11話 買い物である。それは節約と節制。
右手をご覧ください。
串焼きが5本入った袋を持って、食べられるのを今か今かと待っておられます。この臭いを嗅ぐだけで腹の虫が……。
左手をご覧ください。
小さなお手てを握って、子供と一緒に街を散策しております。
俯きながら歩いている姿は、他人からすれば通報されてもおかしくない。
早いうちに解決しないと、鉄の棒で囲まれた風通しのいいお部屋が俺のマイホームになってしまう。
…………仕方あるまい。
袋を口で加えて串焼きを一本取る。
それを子供の前でぶら下げると餌を得た魚のように食いついた。
表現としては間違えていないけど、人としてはどうなんだろうか?
さて、ただ歩いているだけではつまらないだろう?
ここは子供と出会うまでの俺の行動を話そうと思う。馴れ初めにしたら俺は取り返しのつかない称号を得てしまう。
その称号は、俺の何かを変えてしまう大変危険なものだ。だから、慎重にされど面白くお話ししよう。
ぅメェ~。
発音がちょっと変だけど、野菜を食いながら思うとどうしても角を持つ草食動物が出てしまう。
よく間違う人がいるけど、毛皮がモコモコしている方は鳴き声が低いのだよ。
串焼きを買うというミッションはすでにクリアしている。余らせたお金はこの燃費の悪い身体の栄養摂取のために有効活用させてもらってます。
肉だけだと栄養が偏ると思って野菜を探していたら、誰でもお手軽に野菜を食べられるスープがあるではないか。これはもう買いだよ!
何? 焦るときではない?
食欲を否定するときは、すべての美味しいものを食べてからだ。満足をしないうちは好きなものをひたすら食べればいいのさ。
手元に残っているのは銀貨1枚と銅貨9枚。まだまだ間食を買う余裕があるとはいえ無駄遣いは控えないと。
金が増えている? ヌハ、ヌハ、ヌハハハ。
北の大地でテレビマスコットの中に住む人が、とある番組で演じた喋り方が思い出される。
お金を増やす方法はいくらでもある。
俺がその中で取った行動は3つ。
まずは値引きだ。やり方は正攻法から悪質な方法と多種多様にあるが、正攻法で今回は比較対象を出して値切った。
例えばこうだ。
「串焼き3本ください」
「あいよ銅貨3枚ね」
「あっちの店では3本セットで銅貨2枚だったけどこっちは銅貨3枚か。それなら向こうで買った方が安く済むな……ごめん、あっちで買うからやっぱりナシで」
「ちょ、ちょっと待ちな。今ならこっちは串焼き3本に果実水をつけるからよ」
こうなってくればイタチごっこだ。
これを繰り返していった結果が銅貨2枚で串焼き4本と果実水をゲットした。ちなみに残りの一本は焦げて食えなくなった処分品を貰って帳尻合わせ。
この段階でミレルさんのお使いは完了したわけだが――帰る途中で何かをするのは自由だよね。
値引きの次にしたのはギャンブルさ。
力に自慢がある奴だったら腕相撲の勝ち負けで行けたが、俺の腕は火のつかないマッチ棒。レベルという概念が判明した今、レベル1の俺では簡単に折れてしまう。
だから俺が取ったのはコイントス。それが一番手っ取り早くてかつ、安全に稼げるのがポイントだ。
これは時間的な問題であまりできなかったが、結果的に銅貨をベットしてそれを積み上げられたよ。
途中で銀貨を賭けられたときは焦ったけど、ちょっと小細工をして無理矢理勝たせてもらった。
世の中に正々堂々という単語ほど似合わないものはないよな。
そして3つ目、落とし物だ。
地面に落ちているのから服の上に落ちているのまで。
収穫は地面に落ちていた銅貨2枚、服の上に落ちていたお金0。
この世界の人たちは服の上にお金をたくさん落としていたが、気になる人がいなくて結局放置してしまった。
さすがの俺でも服の上に落ちているのは選んで取得するからね、ツボやタルも気軽に壊せないし。タンスを開けるには不法侵入をしないといけない訳で、そんなことをしたら『○○太さんのエッチー!』 の一言と共にビンタか熱々のお湯をいただいてしまう。
どちらもノーサンキューだ。
そして獲得した俺の所持金。
これが多いのか少ないのかはこの世界のお金の価値を知らないのでポケットに無造作に突っ込んでいる。
金貨を持っている人がいたから、硬貨事情は中世に近いのかもしれない。
まだあるとしたら閃貨と白金貨ぐらいしか頭に思い浮かばないが、それ以外にもあったら是非とも見てみたい。
普段見ることがない外国硬貨って憧れたりしない?
