15話 散歩である。それは子供の鬼ごっこ。
机が立ち並ぶ教室で、見たことのある人たちがグループに別れて談笑している。
その間を通り過ぎて、教室後ろにある棚から自分の荷物を取り出して教室の外に出た。
そこにも談笑している人がいたり、体操着に着替えて廊下を歩いている人もいる。
こんなに人がいても、俺の耳には自分が歩くときに上履きが鳴らす足音だけ。
顔を上げても覚えがあるような顔の人もいれば、靄とは言わないまでも顔を認識できない人も結構いる。
下駄箱につくと、隣に一つ上の部活の先輩がいつの間にか立っていた。
俺が声をかけようとした瞬間に周囲が塗り潰されていくように白くなっていく。
最後に見えた先輩の口元、何か話していたようだが俺の耳には相変わらず周囲の音が全く聞こえなかった。
――――――――――
「今、降参と言ったか?」
「ええ、俺の攻撃手段はさっきの雷で最後ですのでこれ以上は時間の無駄でしょう」
「戦いではそんな甘えは許されないが?」
「確かにそうですね、それでしたら俺は死亡ということで構いませんよ」
「潔く死を認めると?」
「少なくとも思うところがある状況以外では、抗うことはしないでしょうね」
問答の途中からライラさんの視線の圧が重くなる。
俺の背中に冷や汗が垂れるほどの何かを本能が感じているのだろう。
恐怖と……絶望かな。
「なるほど……分かった。それでは試験は終了だ、結果は後日伝える。今日はもう帰っていい」
ライラさんの手元から細剣が消えると、そのまま演習場から出て行った。
せめてこの場で合否を伝えてくれれば面倒が少なくて済むのに。
果たして合格なのか不合格なのか。
終わってしまったものはしょうがない、せっかく演習場に来たんだからこの中を探検でもしようか。
冒険はいつだって男のマロンだ! ……ロマンだ!!
―――――
なんだあれは。
演習場から出ていきながら、ライラはさっきまで戦っていた青年を思い出す。
口調は貴族のようで、戦闘力は魔法を使って接近戦をしなかったことから支援タイプ。
ナイフの投擲もこちらに向かってただ投げただけ。戦いの経験も皆無なのだと予想がつく。
しかし、1度……いや2回か。空気が変わったのは。
左手で指を鳴らす直前に何か嫌な感じを青年から感じ、最後の問答で死の気配が青年から巻き散らされた。
あの死の気配以外はただの一般人。
にもかかわらず、これまでの経験が私に囁く。
あれは生かしておいてはいけないナニかだと。
迷い人は基本的に何の力も持たない。
魔法や戦いに身を置いていた者であれば、その経験でこの世界でも生きていけるだろう。
ただ世界は広い、戦いとは無縁の世界から来るものも当然いる。
あの青年は間違いなくそうだろう。
そんな世界の人間があれだけの死を漂わせる?
異常だ。
試験前日、彼女がわざわざ私に忠告してきた理由も納得した。
ちぐはぐなのだ。
普段は一般人、ときどき化物。
一人にするのは危険という案には賛成だ、が。ある程度の力を持つ者は死の気配に敏感だ。
そうなると困ったな。
さっきの戦闘試験で戦闘力がなかった場合はその場で終わり。不合格を言い渡すつもりだったが、私に剣を抜かせた。
その一点を見れば合格であり、一般人というくくりから逸脱している。
冒険者ギルドまで戻って来て受付を通り過ぎて扉を開けると、そこには3人が座って待っていた。
「随分と遅かったではないか、どうであった?」
執務机に座っている老人がこちらを向く。
さっき起きたことを話して結果がどうなるのか。
私としては、もう少しだけ観ていたくなったとだけ伝えておこうか。
―――――
あ~る~こ~う。あ~る~こ~う。
私は~迷子~♪
闘技場を後にして新しい場所を開拓していたら、完全な迷子になってしまった。
建物は立派で、近くには頂さえ見えない巨大な幹。
ギルドがあった下町とはまた違う建築様式に、俺は開いた口が塞がりません。
高いところに出られれば、今いる場所を確認できるんだけど。
この街で一番高いのはお城でしょ? そこは入れないからこうして街をぶらついているわけなんだが……鼻歌が出るくらい楽しいね。
ただ、危惧しつつもある。
見慣れないもの連続で常に楽しいが、これに慣れてしまうとちょっとしたことでは盛り上がらなくなってしまうではないか。
そんな考えをしてしまったせいでちょっと気分が落ち込んでしまった、
いけないなぁ、期待をしすぎてもロクなことにならないのはこの20年で嫌というほど学んだのに。
「本当にいけないなぁ」
目の前にどこかで見たことの雄んなの子が、黒い服を着た集団に腕を引っ張られていた。
こういう時ってなんで黒い服を着るのが多いのかな?
