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ファイル19アーサーの受難②

よろしくお願いします!

 父と話した後のアーサーは、問題を起こした張本人の部屋へと向かった。

 先ほどの衝撃を引きずったままだったが、彼は自分を家へ使わせたエドガーの命を思い、嫌がる体を無理やり動かす。


 アイリーンの部屋は昔から、彼の部屋の隣だった。

 慣れたように部屋のドアをノックする。

「アイリーンいるか?」


「あっ! お兄様! お帰りなさい! いつ帰っていらしたの?」

「ただいま。さっきな」

 アーサーは、にこにことかわいらしい笑みを見せる妹の頭を撫でる。

(こうしていれば可愛いのに……)


 アイリーンの赤い髪を撫でながら、ソファーに腰かける。

 向かいに腰かけたアイリーンを見ながら、アーサーは意を決して口を開いた。

「なぁアイリーン。お前探偵を始めたんだってな」

「そうなんです! 【名探偵シャーリー】みたいになりたくて!」


「……そ、そうか。父さんたちも許してるのか?」

「そうみたいです。私も怒られると思ったのだけど、何故かすんなり許可が下りて……今は、まあそれでいいかなと、思っていますわ!」


 あっけらかんと告げるアイリーンに、アーサーの顔が引きつる。

(アイリーンはエドが動いたことを気付いてないのか?)

 兄の様子がおかしいことにも気付かず、アイリーンは「そうだわ!」と何か思いだしたように手を叩いた。


「私、お兄様に聞きたいことがあったの」

「聞きたいこと? どうした? 勉強か?」

 ふるふると首を横に振る妹は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、もじもじしている。


(あ、これさっきどこかで見たぞ……)

 彼が嫌な予感を感じた時には、もう遅い。


「エドガー殿下についてお聞きしたいのです! 好きなジャムの味は? 好きなお茶は? 好きな探偵の名前は!?」

(げっ)

 アーサーは完全に顔を顰めた。


 兄の表情などお構いなしに、テーブルをはさんだ向こう側から、ぐいぐいと迫ってくるアイリーンにアーサーは焦る。

「お、おいっ。アイリーン! 落ち着けって! 分かったから!!」


 慌てて妹を座らせ、アーサーは本題に戻る。

「で、何でそんなことが知りたいんだよ? お前、エドガーのこと興味なかっただろ?」

「うっ」

 急に言葉に詰まるアイリーン。


「何があったか話せ。お前が、怪しいことをしていないと分からなければ、殿下のプライベートを話すことはできない」

(まぁ、俺に聞かなくても、あの調子じゃ近い将来、プライベートなんて散々教えてくれそうだけどな。でもまあ、こちらも目的があるし、タダでは教えられないからな)


 いろいろ策を巡らせながら、アイリーンの様子を見ていたアーサーに、彼女はもじもじと顔を赤らめた後、話し始めた。

「実はその、殿下に一目ぼれいたしましたの」

「え」


(マジか! エドよかったじゃん。本人が嫌がってないなら応援するぞ)

 彼は心の中で友人を祝福する。

「それで、決めましたの! 探偵になると! 殿下を捜査すると!」

 アイリーンは拳をかかげ、決意が固いことを表しているが、兄はそれどころではなかった。


「は? え、まてまて! なんでそれで探偵になるんだ?」

「お兄様、殿下には秘密にしてね。私、気付いてしまったの。殿下はね……」

 声を潜めたアイリーンに耳を貸す。


「殿下は【怪盗プリンス】なの!」

(何言ってんだこいつ)

 ポカンと口を開けてアーサーは固まる。

 それでもアイリーンは止まらない。


「あんなにも一瞬で、一目で! 私の心を奪ったのよ!? まるで【怪盗貴族】のような身のこなし……殿下は怪盗に違いないわ! 必ず私が正体を暴いてみせる!」

「……」


「だから捜査が必要なのよ! そのために【名探偵シャーリー】みたいな探偵にならなくてはいけないのよ!」

「……はあ。お前王太子妃になるのか?」


「えええ! 何故そうなるんですか!? た、ただ知りたいのです。謎を解きたいだけなのです。これは……きっと、探偵としての本能ですわ!」

「ほ、本能、ね……頭痛くなってきた」


 その後もアイリーンはひたすら本で読んだエドガー殿下の素晴らしさと、探偵令嬢としての活動について語り続け、最後にこう締めくくった。

「だからお兄様。殿下には絶対内緒にしてくださいね!」


「……ああ」

(悪いな、アイリーン)

