12話 武器屋である。それは銃刀法違反。
俺が雄んなの子事件で呆けて20秒。
何も見なかった、そして何も聞かなかった。
よし、バーガーを買いに行こう。おまけは何だろなぁ~。
「シ~リ~ス~く~ん? 楽しそうだね?」
……おまけが貴方とは聞いていませんよ、ミレルさん。
振り向いた瞬間にそこにいたのは花畑にいるはずの先生。
手を後ろに組んで青筋を浮かべ、何も感じられない笑みというダブルパンチをしたミレルさん。
ではこちらは昇竜拳だぁ!
「はい、異世界のモノって全部新鮮でとても楽しいです!」
「まさかの笑顔、いやそこまで屈託のない笑みを浮かべられると怒る気が――失せないのよね!」
ガシッと顔を掴まれた。
おぅふ、俺の必殺技は敵に躱されてしまったようだ。
なんという身軽さ、AGLの高さが目に浮かぶようだぜ!
「いだだだだだだっ!!」
「あら失礼。力を込めすぎてしまったわ。買い物は無事に終わっているみたいだけれど、それならなぜ? なぜ戻って来なかったのかしらシリス君?」
やっべぇーよ。
考えたくないがミレルさん脳筋説が浮上してきた。
ミレルさんの柔らかい手、正確には指を引き剥がそうとしているのだがビクともしない。
力強さ、STRも俺より格上でしたか!
「迷子の子供を親元に届けていただけです! だからその手を」
「その言葉、嘘偽りなしと何に誓って申し上げられますか?」
言葉遣いが急に変わったミレルさんの雰囲気が手の隙間から覗ける俺の瞳に写る。
手の掴む力が弱くなったが、抜け出すのはまだ難しい。
しかし、何に誓える……か。
俺の性格、そして今まで生きてきた中で培った俺の経験から誓えるものはたった一つ。
「誓えというならば俺に誓える価値のある物は一つだけですね、――自身の命を秤にかけて断言しましょう。先の言葉に嘘偽りは決してないと」
バッと顔から手をはがしたミレルさんは今まで見たことのない表情で俺を見て来た。
その後少しの間お互いに無言になってしまい、とてもじゃないが気まずい。
こんないかんともしがたい状況を打破するために、1つの計画を繰り上げることにした。
「そうだ、街中で合流したのも何かの縁ですしこれからデートをしませんか?」
「そ、そうね。せっかくだしそうしましょうか、デート。……デート? デェぇぇぇぇぇえええ!?」
目まぐるしく表情が変化するミレルさん。あと一つ表情が出れば喜怒哀楽に並ぶもう一つの四字熟語が誕生したかもしれないというのに、残念。というかとそれぐらいの表情の移り変わりだった。
最後に面白い悲鳴を上げていたが、さっきの表情に比べれば今の表情が全然いい。
長く薄い関係が続くよりも、短くても濃密で印象深い付き合いの方が性に合う。
ミレルさんの手を取った俺はそのままとある店に向かって歩き出した。
……勝手に手を取ったけどあの力で殴られたりしないよね?
―――――
気が動転して少し呆けていた間に、私は手を握られシリス君の後ろについて歩いている。
いつもなら払いのけて一撃を入れるのだが、横から見える彼の顔を見てその気が失せてしまった。
本当に楽しそうな笑みと、薄っすらと赤くなった顔。
無理をしているのと純粋に楽しんでいる、その二つが感じられればこちらも毒気を抜かれる。
これだけ見ればどこにでもいる普通の青年。
であればこそ、先ほど感じたことに理解が追いつかない。
つい地が出て口調が元に戻ってしまったが、その返答にまさか命を懸けるとは思わなかった。
私たちの一族は嘘をついていた場合に漏れ出る相手の臭いを感じることが出来る。
そして死の気配。
問答に嘘はなく何も臭うことはなかった、そう言葉に嘘はなかったのだ。
なのに全身から溢れ出た死の気配。
それは街に入る前に見た右眼から出ていた死の気配など比にならない。
事実、私がシリス君を見つけるまでに一緒にいた知り合いも感じ取ったのだろう。
尾行の為に消していた気配が急に高まった。
合図を出してすぐに知り合いの気配が消えたのでおそらく彼には気取られてはいないだろう。
それでもあの時の状況なら、誰も攻められはしないだろう。私でもあの気配を感じたら構える。実際距離を取ったとき、四肢に力を込めてその命を刈り取る覚悟まであった。
そのあと急にシリス君の死の気配が消えて普段通りに。
やっぱり彼は普通の迷い人ではない。
しかし、開門者であるならばそれ相応の武器を持っているはず。だが、出会った時から彼は着ている衣服とモノクル以外何もない。
となるとやはり彼は…………。
まだだ、まだ断言できない以上手を下すのは早い。
しかし次の鳴動の日までに不安要素は無くしておきたいし……。
まったく、どうしたものかしらね。
―――――
手を握ってから大分経ったと思われる。
ぶっ飛ばされると冷や冷やしていたが何事も起きなかったことに胸を撫で下ろした。
いやぁ、手汗が酷くなる前に離さないといけないのは分かってはいるのだけれどこの柔らかさ!
