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私はフリーターである。そして開門者である。  作者: 月城 裕也
The first ~ 森 林 樹 ~
8/15

8話 ご飯である。それは憧れの骨付き肉。


 俺はいつの間にマネキンになったのだろうか?

 突然首を90度曲げられたことでむち打ちになっているかもしれないが……美少女顔のドアップだ。

 ありがとうございます、ご褒美です!


「シリス君、お話ししましょう?」

「はい、お話ししましょう」


 できればしっぽりとベッドの上でお話をしたいのだが……目が据わっているよ。

 この顔の近さなら不意打ちでキスでもしようかと思ったんだけど、首と胴体がさようならしそうだ。

 おとなしくお話しようではないか。


「君がギルドに登録して宿屋を見つけている頃合いを見て抜け出してきたのに、いざ宿屋を訪ねてみれば君は来ていない。いくつかの酒場に行っても君の姿は見当たらない。ギルドに来てみれば誰も知らない。偶然、すれ違った職員さんが変な新人さんを担当していたという愚痴をこぼしていたのを聞いて見つけられたわけなんだけど。何か釈明はあるかな、シリス君?」


 あるっていえばあるんだけど……回答を間違えた瞬間椅子に座らされて乱回転!

 ダメや、本の上にキラキラしたものをぶちまけそうでガクブルだ。

 無難なところを突っつこう。

 蛇が出るかもしれない、いや蜂が出るかもしれない。


 ミレルさんは藪っていうよりハチの巣なんだよな。

 くまさんが応援に来れば一波乱起こせるのに、蛇さんは大丈夫です。間に合ってございますので。 


「ミレルさん、俺のことを探してくれてたんですか?」

「当たり前じゃない、右も左もわからないシリス君を案内だけしてさようならなんてしないわ」


 いい人や、この後しようとしていた質問はしないことにしよう。

 何を聞こうとしていたか? 言わせるなよ、恥ずかしい。



「それでしたらミレルさん一つお願いがあります」

「これまた急ね、――エッチなことは駄目よ?」


 左目を閉じてため息をつくミレルさん……かっこいいです。


「俺の護衛をしていただけませんか?」

「護衛? これまた意外な言葉が出てきたわね……でも先にご飯にしない? 私、誰かさんのせいで動き回ってお腹ペコペコなの」


 誰だそんなことをした不逞(ふてい)野郎は――俺か。

 俺もお腹は空いたけど、お金がががが。


「俺に構わず食べてきてください、ちょっと読んでおきたい本があってまだ途中なんです」

「あら、シリス君はお姉さんのお誘いを無下にするのかしら?」

「え? ミレルさん何歳なんですか?」


 禁じ手を選んだ瞬間空気が重くなった。

 この時、ミレルさんが俺の中で20代以上なのは確定したが直ぐに布石を打つ。


「俺はこの間30になったばかりなのですが、ミレルさんはどう見ても17くらいですよね?」

「え、嘘! シリス君私より年上なの!?」


 出ましたわー、統計学的に日本の20代後半は異様に若く見られるんだけどそれは異世界でも適用されるみたいだね。

 データが取れてよかったね、これで更なる精密さが求められるよ。


「あぁ、やはりそうでしたか。ギルドを登録するときにも一悶着がありまして(・・・・・・・・・)、どうにも青年に見られていたみたいで門前払いをくらいそうでしたから」


 金髪イケメンが俺に向かって僕とか言ってきた瞬間に『おや?』と思ったのだが、ミレルさんと同じで実年齢より大分下に見られていたんだろうな。女性は嬉しいのかもしれないけど、心は爺な俺からするとあんまり嬉しくない。

 ちなみに俺はまだ20代、馬鹿正直に真実を言う必要もないのだ。


「そしたらシリス君って呼び方は失礼よね、――シリスさん?」

「……ごめんなさい、さん付けで呼ばれた瞬間嫌な汗を掻いたので君で大丈夫です」


 あれかな? 職場でもいろんな人に呼び捨てか君付けで呼ばれていたせいか、○○さんって呼ばれるのは変にむず痒い。明確な拒否反応を起こすのだから、心は枯れていても身体は若いってことなのか?

 嫌だ嫌だ、早く隠居したいわぁ。


「でも……」

「それなら俺もミレルちゃんと呼びますけれどいいですか?」

「うん、人のお願いは素直に聞く物よね。それじゃあシリス君、ご飯食べに行くわよ」


 戸惑いから反転、笑顔で呼び方を戻したミレルさんが俺の腕を掴み問答無用と言わんばかりに歩き出す。

 女性に触れられてドギマギしていると思うだろう?