国によってモチーフが違うから面白い! ちゃんと造られているのもあれば数字だけ書いて雑なのもあるけど……そこはしょうがないか。
一先ずお金を手に入れたこともあって油断していたのが原因なのだろう。
シャンゼリゼ通りは言い過ぎか、食べ物が集まっているから国際通りでいいや。
国際通りも終わりに近づき、買った串焼きを食いながら花畑に戻ろうとしたときにそれは映ってしまった。
ホラーは苦手だけど、そういう番組を観るの好きなんだよね。俗に言う怖い物見たさというやつである。
でも今回俺の目に映り込んでしまったのは子供だ。
それも一人で座り込んでいる、道の端っこに。
視線合っちゃったよ、これ無視できないやつじゃん。
俺、子供嫌いではないけど苦手なんだよね。
前は相手をしていてもしょうがないなぁで済んだ部分も、今じゃストレスが溜まるヘイトにしかなりえない訳で。
スルーしたいけど、今もこちらを見ている子を無視できるほど俺は図太くない。
「こんなところに座り込んでどうした? 親は一緒じゃないのか?」
こんな子供に丁寧に接しても旨味はないので素でいきまっせ。
もう少し大きな少女だったら別だよ? 可愛い子にはいところ見せたいじゃない?
……決してあれじゃないからね?
「連れとはぐれただけ、こっちに来るな変態」
見た目10歳いくかいかないかのこのチミッこ。
腹立つ!!
「へぇー、それで? 道端に座り込んでないで連れを探しに行かないのか?」
「……あんた馬鹿ぁ? 連れと一緒にいたところで待っていれば、向こうがはぐれたのに気付いたとき一緒にいたところを探すのに決まってるでしょ」
2号機の赤い少女がちらついたけど、この子供が来ているのは白いロング丈のカーディガンに黒いマリンキャップ。かろうじて類似性を見つけられるとしたら赤に近い茶色い髪ぐらいだろうか。
顔は帽子の鍔に隠れているのと上から見下ろす形になっているのでよく分からない。
「賢いな坊主、その通りなんだがその上で一つ聞きたい」
「ぼ……なんだよ、いい加減にしないと人呼ぶぞ変態」
「坊主の連れははぐれたことを知って、自分が今まで歩いたところや寄ったところを探しに来るほどの頭を持ち合わせているのかい?」
何かを言い返してくるのかと思ったら、そのまま黙り込んでしまった。
おいおい、テンプレ乙にもほどがあるだろ。こういうときって子供の連れは『ふぇ~』とか言いながら右往左往しているんだけど、そんなことさすがにないよね?
「気が変わった、そこの変態。連れを探すのを手伝え」
「いやいや、俺にも用事があるし衛兵か誰かに手伝ってもらえ」
「(そんなこと出来るわけないだろう)」
何か小さな声で返事をしたようだが、俺の聴力では聞き取れなかった。
大抵こういうのは後々重要なことが発覚するのだが! 画面の向こうでの会話ならゆっくりと見れるというのに。
現実は非情である!
俺に主人公要素は皆無であったか!
でも、この子供はここに来るまでに国際通りで見た子供の中でもどこか妙である。それだけは凡庸な俺でもなんとなく分かるんだが。
でも背筋に鳥肌が立つってことは、そういうことだろう?