俺の顔を締め上げていたあの手とは思えないぐらいフニフニしているのだ。癖になってしまう。
さて、道具屋らしきものがあった通りには入っているからここら辺にあると思っていたのだが見当違いだったかな?
「シリス君、さっきからいろいろなお店を通り過ぎているけどいったいどこのお店に行こうとしているの?」
「本当は見つけてから話そうと思っていたのですがやむを得ないですね。実は――」
ミレルさんの方を向いて目指していた場所を話そうとした瞬間、俺の2つの眼がとある一点を捉えた。
1カメ、ミレルさんの右肩の先にある看板を。
2カメ、看板に描かれている剣のマークを。
3カメ、ドアの上に『Dの武器屋』を。
俺の目は2つのはずなんだが、モノクルが文字を訳して映すという在りえないもう1つの眼になってしまった。
とりあえず目的の場所を見つけた俺がやることはたった1つ。
「あったどぉぉぉおおおおお!!」
「きゃあぁぁぁぁああ!!」
「うぶっ!!!」
繋いでいた手を振り上げて衝動的に叫んでしまったが、まさか今頃になってビンタをもらうとは思わなかった。
よくビンタで気絶する場面を見るけど、俺はその仲間になれなかったようです。
くそ痛いわ、痛気持ちいいというヒトには申し訳ないが俺にはそれが分からないようだ。
「ごめんなさい! 大丈夫シリス君!?」
「だい……?」
喋ろうとしたら口の中に何か固いものが転がった。
これってテンプレか?
ペッ!
白い固形物と赤い液体。
名称は避けよう、頬は相変わらず痛いけどこれには俺もビックリだ。
う~ん、上の奥歯だな。今月の歯医者代いらなくなった。
歯磨きしづらい位置に大学生の時生えてきたものだから邪魔でしょうがなかったんだよね。
あっ、虫歯見っけ。
「ちょっと! 本当に大丈夫なの!?」
「大丈夫です、というよりありがとうございます」
ポケットに抜けた歯を入れてついでに血もぬぐい取る。
伸ばされた手を両手で包み、俺の家計を助けてくれた女神に感謝をしなければ。
ただ、ミレルさんが感謝の言葉を告げた瞬間俺から距離を取り始めたのはなぜだろうか?
まぁ、いいや。目的の場所も見つけたことだしさっさと行くとしよう。
サブイベント、『Let’s go 初めての武器屋へ』受注します。
初めての武器屋だ、締まっていこう!
グローブもキーボードもないから気持ちだけでも引き締めないと。
……ついでにミレルさんとの距離も縮めたいな。
カラン、カラン。
扉を開けるとそこには――赤いお鼻の猪の頭があった。
カラン、カラン。
あれ、あまりの出来事に店を出ちゃったけど今のは幻覚?
じんじんとする頬の痛みと抜けたばかりの歯があった場所に響く鈍痛があっても幻覚って見るものなのかな?