 ところがどっこい、なかなかの握力にポーカーフェイスを保つのに精いっぱいだったよ……痛かった。




 場所は変わって冒険者ギルドの近くにある酒場。

 どこかにいるかなぁと思った金髪イケメン氏の姿は見当たらなかった。夜まで図書館に籠っていたせいで諦めてくれたのか、俺の考えすぎだったのか。

 ともあれ、今はこの世界に来て初めての食事だ。細かいことはあとでもいいだろう。


「シリス君、何でも頼んでいいからね。今日はお姉さんの奢りだよ」

「随分と気前がいいですね、俺は奢りと聞いて加減はしないですからね?」


 笑顔でミレルさんに告げると、ミレルさんが固まった。

 いつもは抑えるけども、今は大変腹が減っている。

 初の異世界食事、俺が食いたいのはもちろんお肉だ。

 お気づきの方がいると思う。


 現実ではお目にかかれない、一本の骨についた巨大な肉。

 しかし、それだけでは胃もたれしてしまうだろう。とくれば新鮮な野菜、サラダだ。

 俺としては米があれば文句なしだがここは酒場。

 ならば締めではないけれどもスープも外せない。

 いやぁ~、楽しみだなぁ。


 メニュー表がないから口頭で欲しい物をそのまま伝えたが、どうやら存在するメニューだったようだ。


「異世界の人ってみんなリータル肉を頼むけれども、異世界のお肉ってどんなものなのかしら?」


 ミレルさんが不思議そうに聞いてくるが、逆に俺が異世界のお食事はどんなものなのですかと聞きたい。


「俺の世界の肉は鳥や牛といった動物類の肉を食しています。恐らくこちらの世界、森林樹と大差ないと思うのですが」

「そうね、今聞いた話からだと家畜の肉とか食しているのだろうし大差はなさそうなんだけど……。そしたらなぜ別の世界から来た人たちは……?」


 不思議そうに首を傾げるミレルさん可愛い。

 特にピコピコ動いている耳! 触りたい――はっ、我慢我慢。

 ここで欲望に忠実になったら俺のお先は真っ暗だ。


「そんなに気になるかしら私の耳?」

「それはもちろん……えっ?」


 聞かれたことにはハイで答えろ、返事はハイで答えろ。

 昔の悪い風習だよな、人の自立性を奪うのにはこれ以上ない命令だよ。

 流れのままに肯定してしまった自分……恥ずかしい。


「でも駄目よ、私たち獣人は耳と尻尾は認めた相手にしか触らせないの。だから今日知り合ったばかりの貴方には触らせられないわ」

「認めた相手っていうと恋人とかですか?」

「そ、そうよ。正確に言えば私たちは強者に心を惹かれる習性を持っていてね、自分のすべてを預けてもいいっていう忠誠――勘かしら? そういうのが自然と感じる……らしい…………んだけど」


 ミレルさん自身、感じたことがないから断言できないということですね。

 話してて思ったけどやっぱり初心だよな、ミレルさん。

 おじさんはそういうのを見ててニヤニヤするのが大好きだからもっと聞きたいんだけど、これ以上こじらせればせっかくの奢りが無しになってしまう。


「それなら今ミレルさんが気になっている方とかはいらっしゃらないんですか?」


 でも俺はそこをさらにツンツンしてしまうのだ。

 何故って? 面白いから。


「い、いないわよ。私にもよく分からない感覚だから断言できないんだもの。耳とか尻尾を他の人に触らせたくない感覚はあるから私たちはそういうもんだと思っているけど」

「残念です、そしたらミレルさんの恋人にならないとその耳は触れないのですね」


 獣人の習性というのは、動物の特性が人間に色濃く反映された生物という認識であったのだが、一つ訂正させてもらおう。

 獣人と人間は完全に違う種族だった。

 劣等種が優秀な上位種族と比べることがおかしかったのだと、会話をしていて身に沁みます。


 お話をしていて違和感は→なし。

 外見上変わったところは→頭頂部の耳と揺れている尻尾

 ケモミミと茶色い尻尾は→可愛い。

 戦闘や日常の身体能力は→別次元です。

 

 つまるところ彼女は――デメテル()である。


 実際、この世界では多種多様な種族がいるようだ。

 冒険者登録をする前、ギルド前で感動していたときにもやたら背の小さなおっさんや角の生えた人もいた。

 残念なことにどちらも男だったわけだが、もしかしたらクリオネやディオネにもお目にかかれるかもしれない。


 因みにだけれど、さっきまでに述べた神様たちは比喩だからね?

