暇潰し 1の怪 解答編
「まず、この事件の犯人は
被害者の女性だ。
それを踏まえて、状況を整理していこう。
トンネルを出る直前
暗いところから明るい所に出る時、目が慣れるのに少し時間がかかる。
ひったくった人間は、黒いレインコートを着ていた。
女性は、顔は判別できなかったと言っている。
なら、性別が何故わかったのかな?
中肉中背で、身長も それほど高くはない様だし
男性だとは、断定できないだろう?
この情報は、女性の証言が元になっている。
なら、女性は
ひったくった人間の性別を、知っていた事になる。
さらに女性は、走っていた。
そして、女性の持っていたカバンの中身。
女性のカバンに化粧道具の一つも入っていないのは違和感があるが、そういう人もいるのかな?
車の鍵があるなら、走るよりも車を使った方が良いと私は思うが
まあ そこも、個人の自由だろう。
しかし女性は、貴重品をポケットに入れていた。
自宅の鍵、そして財布も
では、このカバンに入った財布は
誰の物だろう。
次に、女性の持っていたレシート
買った時刻から、歩いて15分くらいの場所のホームセンター
宅配サービスを使っていないのに、買った品物は どこに消えたのかな?
そろそろ、私の言いたい事が伝わってきたかな?
さて、ここからは私の推理だ。
おそらく、この女性は
誰かに追われていた。
わざわざヒールを履いて、暗いトンネルを走るのは違和感があるからね。
そして、女性が持っていたカバンは
容疑者の男性から、ひったくった物だった。
財布が入っているはずなのに、貴重品はポケットに入れていたと証言し
女性のポケットには、別の財布が入っていた。
車の鍵も、おそらく容疑者の物だろう。
カバンをひったくる時に、顔などを見ているから
男性だと断言できた。
普通なら、ひったくり犯から自分のカバンを取り返した男性は
どういう行動を、とるかな?
そのまま帰る?その場から逃げ去る?
自分がひったくり犯なら、まだしも
被害者なら
容疑者を逃がさない様にと、行動したんじゃないかな?
ここで、女性の買った物を見てみよう。
5㎏の砕石、#3000のブルーシート(約3㎏)
これだけで、およそ8㎏
女性の力でも、遠心力を使って振り回せば
立派な凶器の出来上がりだ。
そして、さりげなく言っているが
人間の顔に対して、判別という言葉を使うのはどういう場合だろう。
そして、判別できない状況とは?
おそらく、この容疑者の男性は
正面から、女性に殴られたのだろう
だから凶器となった品物達は、女性の手元になかった。
殺人、ないしは殺人未遂の、証拠になってしまうからね。
汗を拭いた後があるのに、手元にハンカチすらなかったのは
殴った時の返り血を拭って、一緒に捨てたんじゃないかな?
状況から見て容疑者の男性は、その場には居ない様だ。
居るのなら、女性の証言のみで情報を得るのは非合理的だろう?
けれど、トンネルから離れる程 時間も経っていない。
なら、トンネルの付近に
男性と女性の買ったものとタオルかなにかが、落ちてるんじゃないかな?
女性の証言を聞いて、情報を得ている
まあ、警察に通報したのかな?
あれ?
でも、犯人は被害者の女性
なんで、わざわざ警察に通報なんてしたのかな?
ここは、本当に想像でしかないんだが
犯人の女性は、周囲の目を気にした。
トンネルの中に居る間は、通行人が居なくとも
トンネルの入り口で女性が
黒いレインコートの人物に追われているのを
誰かが見ていたかもしれない
そんな状況で、その付近に男性の遺体
確実に、疑われるよね
だから女性は、その状況をひっくり返した。
逃げていたのではなく、追われていた。
ひったくったのではなく、ひったくられた。
加害者ではなく、被害者。
ひったくり犯が、トンネルの出口で
頭を打って、倒れている。
たとえ、女性が抵抗して殴ったとしても
正当防衛が認められる可能性が高い。
さて、これで粗方 終わったかな?
