13話 秘密基地である。それは男のロマン。
銃を手に入れた次の日、ギルドの受付嬢さんから言われた試験前日である。
昨日と同じ宿屋に泊まった俺は、自分の寝ていた枕を胸に抱いて座ってボーっとしながら回想している最中だ。
武器を貰って閉め出されるかのように珍生物が住まう『Dの武器屋』を出たら、少し離れたところでミレルさんが道具屋のお店の階段に座りながらこちらを見ていた。
そういえばミレルさんの存在を忘れていたのを今更ながら思い出したが、それなら疑問に思うことがある。
大抵こういう場合は付き回した張本人が勝手にお店に入って、付き回された方は置いてけぼりをくらう。
そうなるとこちらを睨むなり何かしらの怒りの様相をするものだろう。
それがどうだ?
俺がミレルさんに近付くとほっとしたとでもいうような安堵の表情を浮かべたではないか。
「良かった、無事に出て来られたみたいね」
「すいません一人で待たせてしまって……ん? 今なんて言いました?」
同時に話したせいで聞き取り辛かったが、そこまで俺の耳は難聴ではない。
「あそこに入ってから出て来る人って基本身ぐるみ剥されることで有名なんだよ? でもシリス君は特に変わった様子もなく出てきたから何も起きなかったと思っていたんだけど」
そんな危ない武器屋なのかよ!
鳥の糞被害に遭う俺の絶望的なLUCでよく出て来られたな。
ドキドキと心臓がうるさいくらいに早鐘を打ち始める……胸が苦しい。
「何もないことはありませんでしたよ、珍生物には遭遇しましたし。あとは自分には近接距離を戦うための武器に才能がないと分かったくらいでしたかね」
その代わりに俺は中・遠距離武器となるリボルバーが手に入ったわけなんだが。
しかし、手に入れたリボルバーには二つ問題がある。
一つは、ホルスターがないことによってジャージのポケットに無造作に突っ込まれていること。
なんとか全部入ったが、不自然に盛り上がっていることは隠しようがない。
そしてもう一つ、さっきのよりこれが死活問題と言ってもいいかも。
輪胴、回転式弾倉と言った方が早いか。実包が入っておらず空砲である。
つまり、弾がないので攻撃方法が撃つではなく、投げるか殴るの二択しか取れないのだ。
とんだ欠陥武器である。
こういうところだけは俺のLUCが仕事をしたと、実に褒めたくないところだ。
ふざけろっ。
「珍生物って……駄目よシリス君。本人の前でそういうこと言ったら怒られるんだから」
怒られる以前に鯱にされかけました。
多分もう言わないとは思います、直接は。
「でもそこまで嫌悪されなかったみたいなので明後日にあるギルドの模擬戦が終わってからまた来ようと思います。もしかしたら自分に合う武器があるかもしれませんから」
「あら? 武器は買ってこなかったの」
「ミレルさん、今朝も言いましたけど俺この世界に来たばかりで一文無しなんですよ? お金もないのに武器とか買えるわけないじゃないですか」
お遊びで所持金は少しゲットしているけどそれは言わぬが華。
バレたら何が出て来るか分かったモノじゃない。
「そっか、そういえばそうだったわね。称号にも『ヒモ見習い』って出てたぐらいだものね――わっ、わぁぁあ! ごめん、シリス君!!」
称号の名前が出た途端、俺はorzと膝から崩れ落ちてしまった。
ここに来る前だったらヒモもいいなと考えていたけど、いざ美少女に面と向かって言われてしまうと言い知れぬダメージを受けてしまう。
シリスは心に決して消えない傷を負った → 失恋はしていない!
仕方ない、こういう時は何かをして忘れる事にしよう。
まぁその何かっていうのも今の状況を踏まえれば一つしかないんだけど。
模擬戦に向けて特訓あるのみだ!
