7話 図書館である。それは知恵の宝庫。
俺の運は良くないと知っていたけど、この鈍色に光るカードはどう見ても最低ランクですよね?
SSRや星5といったあの虹色でなく、今机の上に置いてある鈍色のカード。いわゆるコモンやノーマルとソシャゲでよく位置づけされている最低レア。
気にしてしょうがないとは思うけど、やはりショックは大きい。
とはいえ、いつまでも気にしていては時間の無駄というもの。
というわけで、俺は今ギルド内にある図書館に来ております。
あの後すぐに受付嬢さんに図書館の場所を聞いて、このがらんどうな図書館に来たわけだが……。
俺、貸し切りにするほどの金もコネもないんだけど。
パンを作る捏ね方は知らんし、駄菓子のねるねるねる○は完璧なんだが。
作り方が決まっているあれを完璧と言うなってか?
でもあれ、水の分量間違えると味が変わって面白いのよねぇ。
こういうのって、想像すると食いたくなるのが人間の性――あとでおやつを食べよう。
おやつを食べるまでの目標は、先ほど本棚から抜いたこの本の読破である。
分厚いわぁ、この厚さのステーキがあったら一度食べてみたい。
食い物から離れよう、俺の涎が本についたらステーキのランクが悪くなってしまう。
違う、違う。インクが滲んで読めなくなるところだわ。
一先ず、食事に行こうぜのコマンドは置いておこう。
賢さを上げるためにも今は読書の時間だ。
読書感想文は原稿用紙何百枚になるんだろうか……逆にそれでもう一冊本が出来上がるか。
まずはこの本のタイトル、『冒険者における基礎知識全集』。
シンプル、シンプルゆえに俺は大好きだ! と叫びたい。
最近、目を引かせるためにか凄いタイトルの本を見たからね。
え~と確か『この本を読めば完璧、君も立派な計算マスターだ!』。
どんなだろうって中身を見るじゃない?
俺に合わなかったのよ、すっかすか。
俺の性格上、一つ一つの意味を理解しながら進めないと面白くもなんともない。
ゆえにだ、俺が参考書や問題集といった本を探すときの基準はタイトルを見て中の1ページを開く。
似た本と類似した個所を見比べてより深く掘り下げている、もしくは感覚的に理解しづらいところだけ詳細に説明している本が俺にとって大好物なんです。
その結果、埃をかぶっていたこいつが俺の琴線に触れたわけですよ。
でも当たりだった、ブルーゼリーみたいに何度も見ていれば読めるようになると思っていたけれど予想通り。
棚に並んでいる本のタイトルを50冊以上見てから来たんだ。そう、閃きが――文字の上に対応している日本語が表示されるのが。
ちょっとしたジョークじゃないか。
こんなことでカッカしていたら本の読破なんて不可能だぜ。
しかし、この文字にも慣れないなぁ。見たことのない言語を目で追うのも神経使うわ。
でもこの本は俺の欲しい情報が載っている。
例えば、俺の長年の謎だった項目。そう、レベルだ。
割と最初の方に書いてあったからこの世界ではレベルという概念が存在するのだろう。
~レベルとは~
生きとし生けるものすべてにレベルという自身の力を示す位階が存在する。レベルが上がるごとに新たな力に目覚めることもあれば、身体能力が向上することもある。現在確認されている最大レベルは、冒険者『ディストレイル』の申告された63レベル。この数値は著者から見ても人類最高峰と言わざるを得ないであろう。
しかし、私は一つ疑問を覚えた。レベルが上がるにつれて力は強大になっていく。ならばレベルが上がるその要因とは何か? 魔物を倒すことでレベルは上がるのか、それとも自身の未経験を重ねるごとにレベルが上がるのか。
答えは両方とも是である。そして何をすることもなくレベルは上がるのか?
不可解ながらこれもまた是である。
理由は私の友人だ。病を患っていたために魔物を狩ることはおろか、肉体労働すらままならず街の料理人として働いていた。その彼がある日、私にレベルが上がったことを報告してきたことからレベルの上がる要因はすべてを解明できたとは言い難い。
簡潔にまとめると、レベルが上がるほど力が強くなる。
簡潔すぎ!!