派手な服だとそれはそれで問題か。
さっきと同じように指を鳴らして、俺と黒服の間の電気抵抗値を下げるために心内で念じた。
電装のナイフを上空に放り投げて俺の左手から電気が発生してナイフまで走る。そのままナイフから腕を掴んでいる黒服以外の全員に雷を命中すると、いきなりの攻撃に少女の腕を放して周囲を警戒し始めた。
「チェック」
もう一度指を鳴らすと、黒服が音に反応してこっちに視線を向けるが残念。
電気の流れる速さを舐めるなよ?
光の速度と同じぐらいだと例えられているぐらいだ。人の定義から外れた存在でないと電気の流れなんて目で追えないだろう。
放り投げたナイフが地面に落ちる前に、再び左手から電気が発生してナイフに走り残った黒服に直撃する。
「やっぱりすげーわ、これ。1部には効かないけど初見殺しにうってつけ。」
黒服から焦げ臭い煙が上がっているけど、起き上がろうとしていることから生きているようだ。
この世界にいる人たちって本当に頑丈だね、ゴキみたい。
「よ、坊主! また会ったな」
何もなかったように手を上げて少女に挨拶すると、向こうは驚きながら足を引いていた。
まぁ、警戒しない方がおかしいか。
「お前、なんでここに」
「今日ギルドの試験があってな。それの帰りに散策していたら嫌がるお前を連れて行こうとするこいつらを見つけたからバリバリっと痺れさせた訳」
「痺れさせた? これがか」
少女の目線はいまだ動けないであろう黒服に向いている。
う~ん、ちょっと電圧が高かったかな? ちょい焼きみたいになってるし。
この匂いが癖になったら俺は人を辞めてるね。
「ほれ、一先ず移動しようぜ? ここにいるとま~た怖いおっさん共に連れていかれるぜ?」
その言葉で少女が苦虫を噛み潰した顔をするのを見て、ナイフを拾いつつ少女の横を通り過ぎるとその後から小さな足音が聞こえてきた。
移動しようとは言ったけど、ここに来たばかりの俺にはどこに何があるのかさっぱり。
最初の目的に沿った探検をしながらどうするかを考えよう。
うん、それがいい。
まず最初に探すのは飯屋だな。
頭を使うと腹が減るのは世の摂理とはいえ、低燃費のやつが羨ましい。
だから腹が減らないように運動を極力抑える引きこもりをしていたというのに、俺を走らせんなよな!
少女の手を取って走り始めると、人込みに紛れていた黒服たちが追ってきた。
優秀すぎるこのモノクルにキスしたくなるぜ。
名前:??????
種族:??????
出身地:森林樹
職種:??????
レベル:??????
特技:??????
称号:『追跡者』、『??????』、『??????』、『??????』
これだけだと判断材料としては足りないんだけど、さっき痺れさせた黒服も全く同じ解析結果だったからな。
そうなれば流石に逃げるわ。
そこの角を曲がって目の前にあった樽の影に少女の口を塞いで隠れる。
少女が『ん~!』と何か叫んでいたが俺が『静かに』と耳元で呟くと、ビクッとした後に急におとなしくなった。
死んじゃったかなとも思ったけど、手の平に少女の息が当たっているから生きているはず。ロリコンだったら大歓喜間違いなしのシチュエーションなんだけど、どっちかっていうとミレルさんの方がいいんだっ!
