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6.赤井と運命視



「うぅ……えぐ、ひっぐ」


 中秋の夜に虫の鳴き声が聞こえる中。

 同じ風に乗って湿った香りが紛れていた。

 煌々と照らす街灯の下で泣いていたのは他でもない、逢坂さんだ。


 いくら探しても見つからないと分かっているだろうに。

 それでもなお探し続ける彼女は一体何を考えているのだろうか。 

 何が彼女をそこまでさせるのだろうか。

 

「……泣くぐらいなら素直に頼ればいいのに」

「ふぇ? か、カイくん。どうして……」

「あー何となくだ、何となく。ほら、一旦休憩しようぜ」


 助けに来た、なんてヒーローじみたことを言うのは恥ずかしくて、目を逸らしながらも缶ジュースを差し出す。

 逢坂さんは困惑しながらも受け取ってくれた。

 

 二人でコンクリートの壁にもたれかかりながら缶を開ける。


 ぷしゅりと空気の抜ける音に彼女も気が緩んだらしい。

 ごくごく喉を鳴らした後、「ぷはぁ」と満足げな声を漏らした。

 ……よっぽど疲れてたんだな。


「買ってきておいてだけど、そのアップルジュースで良かったか? 昔は好きだった記憶があるんだが」

「覚えててくれたんだ。えへへ、嬉しいな」


 頬に張り付いた髪を耳の後ろに回す逢坂さん。

 濡れた唇といい、妙に艶めいていた雰囲気に視線を逸らす。


 あぁ、いや、こんなことをしている場合じゃないか。

 視線を戻して俺は彼女に問いかける。

 

「一つ聞いてもいいか?」

「……うん」


 これから問われることが分かったのだろう。

 彼女は缶を持ち上げようとしていた腕を下ろして小さく頷く。


「あの人形、なんでそんなに大切なんだ?」

「あれはね──」


 彼女は語り出す。

 あの人形は、かつて俺たちと別れた後に編んだものだということ。

 また会えますように、もう一度仲良くできますようにと願いをこめて。


 そして、人形に込めた願いは高校という場で叶えられた。

 俺たち二人が変わっていて最初は驚いたし、話しかける勇気も出なかったけれど、とても嬉しかったらしい。


 ……そんなことを考えてたなんて全く知らなかった。


「あの子がなくなっちゃったら、もう二度とみんなと一緒になれないんじゃないかって思って、それで、それで」

「あぁ」

「お母さんに怒られるのは怖いけど、でもやっぱりわたしはあのお人形が……っ」

「……あぁ」


 何も言えなかった。

 いや、いったい俺は彼女に何を言えるんだろうか。

 できることと言えば話を聞いて頷くことだけ。


 じんわりと熱を持った目の奥を押さえることすらも許されない。


 だってそうだろう。

 誰が悪い? 俺だ。

 逢坂さんが思い悩む原因を作ったのは俺なんだ。


 あの時赤い系を切らなければ、離れ離れになる原因を作らなければ、彼女が人形を作るきっかけはできなかったはずだから。


 どうにかしたい。

 どうにかしてあげたい。

 俺に何ができる?

 俺に何がある?


 自分の中をひっくり返すほどに探し回ってようやく見つけた答えは一つ。


 ──初めて、この能力を人のために使おうと思った。


「ねぇ、カイくん……見つかるかな」

「見つける」


 はっきりとした方法は分からない。

 あるのはただ、見つかって欲しいという願いとじんわりとした目の奥の熱。

 それが妙な確信を俺に与えてくれた。

 

「でも」

「何も根拠なく言ってる訳じゃないんだ。少しだけ、おまじないをするだけだ」

「おまじない?」

「そう、おまじない。あの人形貸してくれ」

「う、うん」


 逢坂さんから編みぐるみを受け取り、右ポケットに突っ込んでいた赤い糸とともに額へ持ってくる。


「すぅ……はぁ……」


 目を閉じて大きく深呼吸をする。

 胸の内にある恐怖を押し付けるために。


 この能力を使うことでまた離れていくんじゃないか。

 せっかく逢坂さんとまた仲良くなれそうなのに、全てが無に帰してしまうんじゃないかって──


「えいっ」

「っ!」


 不安で押しつぶされそうになっていた俺の右手に、温かい感触が伝わってくる。

 目を見開くと、逢坂さんの両手が添えられていた。

 困惑している俺の目を見つめて彼女は告げる。


「あのね、カイくん。カイくんが何をするのかは分かんないけどね、わたしはカイくんのこと見てるから」


 星に願うような真摯さが心を撫でる。

 絶対に手を離さないという強い意志が包みこんでくる。


「……おう」


 覚悟は、決まった。


「すぅ……はぁ……──っ!」


 目を閉じる。

 まぶたの裏に意識を集中させる。


 ──そして再び目を開いたその瞬間、世界に糸が溢れた。


 これまで見えていた赤色だけではない。

 いくつもの青、緑、黄、橙、そして一本の太く黒い糸。 

 逢坂さんの人生で生まれた全ての縁(糸)は重なって、絡まって。

 