あ~、思い出した。
あの後、花畑に戻って特訓を再開したんだ。部活を始めたばかりのころみたいに体力が残ってなかったから長く続かなかったけど。
そのあとはミレルさんの口頭での説明で体内にあるという魔力を探るためのトレーニングをして、昨日の酒場で飯を食って寝たんだ。
見事にヒモ生活をしているな。
数日前の俺だったらベッドの上で最高だ~と言っていただろう。
でも、今の現代オタクが一度は憧れる冒険者になったんだからヒモになりたくないのよ。RPGの基本であるレベル1からニューゲーム。
そう考えるとこいつはレベル1では装備が出来ない上等な武器なんだろうな。
ベッドの隣にある台の上、そこに置いてある昨日手に入れたリボルバー。
今の俺には役に立たないが、いずれは戦力になる貴重な武器だ。手入れの方法とかは分からないけど、布で乾拭きぐらいはしないとな。
これを使えるレベルまで上がったら目指すのは彼しかいない。
黒い帽子を深く被り、黒いスーツとシャツで早撃ち速度が0.3秒と言われる泥棒一味のガンマンだ。
ヘビーではないモノの、俺も酒を飲んだりするときには煙草を吸う人種である。
自分の知っているキャラクターに憧れるのは詮無いことだ。
ちなみに間抜けな俺はすっかり忘れていたことだが、俺が手に入れたこの銃の鑑定結果で興味深いことが分かった。
名前:??????
必須技能:遠距離適正
必要レベル:2
強化レベル:1
能力:『??????』、『??????』
名前と能力は俺の友達の?君でいっぱいだが、新たな項目である3つは珍しくもオープン状態だ。
てっきり社会の窓が全開だと女子に指摘されたときばりの恥ずかしさで?君の後ろに隠れる物だと思っていたのだがこれには訳がある。
銃以外でも珍生物の武器屋にある武器にも当然鑑定は働いていた。
その際さっきの銃と同じ項目が出てきたのだが、ショートソードとかいろんなゲームで出て来る同じ武器の名前とかは最初から表示されていたりした。ただ、残りの4項目はすべて?君で埋まっていたのだ。
それが変わったのは装飾が立派なボウガンに弾かれてからだった。
俺の記憶に間違いがなければ最初のボウガンの鑑定結果はこうだ。
名前:??????(??????)
必須技能:??????
必要レベル:??????
強化レベル:??????
能力:『??????』、『??????』、『??????』、『??????』
能力の数は店にある物の中で一番だったのだが、触ってバチッと弾かれたときにミレルさんとの出会いの時のように一部がきれいに塗り潰されました。
電気が走ったときに俺のモノクルが誤作動を起こしたのか、正常に戻ったのか。
もしくは俺の身体に回路が作り上げられて俺自身が進化したのか……ごめん。一番在りえないパターンだわ、忘れてくれ。
そんでまぁ塗り潰されたあとの鑑定がこれよ。
名前:??????(ロストアーツ)
必須技能:遠距離適正、魔力強化、雷魔法、『??????』
必要レベル:30
強化レベル:4
能力:『貫通力強化』、『??????』、『??????』、『??????』
今の俺からすると化物レベルの武器だという情報が出てきたのだ。
他にカウンター上に載っていた武器たちも視えなかった必須技能と必要レベル、強化レベルがすべて開示され、いくつかの能力欄も視えるようになっていた。
それは店の名にある物も例外でなく、急な変化に戸惑ったくらいだ。あのときの俺が騒がないでいられたことを褒めてやりたい。
あのとき珍生物から『天職』という気になる言葉が出てきたが、一昨日読んだ『冒険者における基礎知識全集』にはそういった単語はなかったはずだ。
鑑定結果にもそれらしき言葉が見当たらない。
必須技能が天職に関係があるのなら分からないでもない、分からないでもないがなんか違う気がする。
……やっぱり載っていないな。
銃を片手に持ちながら、昨日借りてきた本のページを捲っているがどこにも天職という言葉が見当たらない。
あの時の珍生物が発した『天職持ち』という言葉は、俺がバチッと武器に弾かれた瞬間だった。
俺のステータス欄は昨日と変わらずで、レベルも上がったわけでもない。
隠されたステータスというのがあるっていうなら分からないでもないけど、今までの傾向だとステータスの称号欄にでも反映されてそうなものだがそれもなかった。
分からん、分からないものをそのままにするのは好ましくないが、今の最優先事項は明日にある模擬戦だ。
戦う術を何一つ持たないっていうのは、森に行かなきゃいけないということを踏まえるとこの銃が使えれば手っ取り早いんだが使えない。
一先ず魔力という俺の中にあるかもしれない不思議パワーを探っているのだけど、これも上手くいかない。
一日やそこらで使えるようになれば、『俺、主人公している!』。と、気分も上がるんだが主人公とか柄じゃねぇ。
地道に一つ一つ解消していく方がその他大勢の一人である俺らしい。
今日はミレルさんが所用でこちらに来れないと言っていたから一人きりの日だ。
女性がいては出来ない個人的な趣味や言動を聞かれることのない素晴らしい時間。
何しろ――「猫を被るのは割かし疲れるんだよ、ほんと」
銃を置いて左手で顔を覆うととても楽しくなってきて笑みを浮かべてしまう。
起きている時間が楽しいのっていつ以来だ?
