3話 モノクルである。それは伊達眼鏡。
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あら? あらあらあらあら?
これはお早いご到着でございますね、稀に見る速さでのご到着でございます。
そしてようこそ、新たな『開門者』様。
私こと『ピエロ』が自身の名と存在に欠けて、ここに新しき『開門者』を祝福いたしましょう!
あなたは本当に反応が淡泊ですね、つまらないですね。
もっとこう目を丸くさせて眼球を飛び出させたり、喚き立てて心肺停止させたりといった反応をされてもよろしいと思うのですが……。
そんなことできる人間はいない? ハハハッ、何を申されますか。そんな普通の人間など私の御眼鏡に適うわけないではありませんか。
いけない、いけない。
先日と違い、正規のルートで来られたあなたはここにいられる時間が短いのを失念しておりました。
今回は真面目に仕事をなさらねばいけませんね。
先日の対応は仕事をしていなかったのか、ですか?
そんなことはありませんよ、ちゃんと私はお仕事を全うしましたとも…………半分ほどですが。
コホン、コホン。いけませんね、こうも脱線してしまうと話が進まないではありませんか。
まずは『審判の門』の制覇、お見事でございます。
いかに『開門者』様としての資質があり、審判の門へと招かれようともそこを制覇できる者はせいぜいが半数程度。
つまり、あなたは無限に蔓延るただの人間の中でも異質であり、害虫よりもマシな人間にランクアップされたということです。
普通はここで嫌悪や怒り、優越感を抱く者ですが――――あなたが抱いているのは、はそのどれでもない。
安心、恐怖? これは見当違い。
感謝、満足? これも違いますね。
困惑、絶望? 愚問でしたね。
……あぁ、なるほど。そういうことですか。
納得しました、得心しました。
『予見の瞳』で貴方のことを見て、どうして思い至らなかったのでしょう。
これは大変失礼致しました。そうとなれば私の説明も早く終わらせた方がいいことでしょう。
珍しく落ち込んでおりますので慰めの言葉を頂けると私とても嬉しいのですが――はい、早く説明をさせていただきます。
あなたが『審判の門』を踏破してここ、『始まりの間』にいらっしゃった。それは『開門者』様としての資格を得て、新たな世界へ旅立つ鍵を手に入れたということです。
その証拠に――『門よ出でよ』
前回と違い、指を鳴らしてのご登場です。
そして、今回は誠に珍しい。砂の中から魔石を見つけるほどに珍しい。
ん? ああ、あなたの世界では魔石と聞いてもピンとは来ませんか。となると……水の中から精霊を探すほどでしょうか。どちらもよく分からない?
まぁ簡単に言えば冒頭に述べた珍しい。これがシンプルかつ単純で、あなたにも分かる言葉でしょうか。
あなたの鍵はそのモノクル。
『開門者』様の100人に100人は武器や防具といった戦闘に関連する物として顕現するはず……なのですが、どこからどう見てもモノクルが扉に反応を示している御様子。
100人に100人、先ほどの言葉は一人の例外もないからこそ述べたのです。
時期外れの『開門者』様が過去にいなかったわけではありません。ただしその方々は珍しい形状でしたが、間違いなく武器や防具でした。
とにもかくにも、あなたは時期外れに加えて過去に例を見ない異端児。
楽しみですね。わくわくしますね。
最初の世界で脱落するのか、それとも次の世界へと足を進めるのか。
次に出会えるその時まで、期待をせずにお待ちすることにしましょう。
……気が変わりました。
まだまだ私の口から語ることは多いのですが、これ以上は余計なことを話してしまいそうです。
ゆえにこの言葉を最後に、あなたをお送りすることに致します。
『新たな世界への道は開かれました。世界の鍵を手にした開門者よ、また此処で出会えるのをお待ちしております』
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外だ。
間違えた、森だ。
間違え……いやどちらも間違えてないわ。
辺りを見渡しても、先ほどまでいた場所と風景が違う。
比較してみようか。
ついさっきまでいたのはどこまでも暗い闇。
今いるのは木々が生い茂る緑多き森。
うん、色がついた。
夢を見ていて今ここにいるのもまだ夢の続き。
だとしたらここ最近の夢の中では『オラ、ワクワクすっぞ』。
――といっても、夢の可能性はないと確信してるけど。
右手の指の付け根の部分。少し浮き出た骨の位置が赤くなっている。
先ほどの洞窟? 迷宮? で拳を地面に打ち付けて少し赤くなって今も鈍痛が響く。
そういえば服装が俺の寝るときに着ていた青ジャージのまま。ポケットを探れば一つのモノクル、えっ?
モノクル? 眼鏡は?
天に透かして見ても変わったモノは何も見えない。綺麗な青空と大きな月が二つ見えるだけ。眼鏡がモノクルに進化? したのか。
いや~、異世界ですわ。
モノクルをポケットに仕舞って、と。
異世界!! マジか!!
これはヤバいでしょ、感動でしょ!
これで地球のどこかってなったら俺発狂する。いや狂乱する、乱闘じゃあ!!
ごめん、テンション振り切ってたわ。落ち着いてリラックス……。
意味同じだわ、全然落ち着けてない。こういうときは――ふんっ!