っとと、最後の謎が残っていたね。
女性が、男性を殴ってまで奪いたかった物
そんなリスクを犯してまで、欲しかったもの
金銭目的だけでは、割に合わない。
スケジュール帳に、何かが書かれていた?
いや
もしそうなら、警察の聴取を受けるのに
カバンの中に入れっぱなしには、しないだろう。
筆記用具も、同じ理由で なし
財布の中身が必要だった?
いや、これも考え難い。
財布に入るものなんて、たかが知れている。
殺人になりかねない行為をしてまで、必要とは思えない。
警察に聴取されて、しっかりと状況を説明できている
かなり、落ち着いている様だ。
そう
必要なのは、車の鍵
さらに言えば、その中身
薬物でも、金目の物でも
車に入る量なら、人を狂わせるに値する。
落ち着いているのは、ひったくられたカバンは
自分に返ってくるから。
あとで、ゆっくり確認すれば良い。
車自体には、興味はないだろうね。
購入履歴や、車検の履歴
確認されたら、厄介な物ばかりだ。
ここまでの推理から、女性は男性を
少なからず、知っている様だね。
性別を知っていたのは、もちろん
車に何が積まれているか
車の鍵は、どこにあるか
知らなければ、こんな無謀な事は出来ないだろうからね。
さて、私の解答だ
この事件
容疑者は、被害者とされた女性
容疑は、窃盗、傷害、殺人(ないしは、殺人未遂)
そして、男性の方も
違法薬物所持
または違法な手段で、金銭を手に入れた疑いがあるね。
これにて、私の推理は終了だ。
如何かな?」
問題文の倍以上の解答を、スラスラと話してから
師匠は、また空のキセルを吹かした。
「・・・正解、です」
正確には僕は、被害者と加害者が逆であった。
という所までしか、考えていなかった。
「流石、師匠ですね。僕が少し話しただけの情報で、これだけの推理を」
正直、落ち込んでいた。
正解するのは、予想通りだが
ここまでの付加価値が、付いてくるとは。
「ジョシュー。私が何故、推理を出来たか分かるかな?」
「えっ?師匠の頭脳が、僕の頭脳を上回っていた。
ただ、それだけですよね?」
当たり前の事だ。
僕が考え切らなかった答えを、師匠は提示したんだから。
「違うよ。
ジョシュー。推理というのは、情報の集合体なんだ。
手元にある情報から、一番 合理的な答えを導く。
それが、推理だ」
師匠の言いたい事が分からず、僕は首を傾げた。
いつの間にか、ジョシュー呼びに戻っていた師匠が
立ち上がり、歩きながら話し始めた。
「推理とは
一番 合理的な答えを求める式だ。
それが真実とは、限らない。
情報に、ほんの少しでもズレがあれば
最終的な答えは、大きく外れた物になる」
師匠の言いたい事が、少しずつ分かってきた。
「ジョシューの出した問題には
そういうズレが、とても少なかった。
まるで、本当に起きた出来事の様に。
だからこそ、私は
最も真実味のある答えを、求める事が出来たんだ。
この勝負は、引き分け だよ」
師匠が僕の頭に、自分の帽子を被せた。
泣きそうになるのを堪えながら、被った帽子で顔を隠す。
「とても楽しい時間だった。
ありがとう。
もう日も暮れてきた。
そろそろ夕飯にしようか」
師匠が、慣れない手つきでキッチンに立つ。
「今夜は、カレーにしようか」
お玉を構えて、カレーの準備をする姿に
若干、いや かなりの不安がよぎる。
「・・・危ないので、僕に任せて下さい!」
僕は、帽子とお玉を交換して、キッチンに立つ。
「また、暇潰しに付き合ってくれないか?ジョシュー」
すれ違いざまに、耳元で囁かれた。
「任せて下さいっ!
次こそは、必ず勝ちます!!」
僕は、次の問題を考えながら
師匠の出した材料や道具をしまい
正しいカレーの準備を始めた。