少なくとも、高校で初めてエロゲに触れて各キャラを攻略するために2徹して……感動した結果毎日ストーリーを脳に刷り込ませるために睡眠時間を削ってたときか?
今は充分な睡眠を摂ることも俺の趣味に入っているから、一日の活動時間が昔に比べて減ったけど後悔はしていない。
年を取るにつれて精神が摩耗したのか肉体が衰えたのか知らないけど、他に楽しいことが見つかっても睡眠時間は変わらないだろう。
時間を忘れてもう一度本を読み終わると、動物の鳴き声が聞こえてきた。
おかしいな、この部屋に動物は飼っていないはずなのだが……俺の腹か!
朝ご飯食べてないから当たり前って言えば当たり前なんだけど、俺寝起きでご飯食えないし。むしろ気持ち悪くなるわ。
起きてから2時間後くらいに子茶碗と味噌汁にウィンナーが2本あれば充分だろ。
そんで、俺のお腹が鳴り始めたということは起きてから3時間は経過している証拠。
切りもいいし、冒険者ギルドに向かう散歩がてら買い食いして行こう。
昨日の図書館で目星をつけた本を読むのもありなんだけど、今日はまた別の目的で向かうつもりだ。
そうと決まればLet’s go!
やってきました冒険者ギルド。
俺の手元には紙に包まれたホットドックならぬ『クルルト』と呼ばれているものが7つ入った袋が握っている。
口元にもケチャップがかかったソーセージドッグを口にくわえて、冒険者ギルドの外観を眺めています。
長い間眺めていれば慣れてくるのだろうが、生憎と異世界生活二日目だ。
見る者すべて珍しいのだ、じっくり見るのも致し方あるまい?
まるで外国に初めて来た田舎者?
いいじゃないか、珍しいものは未知への探求だ。こうして何かに興味を抱くのは悪いことじゃない。
場所は昨日トイレに向かうときに見つけていたから問題はない。
中は昼過ぎもあって人もまばらにいる程度、今日は受付にも用がないからスルーで。
途中に図書館があって心惹かれたが、断腸の思いで通り過ぎる。
絶対にまた来るから、俺もっと頑張ってからまた来るから。
待っててくれ、6冊の本たち!
そんなことをやっているうちに目的の場所にご到着さ。
テッテレー、空き倉庫~。
…………誰だ、ショボいと言ったやつは?
公共の施設で私物化するなと言われればそれまでなんだけど、これに関してはモーマンタイ。
昨日ミレルさんとの特訓帰りに冒険者ギルドの施設で使える部屋を聞いたときに、訓練場やこの空き倉庫のことを知ったんだが面白いよ。
施設は基本すべて利用自由。
使えない場所はいくつかを除いて閉鎖されているらしく、普段は視界に入ることすらないから気にしなくてもいいらしい。
ということは?
視界に入ったモノクルじゃないと視えない部屋も自由に使えると言うことでしょ?