もう一度だけ、もう一回だけ確認しよう。
それでも駄目ならレイズしよう。
こっちにはジョーカーのミレルさんがいるんだ。スリーカードをフォーカードにするぐらいの能力をお持ちのはず……多分。
向こうも赤鼻の猪だとしてもロイヤルストレートフラッシュばりの力はないだろう……きっと。
カラン、カラン。
「客じゃないなら帰れ、商売の邪魔だ」
赤鼻の猪の前に箒頭の爺さんが現れた。
珍獣が増えた!
「Help me! ミレルさん珍生物です、助けて!!」
「誰が珍生物だコラ!!」
逞しくも黒く焼けた腕に掴まれ、店の外まで放り出された。
なんとか受け身を取って名物の鯱にならずに済んだ。
俺の身体カッチカチやからあのポーズは背骨が逝ってしまう。でもいつかは生で見たいな。
「ちょ、大丈夫シリス君!?」
店に入ったと思ったら飛んで出てきた俺に慌てたのか俺の元にまで寄って来る。
よかった、距離感が戻ったよ。そこだけに関してはナイス珍生物。
伸ばした手にミレルさんの柔らかい手が再び触れる。
やべぇよ、自分で自分が気持ち悪いわ。
初心な少年じゃあるまいし、でも美少女と手を握るというのはおじさんでもドキドキしてしまうもので……。顔がにやけていないことを祈ろう。
「怪我はしていないみたいね、でもシリス君が探してたのはここ……か」
声色だけだと分かる情報量にも限りがあるからミレルさんの顔を見たいんだけど、逆光で見えない!
後光が差すにもタイミングがあるでしょうに、まったく困ったデメテルや。
「よし、Try again。あの珍生物をどうにかすれば武器屋に入れる」
「あ、ま――」
カラン、カラン。
目の前にはこちらを見上げながら目を吊り上げる箒頭の爺さん。
「客じゃないならかえ――」
「ここにある武器を見させてください、お願いします!!」
会釈の角度は一般的には3種類ある。
1つは会釈。人とすれ違うときとかに使われるポピュラーな会釈で適性角度は15°ほどである。
2つ目が敬礼。軍隊や警察でよく見る手を頭に持ってくる方ではなく、お客さんとか目上の人に向かって使うごますりお辞儀だ。こいつの適正角度は2倍の30°。
最後が最敬礼。重役、もしくは心から感謝したり大変な失態を犯したときに使われるその人の心が表れる真のお辞儀。ちなみにこいつが45°の角度で一番身体を倒すので猫背の人は気を付けないといけない。
さてそんな俺が取った今回の会釈は角度にして90°。そう、直角である。
相手に頭頂部と後部を見せることから、こちらはすべてさらけ出して貴方に誠意を見せていますよというポーズをとっているのだ。
俺が勝手に生み出した格式あるお辞儀なので伝わる可能性は極々低いが。
「……客ならさっさと見て買っていけ。昼寝の邪魔じゃ」
ツンデレ?
爺の皮を被った珍生物もとい、老人が店の奥にあるカウンターに座ると肘をついてこちらを睨んでくる。
はいはい、立ち読みで5時間潰せる男がお店に入ったらどうなるか……覚悟せよ珍生物。
「さて順繰りに行くとしたらこの槍からになるか」
木の樽に無造作に突っ込まれた槍を試しに一本抜いてみると手にずしっとした重みが感じられる。
その場で上げ下げと軽く振ってみるが考えるまでもない。
これは没だ。
軽く振るだけで体が一緒に持っていかれてしまう。
そもそも何かが違うと訴えかける。
槍を戻して次に見るのは壁にかかっている片手剣。
空想上の敵を思い浮かべて掛け声を、面!
う~ん、……これも違うんだよな。
はっきりと言えない自分の語彙力が悲しいんだけど、真っ直ぐ振り下ろせなくてかつ一回振っただけで腕が悲鳴を上げている。こんな状態になる戦闘をすると考えたら『一撃の戦士』というデメリットしかないわ。
名前は格好いいんだけどね。
片手剣が駄目な段階で両手剣、斧、槌は選択肢から外れる。見ているだけでも面白いから一つ一つ見ていくけどな。デザインとか形状がアニメとかゲームでしか見たことのないものなんだぞ?
興奮しないほど俺は枯れていない!
次に目に入ったのは大剣の横にある盾――盾?