パァン!!
クソ痛い、もうやんない……と思う。けど、これで大分テンションダウンしたし問題ない。
というわけで俺がしなくちゃいけないことなんだが、たくさんありすぎて迷うわ。
でもランキング外から優先順位第一位に返り咲く素晴らしいことが起きた。
その名も――異形との遭遇に対処せよ。
茂みの中から青いゼリー状の物体が現れた。
ゼリー状でプルプル震えて動くと言ったら俺の中では一つしかない。あの独特な形と愛らしい眼と口、RPGを代表する有名な魔物。
そうス○○○。
ゲームによっては最弱から最強魔法すら覚えると言われるあのス○○○だ。
名称は似ているけど自爆技じゃないからね? 威力はどちらも目を見張るものがあるけど。
ただ一つ残念なことがある。
ドラ○○○○ストと同じ形じゃなく、ドロッドロのゼリー状。愛らしさが皆無なこの何か。
はっきり言おう、気持ち悪い。
そして少しずつこちらに近付いてきている。
あれはマズい、敵の確率80%オーバー。
激熱です!?
契機はスイカの20%を引いて……間違えた。
理由はあれです。あの青いゼリーから突き出ているあれです。
最初は変な形の角だなぁって思っていたんだ。でも、あいつが体を揺らしながら近づいてくるときにズルッとずれたんだよね。
人間の腕だよ、あれ。
現在進行形で溶けている人間の左腕。
おかしいな、数十秒後の未来が目の前の光景に見えてならないのは気のせいだろうか?
対抗するには武器と防具が必要だ。
考えよ、俺。考える人、俺。
No! おつむが足りないのに考えろとか無理ゲーにもほどがある。
瞬間的な思考能力なんて持っていないから一歩ずつ後ずさりしながら考えよう。
1.武器になりそうなものは俺の拳と足と頭。
青いゼリーが近づき、俺もさらに一歩後ずさる。
2.防具は青ジャージだけ……いやアクセサリーで防御力が1上がるぞ!
急いでポケットからモノクルを右眼につける。
これで俺の右眼は守られるであろう……って、肝心要の武器防具じゃねぇ!
これでどうしろっていうんだ――んっ?
モノクルで青いゼリーを見た途端、視界の一部にさっきまで視えなかったものが見える。
透明化していた新たな敵や幽霊とかじゃないぞ?
でも、俺のドーパミン……じゃなかった。エンドルフィン……麻薬常習犯じゃないよ?
とにかく、高揚感が一気にくるものが見えるんだよ!
??????
Lv.????
名称? レベル!!!
これはあれですか、あれですよね?
ポケ○○図鑑です。スカウ○―です。両方です!
でもこいつが何者なのかを説明してくれる音声もなければ、ステータスも分からないから結局詰んでる!
とかなんとか興奮して足を止めてしまったのをチャンスと捉えられたのか。青いゼリーが俺に向かって飛び掛かってきた。
あの体でどうやって飛んでくるの? いやそもそも考えさせてくれないの?
そして報告しよう。
避けようにも自身の体積を広げて丸呑みしようと視界一杯に映る青いゼリー。
これ俺、死んだわ。
『And I stopped to think.』
テンパりすぎて英語で話しちまったじゃないか。
こうしてふざけている間にも眼前の青いゼリーが~、消えた?
消えた、なんで!?
数秒前どころじゃない。今だ、今。
視界から一瞬で姿を眩ませた青いゼリー。そして視線を足元に移せば小指の爪ほどの大きさをした青い球が落ちている。
荒唐無稽な話が通用するならこれはドロップアイテム。
青いゼリーが倒されて、確定かレアドロップで俺の前に落ちている。情報の不足で判断がつかないからこれは一旦放置。ゲーム染みた現象が起きてるにも関わらず、引き攣った笑みしか浮かべられない。
なぜかって? 馬鹿野郎、自分の命の危機に目先の興奮は後回しだ!
視線を右に向けると、有名なクリスマスソングが頭に浮かんでくる。
『真っ赤なお鼻の~イノシシさんは~じっとこちらを~睨んでいるよ~』
最初しか歌詞があっていないって?
馬鹿な、目の前にいるのはトナカイではなくどこからどう見ても猪だ。俺は間違っていない!
って、遊んでいる場合じゃないよな。
モノクルがついた右眼で猪を見た結果、さっきと同じような表示が浮かんでいた。
??????(????)
Lv.????
うん、やっぱり何も分からないわ。何かおまけみたいな形で名称(?)の後ろに追加情報があるけど、読めないなら結局意味ないよな。
青いゼリーもおそらく目の前の猪が何かをして倒したのだろう。
問題は何をしたのかを理解できなかったこと。
困った、困った。
今の状況を分かりやすく言えば、俺は兎で、猪が獅子。
俺……、オイシくないよ?