俺の手の平を噛んだ少女はこちらを睨んでいた。
女の人って他人の機微に敏感だっていうけど、何か感じ取ったのだろうか?
怖い怖い。
隠れてすぐに黒服が目の前を通り過ぎて、『どこにいった!』と叫びながら目の前を駆けていった。
黒服たちが見えなくなってから少女の口から手をどかす。
「……私の顔を変態の手で触られたのが父様に知られれば変態の首が飛ぶだろうが、今回は見逃してやる。助けてもらった礼だ、今回の件は不問に致す」
「そりゃあどうも坊主、助けた礼で殺されたら叶わんぜ」
人の善意が悪意になって返ってくるのはよくあることだけど、この少女はそういったことはしないのだろうか?
そういうことをしてくるならこの後は適当なところで別れていたのになぁ。
「ところで変態、なんであやつらは私に気付かず通り過ぎていったのだ?」
「そんなの俺が魔法使いだからに決まっ――痛いわ!」
「あぅ」
俺の腕に噛みついている少女にチョップをして少女を腕から引き離す
頭を押さえてこちらを睨む少女だが、めっちゃ可愛い。
俺にそっちの道に走らせないでくれ、でも……可愛いものは可愛いんだぁ!!
「魔法の発動する気配はしなかった。そうなれば変態の能力か何か別の力があったと考えるのが普通だ」
面白いことを言う。そしてアンノウンが一部アンロックされて、この少女について小指一本ほどだけど分かったことがある。
名前:??????(????)
種族:??????
出身地:森林樹
職種:??????
レベル:??????
特技:『魔力感知』、??????
称号:『??????』、『??????』、『??????』、『??????』
ビンゴカードで言う真ん中のFree、出身地は開いていたんだけどノイズと共に特技の一つが視えるようになった。
これを全部開けるのに一体何回抽選くじ引けばいいのやら。気が遠くなりそうだぜ……。
景品は次の世界の鍵だと面白いんだけど、世の中はそう単純じゃないってね。
「答えのヒントぐらいは教えてあげるか、正面のガラスを見て見な」
こういう時って煙草を吸いたくなるんだけど、子供の前で煙草を吸うほど腐ってないんで。
つか、手元に今ないから吸えねぇ。
新しい嗜好品、早く見つけないとな。
―――――
「ほっほっほ、なかなか奇怪な術を使う青年ですな」
「拘束しますか?」
「いえ、今から戻ってもサウル様とのお食事会には間に合わないでしょう。そちらは私の方で対処しますので、ルイーシャは1時間ほど経ってからお嬢様を迎えに行ってください」
「それでよろしいのですか?」
「構いませんよ。気にならないところがないわけではありませんが、もしもの時はあなたが出ることを許可しましょう」
少し離れた屋根の上で、黒服の二人がシリスたちを監視していた。
シリスが少女を他の黒服たちから連れ出したのを一部始終見ていたのだが、ルイーシャが『確か、あの少年……』と呟いたことによりもう一人の老人が様子を見ることにしたのだ。
「しかし不思議な青年ですね。先ほどの魔法、中級魔法くらいの威力ですがどうにも魔法使いの出で立ちに見えない。まるで寄せ集めの装備を見に纏った一般人のようだ」
少年の出で立ちは先日の格好と打って変わって、冒険者のように所々防具を装備している。
見たことのない装備もあるが、右手に装備しているのはクロトウルフの手袋。履いているのはブラックドラゴンのブーツだろう。
あそこまで装備に一貫性がないのも変だが、情報によれば彼はつい最近来たばかりの迷い人らしいではないか。そんな青年が、この世界でも強い部類に入る装備を集めることが出来るだろうか?
