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3.赤井となのか


 二人の好きなものを探すことを決めた翌朝。

 いつも通りの通学路はどこか清々しく見えた。


 秋の匂いが混じった夏の残暑の中、人混みから逃げるように路地裏の近道を通っていく。


 こういう日は教室でゆっくりと本を読むに限る。

 教室の喧騒がいい感じの雑音になるのだ。

 稀に暇を持て余したコミュ強に話しかけられることもあったが、無視しまくっていたらいつの間にか話しかけられなくなった。

 

 新しく赤い糸を見える人物を増やしたくない、

 だから友だちが増えようがない現状は、きっとこれでいいのだ。

 その代わり人付き合いの悪い変人のように思われている節もあるが。


 校門近くの曲がり角までやって来たところで、見覚えのある姿が目の前を横切った。


「んしょ、んしょ」

「逢坂さん?」


 こんな時間に見かけるなんて珍しい。

 いや、問題はその体勢だ。

 背中にリュックを背負い、正面には大きな布袋を両手で抱えてふらふらとした足取りで歩道を歩いている。


 大丈夫かこれ。


「ふぇ? あ、おはよう赤井く……ひゃぁ!」


 俺に気付いてほわっとマシュマロのような笑顔を浮かべる逢坂さん。

 が、その身体がバランスを大きく崩す。

 ぐらりと後ろに傾く彼女の後ろには車道が広がっていて──

 

「──危ないっ!」


 気がつけば咄嗟に手が伸びていた。

 なんとか手を伸ばしてぐいっと引き寄せる。

 その拍子に彼女の持っていた荷物はアスファルトに落ち、ガシャンと音を立てて中身をぶちまけた。


「ふぅ……大丈夫か?」

「……はえ?」


 俺の腕の中でぽかんと口を開ける逢坂さん。

 ケガをした様子のない彼女にほっと胸を撫で下ろす。


 ただ、当の本人はその状況に気づいていないようだ。ぱちくりとつぶらな瞳が俺の姿を写していた。

 長いまつ毛がふるりと揺れ、心地の良い香りが鼻をくすぐる。


 ……やっぱり可愛いよな、逢坂さん。

 あまりクラスでは暗い顔が多くて目立たないが、正直カースト上位の女子たちにも負けていないと思う。


「ふぁっ」


 あ、気づいた。

 逢坂さんの顔がぼしゅっと真っ赤に染まる。

 ……ん、気づいた?


 今の状況に思いを馳せる。

 朝の通学路で、男女が抱き合ってるわけで──いぃっ!


「す、すまんっ」


 慌てて離れて距離を取る。

 心臓がバクバクと急スピードで鼓動を刻み、身体中の穴という穴から汗が噴き出てくる。

 逢坂さんは耳まで朱に染めて俯いてしまった。

 その肩はふるふると小さく震えている。


 ……やらかした。


「何か他意があったとかじゃなくて、思わず手が伸びただけでだな……その、ケガはないか?」

「はい……だいじょうぶ、です」

「よ、よかった」


 一体何に安堵しているのか分からないが、とりあえず肯く。

 その際、足元に散らばっているものが目についた。

 