「しょうがない……。ちなみにその連れの特徴とかは何かあるのか? もしここに来るまでに見ていたら探すの手伝ってやるよ坊主」
ミレルさんとの約束が大事なのは重々承知だ。
でもさっきも言ったが、背筋に立った鳥肌がいまだに治まらない。こういう時は俺が心から震えたときにしか起きらない。
子供にしては回る頭の良さ、そしてこの坊主の服装。
俺の考えではいいとこの坊ちゃんだと思われるが、この国で坊ちゃんとして過ごせそうな区域はこの国の中心にある王城付近だろう。
こっちが抱えそうな問題事の割合が大きそうだが、それ以上の興味が俺を動かす。
鎌首をもたげたか? でも、この世界で起きることすべてがオモシロッだ。
ノートを落とした死神のように退屈を嫌っている俺からすれば、この程度でためらうブレーキなど壊してやる。
「…………だったら行くぞ、さっさと連れを見つけないといろいろと面倒になる」
「分かった、分かった。俺も急がないとドエライことになるから、その方が助かるわ」
何せミレルさんの元に帰るとしたら時間的にそろそろ。
それをこっちの坊主のお連れさん探しに使うのだから、心が鬼じゃなかったら許してくれるだろう。
だから、探している過程で何をしようともしょうがないよね?
「……なんだその手は、変態」
坊主に向かって手を出していたが、それを見た坊主が無視してこちらに問いかけて来る。
「流石にはぐれたら面倒だろ、それに坊主がまたはぐれるとも限らないし」
「子ども扱いするな、こう見えても私は――」
「はいはい、いいから行くぞぉ。時間は有限てな」
無理矢理手を取って歩き出した俺に文句の一つでもいうかと思ったが、繋いだ手を見ているだけで特に何をしてくるわけでもない。
そうそう、子供はおとなしいのが一番だからね。そういう子なら俺も無理して付き合わなくてすむ。
―――――
変な奴。
それがこいつを見たときの第一印象だ。
この世界にいる者たちは皆私のことを知っている。公共の場で姿を現すのも少なくない私は、姿をバレないように普段の服装とは真逆の市井の服を着て街を散策していた。
さすがに立場もあって護衛を連れて行かなければならないのが面倒ではあるけれど。
まさか一緒についてきた彼女がいなくなってしまうのは予想通りと言えば予想通りだったが。だからはぐれてしまう前に寄っていた店の近くで待機していた。
彼女がそういったポンコツなのは他の従者も知っているはずだから時間通りに戻らなければ私を探しに来てくれるはず。
そう思って座り込んで待っていたときに現れた男。
私を坊主と呼んでくるあたり、正体までは気付いていないようだけど凄い失礼な奴だ。
でも悪意を感じないから、私をどうこうするようには思えない。
一つ気になるとしたら、彼から漂う死の気配。
彼の右眼についているモノクルだ。
そこから濃密な死の気配がする。
あれは異質だ。異質でありそれを着用しているこの男もまた異常だ。
私の領分ではないけれど、少し探ってみるとしよう。
もしこの男が危険であるなら、決断を下さないといけない。
取り敢えず早いところ合流してそこから対処を考えよう。
―――――
その後いろいろとぶらついて冒頭に戻る。
勿論、坊主のお連れも探してはいるぞ? 探しながらウィンドウショッピングをしているだけだからな。
勝手に走ったり、泣き喚いたりしない分凄い楽。
何だろう。
この坊主が見た目通りの年齢なのか怪しいが、首をきょろきょろとしているところは年相応。
「坊主、お連れさんは見つかったか?」
「全然、どこに行ったのやら」
そんなことを言いながら周囲を見ている坊主。
こっちもそれっぽい人がいないかなんとなく探しているけど、見つかるのは見たことのない料理と道具。
ザ・異世界フロンティア。
さっき見たのはスイッチを押すと照明代わりになる球が出る青い筒。
洗い物いらずのひっくり返すと自動で食器から水が出る水晶食器。
文字を書いてもしばらく経つと消えるメモ帳。
そして今見ているのはパンに何かの肉が挟まったハンバーガー。
何かのすり身だと思われる練り物を焼いたもの。
何かを天日干しでもして乾燥でもさせた野菜。
「おい変態、涎が垂れている。汚い」
坊主に注意されて涎が垂れていることに気が付く。
いかんいかん、買うのは我慢だ。
