裾を摘まんで、ちょいちょいと引っ張った。
「エド。あそこ、見てください」
「ん? あ」
「なんだ? 後ろになんかいるのか?」
アイリーンとエドガーの様子に、アーサーとマギーが振り返ろうとする。
「二人ともあんまり見るな。振り返らずにそっと確認するだけだよ」
「あ、ああ」
「分かりました」
マギーとアーサーそう言って、何気なく店を見ているふりをして居場所を変えると、チラリと横目で紫の屋台を見る。
「げ。パン屋の店主が言ってた占い師?」
「でしょうね」
「あれ、目立ちませんか?」
「明らかに浮いている気はするけど、店主の話じゃ当たるって噂が出てるみたいだから、すでにこの辺の人は慣れていそうだね」
遠目に観察していたが一向に客も見えない。
マギーがアイリーンに尋ねる。
「どうするんですか?」
「もちろん、突撃よ!」
「はぁ。やっぱり」
ため息を吐くマギー。
エドガーがアイリーンに天使のような笑顔で提案する。
「じゃあせっかくだから僕との相性占いをしてもらおう」
「えっ」
「さ、いこう。しっかり捜査しないとね? 名探偵?」
「ふえぇぇ」
小さな悲鳴を残してアイリーンは、エドガーに連れられて行く。
「ほんとにエドってすげえわ」
「ですね」
残された二人がぽつりと零した言葉は、アイリーンには届くことなく空に消えた。
「すみません。占っていただけますか?」
エドガーが人好きする笑みを浮かべて、ベールをかぶった占い師に声をかける。
「ええ。どうぞ、お座りください」
すこし枯れた女の声だった。ローブを着て体型を隠し、ベールで顔は分からなかったので、実際に話すまで性別も分からなかったのだ。
アイリーンとエドガーは二人並んで小さな丸椅子に腰かける。
「それでは、お二人の運勢を占ってみましょう」
そう言って占い師は両手を水晶にかざし始めた。
「むむ! これは……お嬢さん気を付けなされ。悪い男に狙われているよ。ケガをするかも」
「ええ!?」
アイリーンは驚きの声を上げた。
占い師は、今度はエドガーに視線を向ける。
「坊ちゃんの方は……そうだねぇ。好きな人に振られるね。あまり気持ちを押し付けてはいけないよ。というか、相性が悪いね。やめといたほうがいい」
「……そうですか」
エドガーはゆっくりとそうつぶやいた。
アイリーンには、隣の彼がどのような表情をしていたかは分からないが、何故かいつもより声が低かったような気がする。
その後アーサーとマギーの元へ戻った二人。
「どうです? 怪しい所はありました?」
マギーがアイリーンに尋ねる。
「うーん。正直よくわからなかったわ。私、悪い男に狙われているらしいわよ?」
「え? 当たって……そうですか。よくわかりませんね」
マギーは、思った。
(それってエドガー殿下のことでは?)
商店街を歩きながら、四人は占い師についての話を続ける。
「僕に関しては好きな人に振られるとか、相性が悪いとか、いろいろ言ってたけど、あれはでたらめだと思うよ」
「私も少し怪しいと思いました」
「何でそう思うんだよ?」
アーサーは二人の意見に疑問を口にする。
「それは」
ドンッ――
「きゃっ」
突然アイリーンに何かがぶつかる。衝撃でよろめいたが、なんとかその場で体制を立て直した。
「リーン!」
「どうした!?」
「大丈夫ですか?」
三人の驚きや心配の声がかかるが、当の本人は言葉も返さず、ポカンとした顔で下を向いている。
原因は、すぐにわかった。アイリーンの腰元に、小さな腕がくっついている。
先ほどの衝撃の主、小さな子供は泣きはらした目でアイリーンに抱きついていた。
「おねぇちゃん……助けて」
「どうしたの?」
「パパが、迷子になっちゃったの」
名探偵アイリーン。ようやく本日初の依頼をゲットしたのだった。
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