 一つだけラテン語の女神さまを出したけれど、まさか海に住む流氷の天使を想像していないだろうか? だとしたらやめてくれ。

 深海生物クリオネは天使ではなく、もう一つの表現に使用されている悪魔という単語に俺は賛成派なのだから。


 いや、なんで悪魔と呼ばれているかの理由を調べて察したよ。

 みんなも人が持つ二面性には気を付けようね。

 俺がいい例さ。長く付き合いのできる間柄になるのはごく少数の人しかいない、というのを小中高通して学んだだけ。

 深い意味は――特にない。


「君がそこまで私の耳に執着するのはただ触りたいから? それとも……」

「お待たせしました! 注文の『エール』と『リータル肉の塩焼き』、あとは『卵サラダ』と『フィルスープ』はすぐにお持ちします。どうぞごゆっくり!」


 ミレルさんが何かを言いかけていたが、店員さんの持ってきたとある物を見て俺の関心はそれにのみ捧げられている。

 そう、肉である。

 某海賊の代名詞と言っても過言ではない肉……そう漫画肉だ!


 いろいろと気になっていたことがすべて吹っ飛んでしまうほどの衝撃を受けた漫画肉。

 これは周りを気にせずに豪快に行くべきだろうか、いや行くべきだ!

 では失礼して……重い。

 骨を握って持ち上げたわけだが、ずしっと肉が持つ重さをダイレクトに感じる。


 あるマンモスが持つ全ての肉の部位の味を兼ね備えている宝石。

 煌びやかに光っているわけではないが、俺にはダイヤモンド級のお肉にしか見えない。

 お肉の固さがダイヤモンドだと食えなくて困るが、そんなことはないだろう。


 手に持っている肉が震えているのだ。

 俺の手も震えているが、その震えが骨を伝ってお肉に影響を及ぼしている。

 さすがにカチコチのお肉がプリンみたいに揺れているなら噛み切れないということはないだろう。


 それでは一口。

 …………………………………………………俺は、今何を食べたんだ?


 目の前には油が滴る噛み切った肉ではなく、一本の綺麗な骨。

 まさか俺は記憶を無くすほどの味の衝撃を受けたというのか?

 なんということだ、俺は貴重な漫画肉を味わいながら食せなかった。

 後悔しかねぇよ、もう一本……食いたいが他の料理も食べたい。

 クソォ、ジレンマや。


 なればこそ、このエールは普通であると信じよう。

 ゴクッゴクッ。……木のジョッキだから飲みにくさは少々あるが、なんてことはない。

 ただの――ビールだ。


 人心地吐いた瞬間、大きなため息が出た。

 お腹が空いていたところに食べ物(エサ)を与えられたのだ。一息つくというモノだろう?

 ため息をついて下がった視線を上にあげると、口を開いてこちらを見ているミレルさんが目に入る。


「ミレルさんは食べないのですか? 確かお仕事(・・・)で動き回ってお腹がペコペコだとおっしゃっていたはずですが?」

「そ、そうね。……って、動き回っていたのは君のせいよ、シ・リ・ス・く・んのせいよ!」


 はて、確かそんなことを言っていたような。

 本の方に意識を置いていたから聞き流していたが、大したことではないのだろう。

 しかし、食事をしようにもお肉が気付けば無くなってい――『追加の卵サラダとフィルスープをお持ちました!』


 娘さん、貴方は出来る子ですね。

 嫁に来ませんか?


「すいません、追加で『リータル肉の塩焼き』をもう一つ……ください」


 新たなる衝撃に、言葉が尻すぼみになってしまったではないか。


「リーダル肉の塩焼きの追加ですね、注文ありがとうございます! では出来上がりまで少々お待ちください」


 凄いぞ、俺はサラダを頼んだはずなのだが……これのどこにサラダの要素があるんだ?

 ボウルの器に乗っかっているのは直径30センチほどの巨大な卵、そう卵だけ。

 卵サラダだとウェイトレスさんが言っていた、そう言っていたのだ。

 食べ物のことに関して俺は聞き逃すことはない。


 ミレルさんのお誘いのことに関しては覚えていない?