前半はちゃんと説明していたからしっかりとした著者かと思えば、後半に面倒な爺さんの面影が見えたぞ。
でも分かりやすいというか研究書みたいな本だな。
そのおかげで苦にすることなく読んでいられるんだけど……コーヒーを飲みながら読みたい。
そうなると机の上に置いてあるギルドカード。こいつに記載されているのも納得だというモノだ。
名前:シリス
性別:男
出身地:地球
レベル:1
特技:なし
さっきの質問に答えた内容がそのまま反映されている。
一部答えた内容と違うのは受付嬢さんが勝手に書いたのか、あの水晶玉が俺を査定してくれたのか。
カードが作成されたことから後者だと思うんだけど、あの受付嬢さんの目を見るとどうにも不安感が拭えない。
これを見ると俺の能力は一般人レベル、特技もなしときたら凡人と言っても差し支えないだろう。
出だしからチート持ちの俺強いだと展開的には楽々なんだけど、面白みがないんだよね。
最初から万能な力を持っていると、馬鹿みたいな思考を持つアホになる。
やっぱりRPGの王道はレベル1からスタートだろ!
強くてニューゲームは二週目から。ストーリーを面白可笑しく出来るのはそれからだもんね。
ても、さっきの説明を見る限りだとレベル上げの手っ取り早い方法は魔物とやらを討伐することなんだよな。
……ブルーゼリー? 巨大な赤ッ鼻イノシシ?
絶望しか見えねぇ!
いっそのこと絶望を見に纏えば奴さんは逃げていくか?
それを習得するには骨の身体にならないと無理そうだという信号が飛んできたから諦めよう。信号だぞ、電波じゃないからな!
俺はちゃんと赤信号だと止まるんだ、青信号ならとことんまでイッテ○してしまうけどね。
その青信号に則って今も本を読み続けているんだけど――見当たらないなぁ。
ミレルさんが使っていた赤い光の正体。
魔法だと思い込んでいたけど、これを見る限りその可能性が低くなってきたんだよね。
どうも俺が思っていた魔法と、世界で浸透している魔法というモノは別物らしい。
~魔法とは~
大気中や生物が体内に内包している魔力を練り上げ、一つの理として現実に顕現させたものである。魔法の種類は多岐にわたり、攻撃魔法、精神魔法、防御魔法、回復魔法などといった大まかな区分けで呼称されている。
ただし、魔法の中で同じ効果や現象が起きる魔法でも魔法の名前が異なるものが多い。
簡単な例でファイヤーボールを採り上げよう。
私が見地してきた中で、ファイヤーボールと同質もしくは類似した魔法は以下のとおりである。
私を含め、大多数の者が唱える『ファイヤーボール』。
一部の者が唱える『フレイムボール』。
とある世界に行ったときに聞いた『火球』。
高位生命体が使用しているのを目撃された『火を操りし精霊よ、我に応えよ』。
おそらく私が知らないだけで他にもいくつかあるのだと思うが、これだけの文言があるにも関わらず起こる現象はみな同じである。
これらのことから、魔法を発動させるためには術者が発動させる魔法の内容を正確にイメージすることが大切なのではないかという発想に至った。
簡潔にまとめると、魔法を扱うためには妄想力が大事である。
言葉に言い表せられないこのもどかしい気持ち!
ゴッ。
机に頭を打ち付けて一度冷静になれたが、もやもやは晴れない。
国語辞典といえばいいのか。
この『冒険者における基礎知識全集』というのは単語ごとに説明がされているのだが、最後のまとめが簡潔すぎるのだ。
簡潔なのだから簡単なのは当たり前だろう?
そうなんだけど、そうじゃないのよ!
前半に仮定を想定しているなら後半には至った証明を書かれているもんだと思うじゃないか! これは仮定を示し、計算式をすっ飛ばしていきなり答えを言っているようなもんだから俺はもやもやとしたものを感じちゃうっていうか……。
俺も中学生の頃は問題文読めば、式の組み立てとかを飛ばして答えだけが何故か分かる感性の持ち主だったから理解できないでもないけど!
でもこれを見る限り俺は魔法を使えないということだ。
イメージっていうか、妄想力なら俺はあると自負しているよ? ただなぁ、魔力って何ぞや?
魔力とか知覚できない段階で魔法の発動は見送らざるをえない。
何? 憧れの異世界転移が出来たところでよく語られる、俺なんとなく出来た展開?
阿保か。
んなもんがあったら、人はとっくにゴキブリ以下の下等生物だって話だろうが。そこは逆に神にでもなれるだろうっていう言い回しなら鼻で笑ってやるよ。
俺ら人は天性の才能でも持っていない限り、そこらの家畜と同じような下らない毎日を送るしか能のない生物。
んでもってご都合主義とかそんなもんで簡単に自分の思い通りに出来るんだったら、それはもう人として行き止まりだよ。
自分の望むような世界、その先に何を求めるっていうのか?
不老不死? 冗談じゃない、そんなものはこっちから願い下げだ!