武器屋で防具を売っているとはいかに、と思って手に取って裏を見て唸ってしまった。
刃の切っ先が上下に一本ずつ固定されている。いわゆる仕込み盾だ。
でもこれも違う。盾はやっぱり四○勇者が使ってくれないと昂ぶらないでしょ。
そうなると見える範囲で俺の琴線に触れる武器はないかな。
夢はありそうだけど、現実問題レベルという概念があってもこれはゲームじゃない。
ハイになってるときにGAME OVER を考えるようなものだ。
デッド or アライブ。
この世界で前者を選ぶなんて愚かな真似をする?
却下だ、後者を選んでこその俺。
しかし、戦いがついて回るこの世界。戦う術がないと登山資格すら得られないときた。
しょうがない、珍生物に他に武器がないか聞いてみるとしよう。
一通り見て分からないことがあったらその店にいる人に聞く。
これが一番手っ取り早い。
「ジッさん、武器ってここに出ているので全部なんですか?」
「誰が珍……お前のその言葉遣い気持ち悪いのぉ。ここには出していないものも確かにあるが、癖のあるものや迷宮で発掘された物で使用用途が分からないものがほとんどじゃ」
「申し訳ないんですがそれも見せてもらっていいですか?」
「やめい、サブいぼが立つ!」
腕をさすりながら裏に引っ込んだ珍生物を尻目にもう一度店内をゆっくりと徘徊する。
一度は諦めてもその武器を見ること自体に意味がないわけではない。
俺の心を燃え上がらせてくれる燃料がそこら中にあるのだ、薪をくべないということはありえない!
でも心の炎が火に落ち着いてから気付いたけど、近接戦をこなせる武器しか置いていない。
さすがにそれは嘘だろうと思ってお店の中央に立ってグルっと360度を回る。
某一族のように少しの死角どころか穴だらけの視界に様々な武器が目に映っていく。
――ない。
槍は投擲する者だと言われればそれまでなんだけど、今陳列されている物の中に弓とかボウガンと言った遠距離武器がない。
この世界にいる人は遠くからネチネチと口撃するのが嫌いなのかな?
Tw○○te○とSNSって怖いよね。
でも、こうも考えられる。
さっき珍生物は癖のある武器は出していないと言った。となるとこれから出て来る武器は……。
「ほれ、全部は無理じゃが倉庫にあるもので目についたものはあらかた持ってきたぞ」
珍生物がカウンターの上に持ってきたものを並べていく。
弓、ブーメラン、ボウガンに笛? 楽器がなんで武器屋にあるんだ?
音色で敵を混乱させるとか? 遠距離ではあるけどなんか違う。
いくつか手に取ってみたけど、面白そうではあるが使いこなせるとはとても思えない。
敵を倒す前に俺がやられる未来しか見えないよな。
この中から選ぶならボウガンが現実的だけど……バチッ。
装飾が立派なボウガンに触った瞬間に電気が発生して持つのを拒まれる。
……これってどれにあてはまるんだろうか?
「こりゃあ驚いたわい、お前さん適正持ちじゃったか」
「適正?」
「あぁ、自分の天職武器でもレベルや技量が足りていないのに魔装武器を持つとさっきみたいに弾かれることがあるんじゃ」
ということは、俺は遠くから攻撃する狙撃手になれるということか。
――いい、いいぞ。なんかこう胸が熱くなった。
「ちょっと待っておれ」
珍生物が再び裏に入ったかと思ったらすぐに出てきた。
早くね、と思ったがその手には俺の世界では見慣れた一つの武器が握られていた。
「これを持ってみろ、もし触れるんならそいつはお前にくれてやる」
グリップに弾を込めるシリンダー。そしてそれが撃ち出すためのトリガー。
回転式拳銃、リボルバーだ。
震える手でそれを握るが、さっきのボウガンのように電気が発生することはなかった。
「……持っていけ、金は要らん」
気前が良すぎると思ったけど、俺はこの世界。この街の法について全く分からない。
だから手に持った銃を机の上に置いて至極真面目な顔で珍生物に問いかける。
おい爺さん、これは銃刀法違反に引っかからないだろうな?