 それは、あれだ。あれだよ。あれだから仕方ないんだ。

 女性のセクハラになるあの日みたいに、俺にも危ない日があるんだ。

 気持ち悪……、ごめん今のなしにしてくれ。


 それで目の前にあるサラダ(?)のことに関してなのだが、ボウルを回してみても巨大な卵にしか見えない。

 この卵を観察するのも楽しそうなのだが、お腹が空いている俺にそんな悠長なことをしている暇はないぞ。

 すきっ腹にお酒は体によろしくないのだ。


 それでは、俺の卵の割り方で目の前のこいつを割るとしよう。


 ……思いの外柔らかいな?

 半熟卵みたいにすんなりフォークが通る。

 箸があればもう少し楽出来るんだけど、この世界に箸を使う文化はないみたいだ。

 手元にあるのは今俺が握っているフォークと、机の上にあるスプーン。


 ないものをねだってもしょうがない。

 とにかく目の前にある卵とスープを食べよう。

 サラダと言っていたくらいだから、意外性を狙うなら卵の黄身は緑かな? 

 いやいや、ここで赤なんてオチはない……よな?


 さぁ、御開帳~。

 は、はははは。これマジか? いや目の前で起きたことに疑問を呈するなんて馬鹿なことだな。

 黄身がある場所から色とりどりの野菜が出てきた。黄身があると思ったら野菜とか、マジ異世界。

 しかも割った卵の白身がそのまま野菜と混ざっているから、ボウルの器が卵一色から綺麗なサラダに変貌したではないか。


 これは確かにサラダだ。卵サラダ、言いえて妙な話。

 野菜は見たことのないもの……だと思う。

 多分レタス、多分豆、多分芋。

 あとは分からない野菜が多数。


 野菜の見てくれに言いたいことはあるが――普通に美味そうなんだけど、これ。

 ファミレスで注文できる半熟卵のシーザーサラダがあるだろ? あれに近いと思う。

 そんじゃ、レタスと思わしき野菜を一口。


 …………………………………………………ファァァァァァァアアアアアアァァァァ!!!!!!!!


 美味(びみ)! もう本当に――美味びみ!!

 あっ、ヤベ。……ヤッベ。

 魂食ってないのにあの地獄の実力者とうたわれている肉ダルマの台詞が出たよ。

 死亡フラグを成立させる肉ダルマ、俺は満足するまで美味しいものを食べ続けたいんだ。


 味の感想を忘れてたね。いや、マジで美味いんだよこのサラダ。

 野菜と(おぼ)しき物の味はそのままレタスだった。卵の白身がドレッシングの味をほんのりと含んでいるのだ。

 俺の馬鹿舌で分かるのは、塩(分からなかったら大問題)。あとはレモンのような柑橘系の汁(糖分を摂取する権利を無くす程度の問題)、あとは……多分胡椒(肉の焼き方を決める資格を無くす問題)。

 他には……何か癖のある油? あと全然分からん。


 いや、でもそれを抜きにして美味い。

 俺のボキャブラリーが貧困で申し訳ないんだが、本当にそれしか当てはめられないんだわ。

 そんな俺が一つ、新たな発見をした。


 このサラダ。さっきのリーダル肉と一緒に食って目の前のエールを飲めば、夜の独身者たちの最強つまみセットに化ける。

 いや、本当に。

 この味を伝えられない自分が大変もどかしいんだが、一瞬自殺志願者な自分がもう死んでもいいかもと満足感を覚えてしまったぐらいに美味いのは事実。


 危険だよ、一日の稼ぎをこれに当てるサイクルを俺は今作り上げたからね。

 明日もこれを食うためにも、お金を稼がないといけない。

 ゼリーとか猪はどうするんだって?

 馬鹿野郎! ギルドがあるくらいだから薬草採取とか街の住人が出した雑務系依頼とかあるあるだろ!?

 現実問題、本当にあるかどうかは文字も読めない俺には定かではないんだけど。

 本当に俺は何も知らない羽虫だよなぁ……。


 いかん、やかん。

 酒の席でネガティブになるのは飲み友の前だけにしておかないと、引かれてしまうからね。

 ピー音のように、俺のテンション急上昇!

 そういえば、ヤカンでお湯を沸かしているときに鳴るあの笛の音。

 仕組みが解明されたらしいね、化学が好きな人は必見だよ! もしかしたら自由研究で使えるかもしれないからね。


 振り回されたこの気持ちも落ち着けないと、一服一服。

 このスープ――普通だわ。




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