「あぁっ」


 逢坂さんは汚れるのも構わず、歩道に散らばったパーツを拾い上げていく。

 彼女が拾い上げているのは小さな家の一部分のようなものだった。

 ミニチュアハウス、にしてはかなり大きいな。

 全部組み立てれば俺の腰ぐらいにはなるかもしれない。 


 このままにはしておけないので、膝まづいてパーツを拾い上げる。

 アスファルトに残った夏の熱気がズボン越しに伝わってくるのも構わずに。


「わ、わたしが拾うからいいのに……」

「一人よりも二人の方が早いだろ。というかこれは何を持ってこようとしてたんだ?」

「ドールハウスだよ。今日の部活で使うの」

「部活……手芸部か何かか?」

「わ、よくわかったね赤井くん」


 どうやら正解したらしい。

 昔から逢坂さんは何かを作るのが好きだったしな。

 三人で遊ぶときも葉っぱや枝を集めて秘密基地を作ったり、回し読みした漫画のワッペンを作ったり。


 だから彼女がそういう手合いの部活に入っていることにも、さほど驚きはなかった。


「文化祭でドールハウスに作った編みぐるみを並べるの。それで一番大きいわたしの組み立て式を使おうって話になったんだけど……」

「いや、さすがにこれを一人で持ってくるのはキツいだろ」

「えへへ……うん、ここに来るまでにヘトヘトになっちゃった」


 一緒に手を動かしながら逢坂さんがくすりと笑う。

 その拍子に右手首に巻きついた赤い糸もさらりと揺れた。

 赤い糸の先はだらんと地面を流れ、どこにも繋がっていない。


 なるべく気にしないでいようと思っていたものを目の前に突きつけられ、心の奥にきゅっと糸が絡まった。


「赤井くん?」

「……いや、なんでもない」


 何を浮かれていたのか。

 昔のように話せたからって罪は消えないというのに。

 俺が幸せになる権利なんてどこにもないというのに。


 でも、このままにしておくのも何か違う気がして、そっと糸を手に取った。

 じんわりとした温かさが伝わってくる。

 赤い糸触れたとき、その人の性格が感覚として現れる。


 父さんと母さんの糸は飛び跳ねる子どもとそれを包みこむ強い温かさを感じた。

 逢坂さんの糸は一つの感覚しかないけれど、ぽかぽかと照らす春先の太陽のようだ。


 赤い糸の先をそっとブレザーのポケットに差しこみ、パーツ拾いを再会する。

 歩道を行く生徒たちは、自分のことがあるのか俺たちを一瞥するとそさくさと行ってしまう。


 その最中、道路の端の茂みに転がっている親指ぐらいの小さな人形を見つけた。

 胸元にマリーゴールドらしき花のバッジをつけた不思議な造形だ。


「これもそうか?」

「え? あ、それっ」


 逢坂さんに見せると、しゃがんでいた彼女はハッと目を見開いた。

 とてとてとこちらに近づいてきたので人形を渡すと、大事そうに胸元に抱えこむ。


「良かったぁ」

「大切なものなのか?」

「え、う、うん。そうなの。大切なもの」


 少し恥ずかしそうに逢坂さんの髪がさらりと揺れる。

 そんなことがありながらも、遅刻する前には何とか全てのパーツを集め終えた。

 

「えっと、これと、これと……」

「さすがに全部あるか確認してる時間はないぞ」

「そ、そうだよねっ」


 遅刻しない時間とは言っても周囲を通る学生の足は確実に早くなっている。

 その服装にもどこか乱れが見え、急いでいることは明白だ。


 こりゃ読書にあてる朝の時間は無さそうだ。

 予定が崩れたことに少しショックを受けていた俺を尻目に、逢坂さんは荷物を抱えてふらふらと歩き出す。


「うんしょ、よいしょ」

「ちょ、大丈夫なのか?」

「これぐらい、だい、じょうぶっ」


 いや絶対大丈夫じゃないだろ。

 その足取りは不安定なままで、今にもまた倒れてしまいそうだ。


 一瞬の逡巡。

 されどやることは変わらなかった。

 

「逢坂さん、学校までは俺が持つから」

「で、でも」

「このまま遅刻するよりはマシだろ」

「……むぅ、カイくんのいじわる」


 ぷっくりと頬を膨らませながらも、袋は渡してくれる。

 一応納得はしてくれたらしい。

 再び学校へ向かい出したところで、膨れっ面の逢坂さんがくすりと微笑んだ。


「えへへ」

「どうした?」

「優しい赤井くんはやっぱり変わってないんだなって」

「……これでもよく変わったって言われるんだが」


 昔から知ってるおばちゃんなんかには特に。

 それが良い方向か悪い方向かは、この際考えないでおく。


 だが、逢坂さんは首を横に振った。

 

「ううん、赤井くんは赤井くんのままだよ。わたしが引っ越しちゃったときから何にも変わってない」


 純粋な瞳にお世辞を言っている様子なんてどこにもない。

 揺らがない信頼は今も昔も変わっていなくて、眩しい光に俺はそっと目を逸らした。


「……遅刻する前に行くぞ」

「あ、ちょっと待ってよ、いじわるぅ」


 後ろをとたとたとついてきて並ぶ逢坂さんはどこか楽しそうだ。


「ありがと、カイくん」

「まぁ、どういたしまして。あと、そのだな、カイくんはやめてくれって言っただろ。恥ずかしい」

「えへへ……同じクラスになってからお話できなかったから、ついうれしくなっちゃって」

「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。

 ニコニコしながらそう言ってくるのは反則だろ。

 これで打算の一つでも入ってそうなら警戒もできるんだが……。


「あ、あれ、ごめんね、迷惑だったかなっ?」 

「いや、そういうことじゃないから気にしないでくれ」 


 