正に至福! 誰にも邪魔されることがなく、初めて見る物を安全なのか危険なのかを判別しながら一日を過ごす。食事は買ってきているから問題ない。飲み水に関してはこの部屋の中にある水道から貰うとしよう。……錆びてなければいいけど。
よっこいしょっと。
大学を卒業して社会人になってから癖になった3種の仕草。
№1、ため息。
何でもないときにふと出て来るよね。
№2、動作を起こすたびの掛け声。
学生の時は元気があってスポーツをしているときぐらいしか出なかったけど、今ではふとした拍子に出る。
№3、欠伸
疲れが取れない毎日の反動で、常に眠い俺を誘惑してくる魅力的な習性。
内ポケットからギルドカードを取り出して、俺の前に並べる。
載っている情報は何一つ変わりない。
この『ヒモ見習い』も消えてくれてないのが残念ではあるが……しょうがないか。
次は俺がかけているモノクル。
モノクルを外してもこの部屋が真っ暗になるということはなかった。
入口も視えているということは安心して作業が出来る。
やっぱり傍から見ればただのモノクルだ。特別な装飾もなく、顔から外せばただのガラスと変わりはしない。
以上、目の前に置く物一覧である。
俺の大事なものは現在これだけ……少ねぇ。
あっ、もう一個あったわ。
ポケットに入れた名もなき拳銃。
あのボウガンよりは性能が落ちると思われるが、格好いいから許す。
そもそも性能云々の前に、俺が使わせてもらう立場だ。
大事にするよ、相棒。
計3つ、駆け出し冒険者にしては捨ててはいけない大事なものを持ってる方ではないか?
さすがに『幼馴染のお守り』だとか『古い指輪』などといった今後のキーパーソンになりそうなものは出生が凡人の俺には縁遠い代物だ。
出した物をもう一度仕舞うと、実況見分のお時間がやって来る。
鑑識経験がない俺でもやれる安心安全のモノクルによる危険物察知。
まずはこの棚から行こうか。
一個凄い主張をしているものが視界に入ってしまったが、我慢をして左上から順繰りに片付けることにしよう。
名前:千年樹のジョッキ
レア度:Ⅳ
説明:千年を生きる大木から切り出された枝を使って仕上げられたジョッキ。魔力を多分に含ん
だ枝から作れたそれは、何を注がれてもうっすらと染み出る千年樹の魔力水と合わさり極上
の味へと変貌する。
名前:ミスリルのブローチ
レア度:Ⅱ
説明:ミスリルで加工されたただのブローチ
名前:ペットボトル
レア度:Ⅰ
説明:異世界から流れ着いた500mlペットボトル。
名前:クロトウルフの手袋
レア度:Ⅲ
説明:ウルフ種の中でも、上位の強さに位置づけされるクロトウルフの毛皮で作られた手袋であ
る。耐寒、耐斬性に優れているためとても重畳されている。
無造作に置かれているけど、これが今見た棚の一番上に置いてあったやつだよ。
少ないとかいうなよ? そもそもの話、棚と言っても高さもそんなにない本棚のような形をしているんだから。
でも今見た四つ、頭とお尻は素晴らしいね。
ジョッキ、されどレア度が一番高い。多分数字が高いほど貴重価値が高いのだろう。
なぜそうだと断言できる理由が3つ目。
ペットボトルってこの世界にもあったんだなぁと思ったら、説明にも流れ着いたとか書いてある。しかも説明が短い。
大して頭、一番手に出てきた先鋒。千年樹のジョッキ。
説明が流いし、使われている材料がとても貴重そうな感じで教えてくれるじゃないか。
これで数字が低いとレア度が高いと言われたら俺はモノクルを叩き付けてしまうかもしれん。
それこそ刀を受け取って思ってたのと違うと短剣にした某少年のように。
欲しいというかサバイバルをすることを考えればこのジョッキは買いだ。でも持ち歩く手段がない……しょうがないからこのクロトウルフの手袋だけでいいか。
出来れば両方欲しかったが、片方しかないならそれはそれでありだ。
俺の封印された昔の心が疼き出してしまう。
でもこれは楽しいな、見ればどういうものか分かるってなら鑑定を商売に生きていくのも面白いかもしれない。
――いや、それは冒険者生活を満足してからだな。
このまま鑑定生活をするなんてそんなツマラナイことはしたくない。
俺の底なしの食欲も頭を使えば使うほど増すから、時間をかけすぎると俺の底なしの食欲のせいで一度食材調達のために外出しないといけなくなる。
ナンセンスだ。
そんな無駄な時間を使う暇あるのなら夕方までにこの部屋の物色……秘密基地探検を済ませないと。
まったく、わくわくはいつだって最高だぜ!