 心の中でアイリーンに謝ったアーサー。

 兄の裏切りに気付かないアイリーンは、瞳を期待に煌めかせながらアーサーに詰め寄る。


「それで、お兄様! 殿下のこと、教えてくださいませ! どんなお菓子がお好きかしら!?」

「お、おう……」

(まだ終わってなかったのか……もう、勘弁してくれ~)


 アーサーはどっと疲れた様子で、引きつっていた笑顔は、もはや真顔になっている。

 アーサーの受難はまだまだ終わらない。


 **********


 翌日の夕方。

 王城の執務室でいつものように、書類を片付けるエドガー。

 一息つこうと思ったところに、ノックが響く。


「どうぞ」

 ガチャリといささか乱暴にドアが開き、ドカドカと荒れた足音が、執務室に響く。

「はぁ~」

 入室後すぐさま、ソファーにぐったりと倒れた男に、彼は呆れ、にやりと意地の悪い笑みを向けた。


「おや。随分お疲れだね。せっかくの実家じゃなかったのか? アーサー」

 昨日実家に戻ったはずのアーサーだった。


「はあ~」

 アーサーは深いため息を吐いた。

 まるで、魂が口から出るのではないかと思うような、全身の力を抜くため息に、エドガーは首を傾げる。


「休日はもう一日あっただろう? どうしたんだい?」

「あ~。アイリーン、アイツ……はあ」

「アイリーン? どうだった? 話は聞けたのか?」

 尋ねる主に、さっそく自分が酷い目にあった事を話そうと口を開く。


「それがさ! 聞いてくれよ! ……あ」

(そういやアイリーンの初恋はばらしてもいいのか? 普通はダメだろうが……ぼかして、捜査の件だけ伝えるか? いや、エドは聡いし隠してもすぐばれるし、許せアイリーン!)


「アーサー?」

「あ、いや、実はな――」

 怪訝な表情を浮かべるエドガーに、彼は実家での父や妹との会話を伝える。


「ふふ。ポーター侯爵の盗み食いからそんなことになったんだ。仲のいい両親だね」

「見たこっちは、たまったもんじゃないけどな。護衛の件は普通に了承得たわ」

「それはよかった。で、アイリーンの方。【かいとうなんとか】は何の話だったの?」


 アーサーがわざとぼかして説明した話を、ピンポイントで蒸し返すエドガー。

 アーサーは諦めた顔で話すことにした。

「あー、【かいとうなんとか】は【怪盗プリンス】だったわ」


「【怪盗プリンス】だって? 何それ?」

「えっと、怒るなよ? お前のことらしいぞ、エド」

「え? 私?」

「ああ」


 ポカンとするエドガーに、神妙な顔で頷くアーサー。

「恋心窃盗犯【怪盗プリンス】だってさ。お前を捜査したいらしいぜ? 謎があると、解かずにはいられない、探偵の性だそうだ」

「……」

 エドガーはあっけにとられた顔で固まる。驚いた顔も美しいと、妹なら言うだろうな、とアーサーは思った。


「ふっ、あっはははは! 何それ面白い。アイリーンはすごいなぁ! 私には思いつかないことをやってのける」

 笑いすぎて涙が出てきたエドガーは、それを指でぬぐう。


「止めるか?」

「ううん。いいよ。好きにさせておいていい。探偵業の協力をすると言ったのは私だ。まさか捜査されているのが自分だとは、思わなかったけれど」


 エドガーはペンを置いて体を伸ばすと、窓の外をぼんやり眺める。

(嫌われてないだろうとは思っていたけど……探偵の性、ね。自覚させてあげるよ)

 口元を緩めたエドガーは、今後の作戦に思考を巡らせるのだった。


読んでいただきありがとうございました!

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