 校門を通り過ぎたところで、下駄箱の前に人だかりができていることに気づく。

 人だかりの奥に立つのは『生徒会』の腕章をつけた三人の学生。

 遠目に見えるその中には斎藤の姿も見て取れた。


 彼らはクリップボードを片手に生徒たちの服装を調べている。

 

「抜き打ちの服装検査です。できるだけ偏らないように列に並んでくださーいっ!」


 列整理をしている役員の呼びかけが耳に届く。

 だが、その呼びかけはあまり意味を為していないようだった。 


「あかねかいちょー、あたしを服装検査してくださーい!」

「俺も俺もー!」

「きゃー、斎藤くーんっ!」

「隅々まで検査してーっ!」


 それとは別に黄色い声も飛び交っていた。

 左にいる斎藤の人気もそうだが、それ以上にこの学校の生徒会長、四十万朱音会長がいる中央列はもっと人気だ。

 中には四十万会長の列に入るために列から離れて順番待ちしている人目についた。


「すごい人気だな」

「カッコいいよね、朱音会長。あこがれちゃうな」


 この学校では誰も彼もが彼女のことを苗字で呼ばない。

 あまり四十万という名前が好きではないというのは有名な話だからだ。

 それはそれとしてこのままだと集団遅刻になりそうなんだが大丈夫なのか?


 そんな疑問を抱えながら、俺たち二人はまとめて会長の列に案内される。

 だが、その疑問は杞憂に終わった。


 先に並んでいた人たちが凄まじい速度で掃けていったからだ。

 他の二人よりも倍近いスピードで人がいなくなり、気がつけば会長の姿は目の前までやってきていた。

 

 何度か全校集会で見かけたことはあるが、こうして近くで見るのは初めてか。

 百七十近くあるだろう背丈にすらりと長い手足はまるでモデルのようだ。

 涼しげな美貌はクールながら茶目っ気も感じられ、男女問わず生徒たちが魅了されるのも分かる気がする。


 こういう人が斎藤の好みなんだなと他人事のように思ってしまった。


「おはよう」

「お、おはようございます、朱音会長。朝からおつかれさまです」

「君も朝から大変だったようだね。ほら、じっとしてて」


 ささっとスカートの裾を払う会長。

 その所作は優雅と言う他ない。

 こういう部分に女性徒たちは惹かれているのだろうか。


「他におかしなところはないね。今日一日良い学校生活を」

「ありがとうございますっ」


 ぺこりと頭を下げてはぱたぱたと下駄箱に走っていく逢坂さん。

 会長はその後ろ姿に手を振った後、手元のボードに挟んだチェックシートにさらさらと書きこんで次のシートへめくる。


 この間わずか十秒と少し。

 道理で服装検査がサクサク進むわけである。


「次の人……おや」


 クリップボードから顔を上げ、俺の番となったところで会長の目が見開かれた。

 かと思えば顎に手を当ててじっとこちらを見つめてくる。


 どこか変な格好でもしていたのだろうか。

 自分の服装に視線を落とす。

 おかしなところはないようだが……。


「あぁいやすまないね。私としたことが不躾だった。どこもおかしなところはないよ、行ってくれたまえ」

「……分かりました」


 一体何だったんだろう。

 不信感を覚えながらも、シートをめくる会長の脇を通り抜けようとする。


「──あぁ、そうだ」


 すれ違いざま、四十万会長が口を開いた。


「ブレザーの右ポケットに入れている物を無くしてはいけないよ」

「え?」


 思わず足を止めて振り返る。

 しかし彼女はそれ以上何も言わず、校門前に並ぶ他の生徒たちの対応に向かっていた。


 ブレザーの右ポケットからは先ほど拾った逢坂さんの赤い糸が伸びている。

 ふよふよと逢坂さんへと繋がるその糸が見えるのは<運命視>を持った俺だけのはず。


 ……いや。

 もしかして四十万会長も<運命視>なのか?

 仮に持っていたとして、わざわざ俺にそのことを伝えた意味は?


「赤井くん、早く行かないと遅刻しちゃうよ」


 下駄箱から逢坂さんの言葉がかけられるまで、思考の渦に呑まれた俺はその場から動くことができなかった。

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