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魔女と少年

作者: 凡人(ぼんど)

心を映す呪いをかけられた魔女と少年の物語

「母さん、ちょっと出かけてくるよ」


「また西の丘へ行くんじゃないだろうね、あそこには行っちゃいけないって

何度言えばわかるんだい、あんたって子は、」


「大丈夫さ、心配しなくても平気だよ」


海に面したこの町の西に、岩だらけの丘があった。

昔、何者かに呪いをかけられたという魔女が1人住んでいた。


西の丘の岩は彼女の呪いで石にされた者達の成れの果てなのだと言って

町の大人たちは恐れ、近づく者はいなかった。


浜辺を歩いていくと、やがて石ころだらけの坂道が現れる、

そこを登っていけば彼女の住む場所だ。

白く美しい砂浜からは想像しづらいほど殺伐とした場所だが、

ボクは不思議とここが嫌いではなかった、

そして、もちろん、美しい彼女のことも。


「メデューサ、南の山で木の実を採ったんだ、食べるかい?」


ボクは袋いっぱいに詰めた木の実を彼女へ差し出した


「こんなに集めるのは大変だっただろうに、お前は優しい子だね」


彼女の優しい笑顔が、ボクは好きだった。


「町の大人達はメデューサのことを恐がっているんだ、何故なんだろう」


「お前は、私が恐くはないのかい?」


「ううん、恐くないよ、メデューサはキレイで優しいよ」


「お前の心は何にも囚われていないのだね、私には呪いがかけられているのさ、私の姿は見る者の心の中の恐れを映す鏡なのさ」


彼女の言ったことは、ボクには理解できなかった、ただ彼女の笑顔が見たくて

それからもときどき西の丘へ通った。


そしてボクは大人になり、彼女に恋をした。


「メデューサ、あなたはずっと美しいままだ、いつかボクのこの気持ちを受け入れてほしい」


「お前の気持ちに応えることはできないよ」


そう言った彼女の顔は寂しそうだった、ただ彼女から感じる優しさに変わりはなかった。


家に帰ったボクはその夜眠れなかった、何故メデューサはボクを受け入れてくれないのだろう、

他の者に心を奪われてしまったのだろうか、


翌日、ボクはもう一度西の丘へ行った。

メデューサは変わっていた。

優しく美しかった彼女は、冷たく疑り深い目をボクに向ける無口な女になっていた。

ボク達は心が通わなくなった、

それからボクは彼女のところへしばらく行くことはなかった。


ボクは結婚した、子供も産まれた。

毎日が忙しく、そして幸せだった。メデューサのことも思い出さなかった。


ボクは魚を捕って家族を養っていた、それがあるときから魚が捕れなくなった。

もう何年も不漁だった、ボクの家は貧しくなった。


ボクは西の丘へ行った。

久しぶりに見た彼女はボロボロの服を着て、やせ細り貧相だった。

ボクは声をかけずにその場を後にした。


それから何年かごとに彼女を思い出しはしたが、会いには行かなかった。


長い時間が過ぎ子供は一人前になり巣立っていった。妻は病で亡くなった。

ボクはもう若くはなかった。

ボクは彼女に会いたくなった、もう何年会っていないだろう。


西の丘を登る途中で休憩した。

一気に登りきれなかった、こんなことは初めてだった。


彼女がいた、メデューサは老婆になっていた。腰が曲がり今にも転んでしまいそうだった。

ボクは彼女に声をかけた


「メデューサ、ボクだよ、覚えているかい?」


「ああ、もちろんさ、木の実をくれる優しい子だった」


「ボクはもうあの頃のボクじゃない、見てくれこんなに歳をとってしまったよ、そして、あなたも・・・」


「そうかい、お前は老いを恐れているのだね」


ボクは彼女に会いたかったのに、何を話せばいいのか分からなくなり、あまり話さないまま帰った。


そしてそれからまた何年かが過ぎて、

ボクは歩くのに杖を必要とするようになった。

体もだんだん不自由になり外を出歩かなくなった。

それでも何故か、彼女に会いたくなった。

杖をつきながらゆっくり長い時間をかけて転ばないようにして西の丘を登った、

そこで見たメデューサはもうボクの知るメデューサではなかった。

見たこともないほど、理解ができないほど、夜の闇のような冷たさを感じさせる彼女は、

そう、まるで、死のようだった。


それからボクは何年か生きた。

病に侵されることもなく、日々を生き老いていった。

何も失うものはなかった、人生の終わりに命を失うだけだった。


もう一度だけメデューサに会いたかった。


それでもボクは生きたのだと彼女に聞いてほしかった。


朝日が昇るのを待って家を出た。

西の丘を登ったとき、もう丘の向こうに日が沈もうとしていた。

メデューサがいた、ボクはもう立てなかった。

彼女はボクに近づき優しく手をとって微笑んだ。


「メデューサ、ボクは老いた・・・でも不思議だ、あなたは昔のまま、美しいあなたのままだ・・・」


「お前の心は今、何にもとらわれず全てから解放されたのだね」


「ああ・・・メデューサ、ボクは生きたよ」


「ああ・・・見ていたよ」




お読みいただきありがとうございした。

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― 新着の感想 ―
[一言]  良い話ですね。  自分の心の有り様で、メデューサの姿も変わり、最後に人生を悔いなく生きた主人公に、美しい姿がみえる。  素敵です(笑)。  読ませていただきました。  ありがとうございま…
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