そんな思いが通じたのか、猪がこちらを襲ってくる気配がない。
それなら見逃してもらおうじゃないか。
ゆっくりと視線を合わせたままさっきと同じように一歩ずつ後ずさる――ザッ。
猪が前脚を一歩踏み出している。
え~~~、見逃してもらえる雰囲気だったじゃん。
とかなんとか思ったのも一瞬で、すぐに思考を切り替える。
今の状況を示すなら……そう。
一難去ってもまた一難、去るも地獄残るも地獄。万事休す!
ここから起死回生の一手を探すならこれしかない。
さぁ、……ゲームを始めよう!
いかん、ノーゲー○・ノー○○フの空が浮かんでしまった。
そのまま見つめ合い、嬉しくないお見合いしていると猪の体が光の粒子となって空気に溶けて消えていった。
はっ?
消えたよ、光だよ、蛍だよ!!
……ごめん、俺は冷静じゃなかった。
ここに来てから押し寄せて来る命の危機に、俺の感情はアクセル全開らしい。ゆっくりと不変の量で流れていく砂時計を思い浮かべればそのうち落ち着くだろう。
ともあれ、質量を持たない霊体とかになったとかじゃない限り、先ほどまでいた猪は完全に消え去ったと言えるだろう。
断言するなって? いや、だって――自重で沈んでいた地面についた足跡がさっき踏み出した場所からどこにも続いていないんだからそう考えるだろ。そうじゃないというなら現状俺には分からん。
俺に直感なんていうどこぞの騎士王みたいな便利スキルを持っていることを期待するんでないぞ?
あるとすれば、お偉いさんに平伏するスキルしか持ち合わせておらん。お辞儀するならば誰にも負けんぞ!
ん? お前にはプライドがないのかって?
生憎俺にはプライドなんてものは……ないと思う。
だがそれがどうした。人間としての誇り?
笑わせるんじゃない、そんなもの今後楽しくおかしく過ごせるというならそこいらの犬にでも食わせてしまえ。
まっ、結果的に住んでる世界がつまらなければ意味なんて大してなかったんだけどな。
だからこの命の危機に何度も直面しているここは、久しぶりに生きているという実感を与えてくれる。
やっべー、頬が吊り上がる。
そんな世界で早々にドロップアウトなんて冗談じゃない。
少し前に落ちている青い球を拾い上げると、視界に先ほどの表示が浮かび上がる。
??????
レア度:????
ここまでくると、このモノクルの性質が何かをある程度察することが出来る。
生物や物質を見抜ける一種の鑑定道具か何かなのだろう。名称(?)やレベル、レア度の細かいところが読めないのはこのモノクルの性質なのか。はたまた俺自身に何か原因があるのか。
おっとっと。お菓子じゃないよ?
考察は後にしてまずは現在地の特定。もしくは身の安全を確保しないとゆっくりと考え事も出来やしない。
というわけで……どの方向に行こうか?
迷宮のときみたいにコイントスで決められたら楽だったんだけどなぁ。
その場で一回転してため息が出る。360度、オールラウンダーときたか。
こうなると本格的に必殺技を出すしかない。
近くに落ちている木の枝を手に取る。
たず○人ステッ○~~。
どちらかといえば魔法の杖と言われた方が納得できそうだが。
個人的にはブドウの木とドラゴンの心臓の琴線で出来た彼女の杖であれば愛着が沸くんだが。
彼女は人間だ。
当たり前のことを言うなと思った者たちよ、なれば問おう。
汝らは人間か?
否、答えは否である。
俺からすれば君たちは全員人である。
違いがない? 人と人間は一緒?
はっ、笑わせないでくれ。君たちは俺と同じ人だ。
人は種族を分類するのに使われる言葉だ。
対して人間は種族の中でも知能を持ち、そして知性がある。
そう考えると、アニメや物語に登場してくる空想人物たちは人間としての理想系なのだろう。
だからこそ、人はそれに魅了され夢中になる。
俺も人だからこそ、彼女や他の空想人物たちに憧れ敬愛しているのだろう。
自分にないモノを携えている彼女たちは、良くも悪くも羨望の的になる。
この新しい世界でそういった人物に出会えれば、柄にもなくときめいてしまうかもしれない。……男にはときめきたくないけど、ドキドキはするんだろうなぁ。
俺はノーマルだからね? 勘違いしないでよね?
取り敢えず出会いを求めてどの方向に向かうかこの木の棒、もといステッキで決めようか。
えっ? 出会いを求めるのは間違っているって?
ダンジョンに潜っていないんだから間違ってはいない!
ここは森だから関係はないはず……多分。
さーて、街がある方向は……真っ赤なお鼻の猪さんがいた方向を指示したよ。
期待を裏切って倒れない、っていう選択肢かと思ったけどそんなことはなかったか。
あまり気乗りはしないけど進むしかないかなぁ。
迷宮の時も気乗りしていなかったじゃないかって?
それを言うなよ、涙目になるだろ。
俺はセンチメンタルなの。
信用してないな、おじちゃん悲しいよ。
まぁ、指針を示してくれたし鬼が出るか蛇が出るか。
生きているという実感を持って、木の棒が示してくれた方角に進んでみるとしよう。
自然と口角が上がって笑みが浮かぶ。
しょうがないだろ?
退屈な毎日だった俺からすれば、熱中するかもしれない何かを見られる可能性があるのだから。