今ある物でやりくりするのが人間だ、俺がそれに憧れる限りそんなものはいらない。
とかなんとか考えている間に全部読み終えてしまったではないか。
途中、流し読みだったからうろ覚えだよこんちくしょう。
結局ミレルさんの赤い光のことについてはこの本には載っていなかったから分からないし……、そうなるとうろ覚えの中で見たこいつが一番関係していそうだけど。
~特技~
その者が未来に習得し得る可能性をレベルの上昇と共に先取りしたものである。ゆえにレベルが1の生物は基本的に特技を習得していることはない。
ただし、例外として先天的な才と長期間の同じ行動でレベル1でも習得している場合がある。
さしあたっては私こと著者がその例だ。
著者はギルドに所属しているが、戦闘経験といったものは皆無である。その為レベルは1であるが、薬草採取や個人的な依頼を受けて日々生活をしていた私にある日、特技が発現した。
速記と速読。この二つを特技として習得した私は、本を執筆するのに非常に有効活用している。この特技というのは名前から能力を察することもできるが、私がこの速記と速読が発現してから世界が変わったと言っていいだろう。
今まで1ページを書くのに急いでも5分、それが速記の能力でわずか20秒足らず。別次元だと言っても過言ではないだろう。速読に関しても似たようなものである。
簡潔にまとめると、特技はちょっと変わった凄い能力である。
慣れた、慣れたよ。
これを見ると、俺の特技欄がなしなのは理解できた。ミレルさんの赤い光の正体は分からなかったが……。
でも、どうせだったら特技欄に正体不明と書かれていたらあの台詞を口にできたのに。
『じゃあ俺のはレアケースな――』、あれってその作品の印象深い台詞No.1なんだけど俺だけかな? 俺だけだろうな……。
結局のところ、俺にある肩書はピエロが言っていた『時期外れの開門者』。ただし、特に変わったことがないところを見ると今はさして気にしなくてもいいだろう。
となると……地球にいた頃の身体能力で模擬戦しかり、魔物と戦うということ。あとでレベル1でも倒せる魔物を調べておこうか。初っ端からレベル10やら20の中ボスでも討伐しに行こうとは言えないからね。
これがM・○のドスシリーズなら別だよ? あれはキャンプ支給で動きさえ把握していればそこらの骨でも時間をかければミッションコンプリートなんだから。
いやぁ、最初の雪山でTレックスさんの尻尾を骨で切り飛ばしたのはいい思い出ですよ。
でもここの魔物に関してはNODATA。対処法も分かりはしなければ、俺自身との差も分からない。
詰んだり蹴ったりですな。
美人の巨乳さんを踏みたいなぁ……、俺はMじゃないのでやられたくはないのです。
ではどうすれば踏める――差が分かるか?
原点回帰、結局のところ森に行くしかないわ。
一人で行きたくないけど……最後の手段としては頭の片隅に入れておこう。
そんで今後の動向として、今日は一日本の虫。
明日は武器か防具の下見、もしくは護衛の勧誘といったところか。
いやぁ~、やることはいっぱいなのに動悸が治まらないときたか。
こうなるのは中学の部活で初めて練習試合をした時以来。あの時は緊張で何をしたかうろ覚えで、楽しんだかと言われると肯定できない。
心筋梗塞で死なない程度に楽しみましょう、愉しみましょう。
今はそれが俺のモットー、座右の銘?
だから、今日は非科学的なこの世界の常識を知る。
今読んでいた『冒険者における基礎知識全集』を机の上に置いたまま、別の本を探しに席を立つ。
そしてタイトルで気になった本をその場で軽く読み、棚に戻していく。
少しして、目当ての本を見つけ机に置くとまた本を探しに本棚を物色。
そんなことを繰り返して1時間ほど経った頃。
途中で用を足したり水分補給しに行ってたから予定より、大分遅くなってしまった。
結果だけをここに述べる。
6冊、これが俺の食指に引っかかった栄誉ある蔵書である。
今、哀れというのがこの図書館全体から聞こえてきた気がするが――気のせいだろう。気のせいでなければ俺はここの本を燃やし尽くさないといけなくなる!
シンっと静まり返る館内に満足して、改めて目の前の哀れなる本たちを見分しよう――あれ?
題目はそれぞれ『森林樹と四聖の迷宮』、『身気と魔力の測定と効果について』、『冒険者ディストレイルの秘密』、『ギルドと王室の確執』、『気になるあの子は私のすべて』、そして『開門者の成り立ちと特性』。
――大佐、進言してもよろしいでしょうか!
――どうした二等兵?
――今申告された6冊の本の中に一つ変な題名が入っていたかに思えるのですが。
――どこにあるというのだ、二等兵?