そんな彼に対して、普段のお嬢様ならしない怒った顔や見たことのない顔をしている。あのことがあってから仮面を被っていたお嬢様だけど、今の方が私も親しみやすくて好きだ。
「ふむ、お嬢様が気をお許しになった数少ないお方だ。手荒なことはしないように他の者にも伝えておきましょう」
その言葉を最後に老人の姿が消えて、ルイーシャがもう一度二人に視線を向けると手を繋いで通りを歩いていくようだ。
先ほども路地から通りに出た瞬間、私たちに見つかったというのに。
周囲の警戒がお粗末過ぎて苦笑してしまう。
「まったく、少しは学びなさい迷い人さん」
ルイーシャの姿が消えると、二人から少し離れたところにいた数人が音もなく消えたことに誰も気付かなかった。
―――――
はてさて、困ったことがあるんだけど言っていい?
ここの物価が二日前に買い物したところの数十倍なんですけど……頭おかしくね?
スープ一杯銀貨四枚だって、馬鹿じゃないの?
それだけあったら串焼き何本帰ると思ってるんだ。
「何も買わないのか変態?」
左隣を歩いている少女が何かのスティックを齧りながら聞いてくる。
適当な露店に寄ったとき、平然と金貨を出して自分の分だけを注文して買っていた。
そこは助けた俺の分までお礼をするものじゃないの?
まぁ、子供だしうるさく言わないけどさぁ。平然と隣でスティックをポリポリと食いながら買わないかどうか聞いてくると温厚な俺でもイラッと来ちゃうよ?
「金がないの、昨日全財産を使っちまって一文無しでね」
秘密基地を掃除するのに買ったクルルトですべて使い果たしたのだ。
冒険者で小銭稼ぎをする予定だったのだが、試験の合否が分からない今依頼を受けられない。ましてや不合格になっている可能性が高いから、永久に受けられない可能性もあるのだがそれはそれ。
「おかげさんで朝から何も食べてなくて腹ペコだよ」
「そうか、街の外に野草が生えているらしいから金がないならそれを食えばいい」
お前が奢ってくれるという選択肢はないのか少女よ?
年下に奢られるのは格好がつかないけど、わざわざ野草食ってろとスティックを食いながら薦めて来るか?
しかしいいぞ、その返し方は嫌いじゃない。
「坊主が食べているスティックをくれるという選択肢はないのか?」
「なぜ私が口をつけたものを変態にあげなければいけない? 気持ち悪いぞ」
ここで少女が持っているスティックを奪い取って食べるのがテンプレ。
でもそんな俊敏な動きが俺には出来ないからそのスティックをじっと睨みつける。
それに気付いた少女は嫌そうな顔をしてスティックに目を落とすと、それをそのまま口の中に突っ込んだ。
そこは俺に少しくれる流れじゃないのか、少女よ?
「……表情と行動が合っていないぞ坊主」
「いやらしい視線を向けられて嬉しいやつがいたらそいつは病気だ変態」
「俺が見ていたのはお前じゃなくて、その腹に消えたスティックだ」
「食べ物に欲情するのは末期だぞ変態」
楽しい、楽しいけど腹が立つ。
この少女、見た目は年下なのだが反応がどうも子供らしくない。
俺とタメだとしたら子供体型でいじるのが怒りを買う。年上だとしたらロリババアと言えばいいか。
「おい坊『いたぁぁぁああああ!!』――?」
大きな女性の叫び声を聞いて俺と少女の足が止まると、後方から誰かが走ってくる音が聞こえて来る。
俺が後ろを振り向いて誰が走っているのかを確認すると、そこには森林樹に来てから大変お世話になっているミレルさんがいた。
「迷宮の運び屋か」
少女が呟いた声を俺の耳は奇跡的に聞き取れ、それを聞こうとした瞬間俺の頭が誰かに掴まれる。
この握力、掴み方……間違いない。彼女だ。
「シ~リ~ス~く~ん? 楽しそうだね?」
いつぞやも聞いたその台詞。
ならば、ここは答えねばなるまい!
「はい、この街は全部新鮮でとても楽しいです!」
「ギルティ!!」
「いだだだだだだっ!!」
ミレルさんもう少し加減してください、子供が見ているんです。
俺の子供じゃないですけどね。