 しかし圧倒的な情報量を数秒で理解するには、俺の頭では不可能だ。


「うっぷ」


 車酔いにも似た感覚に見舞われる。

 足元がぐらりと崩れ、自分がどこにいるのか分からないくなる感覚に意識を失いそうになる。


「か、カイくんっ!?」


 だが、背中をさする温かさがそれを許してはくれなかった。


 ふらつきながらも何とか自分の足で身体を支える。

 ……ここで気を飛ばしたらカッコ悪いどころの話じゃないしな。


 手を開いて人形を見る。

 その間に繋がれているのは色あせた緑色の糸。

 そしてもう一本、どこかに伸びているものがあった。


「──見つけた」


 左手を伸ばす。糸を掴む。

 伝わってくる想いは悲しさ、寂しさ、自責の念。

 俺の愚かな行為がどれだけ彼女を苦めてきたのか、はっきりと分かる。


 ごめんなさい。

 なのちゃんは何も悪くないんだ。


 今すぐそう言ってあげたい。

 でもそれは自己満足に過ぎないのだろう。


「こっちだ、行こう」


 握った糸を辿っていけば見つかるはずだ。

 もう一度目を閉じ、自分の中でスイッチを切るイメージを浮かべる。

 それまで滾っていた目の奥の熱は、痛みを残してすぅっと引いていった。


 残ったのはポケットに入ったままの赤い糸と、人形を結ぶ緑色だけ。


「うん……本当に体は大丈夫?」

「大丈夫だって、多分」

「し、心配だなぁ」


 逢坂さんは少し慌てた様子で俺の後ろをついてくる。


 引っ張られる普段とは立場が逆転しているな、なんて。

 月夜の下、ふとそんなことを考えながら逢坂さんの手を引いた。





 糸を追ってたどり着いた先は、学校だった。

 それもただの学校ではない。


「ここって、わたしたちの学校だよね」

「どこからどう見てもそうだな」


 つい数時間前に出てきた校門の向こうに糸は続いている。

 どういうルートを通ってここまで来たのかは分からないが、校舎内に人形はあるらしい。

 だが、校舎に灯りはあれど門は固く閉ざされていた。


 もう部活もだいたい終わっている時間だし、それもそうか。

 思えば場所は分かったんだから、一度帰って明日また来れば良かったのかもしれない。

 けれどここまで来たのだからという思いと今すぐ彼女を助けたいという想いが、俺の足を前へと進ませていた。


「もしかして……」

「あぁ、多分この先だ」

「でも中に入っちゃっていいのかな?」


 遠慮気味な逢坂さんの言葉に答えようとして──


「ダメに決まっているだろう」

「うわっ」

「ひゃっ」


 校門の向こう側から声が投げかけられる。

 そこにいたのは生徒会長、四十万朱音さんだった。


「……会長」

「朱音さん!?」

「悪いね、逢坂くん。二人の逢瀬を邪魔するつもりはなかったんだけれど」

「逢瀬?」

「デートってことさ」

「えっと、その、そういう訳では……」


 四十万会長の言葉を聞いた逢坂さんは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。 

 それよりも俺は目の前の人物のことが気になっていた。


「おや、少し悪いことをしたかな」

「……何でこんなところにいるんすか」

「誰かが来るような気がしていた、じゃダメかな? 君たちの探し物はこれだろう?」


 鉄格子になっている校門の隙間から手が伸びてくる。

 その手に乗せられていたのは間違いなく逢坂さんの人形だ。


「そ、それっ。はい、わたしのですっ。大切なものなんですっ」

「そうかそうか。見つかってよかったよ。ここで待っていた甲斐があるというものだ」

「ありがとうございますっ」


 深々と頭を下げる逢坂さんとは正反対に、俺は彼女から目が離せなかった。


 今朝のことと言い明らかに胡散臭い。

 俺をからかっているのか、それとも本当に同じ能力を持っているのか。


「ん、何だい?」


 こちらの視線に彼女は不敵に笑うのみだった。


新生活につきバタバタしていたために更新が遅れてすみません。

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