――それは……『気になるあの子は私のすべて』と題された恋愛をテーマにされていると思われる本でございます。
――よく指摘した、しかし二等兵! タイトルに翻弄されているようであればまだまだ甘い。昇級は見送らねばなるまいな。
――うっ、了解いたしました大佐!!
また脳内劇場で一幕あったようだ。
俺も手に取ること自体悩んだが、好き嫌いはよろしくない。チョコレートは相変わらず口にするのもおぞましいが。大変なのよ、あれ。
貰いものとかイベントの日とかにはその場で口にしないといけないときもあるのだから。
悩んだよ、あれ。
一冊飛ばして隣を軽くめくり、目線を向けてまた次の本を読む。それを繰り返して棚一つ読み終えて、震える腕で遠ざけていた本を手に取る。
これは武者震いだと思いながらそっと頁を開く。
俺は感慨にむせび泣くこともなく、本を閉じてしばらくその場に立ち尽くした。
俺が間違っていたよ、ジャン。聖書はポイという考えだったが中身を見てから決めねばなるまい。
ここに来るまで何冊か同じような本があってスルーしていたが、戻って見直すことにしよう。
その前に、この本は合格だから机に置きに行こう。
少しして~。
俺が間違っていたことに気付いたよ、ジュリッタ。
世の中には残すだけ無駄な本があるのだと。何枚か破り切ってしまったので証拠隠滅のためにポケットに忍ばせたけれども。
窓から差し込むオレンジ色の光から夕方であることは分かるのだが……細かな時間帯は把握できないのが辛い。
特典でスマホは持ってこれなかったしなぁ、そもそも神様に会ってないし。
悲報。俺氏、特典ナシ。
特典とは言わないけど、このモノクルがなかったらゼロから始めるシリーズに俺も名を連ねていたところだな。あのシリーズ好きだからいいネーミングになるかな?
そうすると名前は『ゼロから始める開門者』ってところか?
……つまんね、駄作臭プンプンしますわ。
自由に動くためにも早いところこの本を読んでしまおう。
地道な努力、千里の道も一歩から。
ただ、読書は俺の貴重な趣味の一つ。いやぁ、暇つぶしには最適ですね。
そして時は過ぎて……多分2時間ぐらいかな?
『身気と魔力の測定と効果について』を読んでいたんだけれど、謎が一つ解明されたよ。
やったぜ!
筆者が違うせいか解釈に大分苦労したけど、5割ぐらいは理解できた。
凡人の俺で5割だぞ? この本難しすぎるわ。
でも数学の応用だと考えれば解くのも楽しいというもの。
時間がかかった分、完全に日が暮れてしまった。
暗闇だと文字が読めないだろう?
――実は俺、夜目が利くんだ。
――実は俺、ネコ目なんだ。
――実は俺、懐中電灯を持参していたんだ。
はいはーい、実際は俺の頭上にある加工された石ころが光って照明代わりになっているんです。
他の机や本棚の上にも、よく見れば同じようなものが設置されている。でも明かりがついているのは俺のいる机の上だけ。
センサー式かな? 外観は中世の時代に近いのに、変なところで時代を先取りしているちぐはぐさを感じる。
水汲みは井戸から汲み上げるしかないのに、お手洗いは洋式。この世界のライフラインはいったいどうなっているんですか?
便利だからいいんだけどね、変に外で用を足したりしなくて済むわけだし。
そんなハイテクともローテクとも言えぬこの世界、本は電子書籍じゃないのが残念だが。
でも紙の本には紙の良さがある。
これは完徹コースだよなぁ、お腹も空いているけど今外に出るのはマズいし。
貴重な俺の非常食はまだ手を出すべきではないし、水でごまかすのもまだ早い。
集中力が続く限り本を読んで、切れたら食堂でもないか探しに行こう。
そうと決まったら続きの本でも読みますか。
どっちの本を読もうかね~?
「見つけたー!!」
お楽しみは最後まで取っておくとしたら……この世界のことでも知るとしようか。
「もしもーし? 聞こえてるかな~?」
『森林樹と四聖の迷宮』、恐らくこの世界の成り立ちについて説明しているのだろう。
であるなら、迷宮とやらには財宝がザクザクと――。
「いい加減こっちを見てくれるかなー? シ・リ・ス・君!」
グギッと、突然俺の首が文字の羅列された本から見目麗しい美少女の顔のアップに切り替わった。
ミレルさん……なぜここに?
「お話し、しましょう?」
いろいろ質問はあるのですが動悸が治まりません。
俺、この人になら踏まれてもいい……。優しくしてください。