お金は魔物を倒して手に入るとかそんなRPG仕様じゃない。使いどころを間違えば即行で詰む。
「動くな」
そう、今俺の背中に物騒なものが押し当てられている今のように。
いつの間にとか人違いじゃないでしょうかとか思うことは多々あるが、俺が歩きを止めたことにより手を繋いでいた坊主も無理矢理歩みを止められるわけで……尻もちをついていた。
面白い声を出していたが、今は笑っていられる状況ではない。
「何で急に止まるへ――」
「おい坊主、俺の後ろにいる人に心当たりはないか?」
今坊主が言おうとしていた言葉は、俺たちが探しているお連れさんだった場合すんなりとさようならできる状況をぶち壊してしまう単語だ。
二人きりの時は慣れたから構わないが、第三者がいるときには勘弁してほしい。
いらぬ誤解を与えてしまう。
「後ろだと? ……おぉ、やっと見つけたぞルイーシャ!」
「ご無事でよかったですリン様、お迎えに上がりました」
見つけたという言葉で俺はさっと手を離して脇に避けようとしたのだが、さらに押し込まれる何かでそんな考えはどこかに吹き飛んでしまった。
顔を見ないことには後ろの方の素性を確認しようがない。
それを言ったらさっきまで一緒にいた坊主も顔を見れていないからあれなんだけど、どこかのお坊ちゃんなのは今のやり取りでほぼ確定したようなものだ。
「それでリン様、この男は何でしょうか?」
「早まるな、はぐれたお主を探すのに協力してくれた市民だ。今すぐに得物を納めよ」
「はっ、大変ご迷惑をおかけしました。お前にも失礼をしたな、謝罪をする」
背中に当てられていた何かがなくなり、これで安心して動ける。
感触的には刃物とか先のとがった鋭利な物ではなかった。どちらかといえば面積の広い固いものだと思われる。
「いえいえ、誤解が解けたのならこちらとしてもよかったですよ」
俺に武器をつきつけていたルイーシャと呼ばれていた人を見て、情報を見るためにモノクルで彼女の顔を捉えた。
名前:??????
種族:獣人(???族)
出身地:森林樹
職種:??????
レベル:????
特技:??????
称号:『方向音痴』、『??????』、『??????』
ギルドカードをミレルさんに更新してもらったおかげだろうか?
前よりも項目欄が増えて、表示の仕方も以前に比べて大分見やすくなった。
ただ、やっぱりこの人も名前が分からないままですか。
見ただけで敵のすべてを丸裸にできるには、あとどれだけのものをモノクルで覗けばいいのやら。
女性を丸裸にするんだったら、その肢体を拝むために赤い龍の籠手が今すぐに欲しい。
あれをつければ一瞬で魔力のことについて分かりそうなものを!
でも、丸裸とはいかなくても称号が一つ見えるようになったのは大きい。
これが今回だけなのか、これ以降覗く物すべてに対応しているのかは疑問が尽きないが一歩前進である。
でもお連れさんが獣人ときたか。
俺の視界には彼女の頭頂部から生えているケモミミが見えない。
腰付近から尻尾が生えているわけでもなし。
見た目普通の人ですやん。
モノクル情報がなければ人として接していたよ、いやマジで。
人ならどうでもいいが、獣人となれば話は変わる。
美しい方に男というモノはとても弱いのだ!
「どうやら探し人も見つかったようですので俺はこれで失礼しますね」
「そうか。お礼くらいしたいのだが許せ、こちらもすぐに戻らないといけなくてな。言葉でしかお礼を返せないのだが」
「構いませんよ、人の縁は奇なものです。もしもこれが良縁ならばまた出会うこともありましょう」
「……随分と詩的なことをいうものだな。少し意外だった」
失礼なことを宣う坊主に嫌がらせをして帰るとしよう。
お連れの人? どうでもいい、俺と坊主の間に遠慮は無粋である。
「それじゃあ俺も待たせている人がいるからもう行くが、今度は迷子になるんじゃないぞ坊主!」
称号を見る限り迷子になった確率が高いのは仮称ルイーシャさんだが、俺みたいな相手の情報が視えるという可能性はこの二人にはないだろう。
ゆえにルイーシャさんに反感を買われないよう坊主をいじめる方向で別れようとしたのだが、そこで俺の耳に驚愕の言葉が聞こえてきた。
「……おい変態。坊主坊主と何度も私を呼んでいたが、私は女だ!」
帽子の鍔を持ち上げてのぞかせる顔にはあどけなさが少々残ってはいるものの、こちらを睨んでいる顔立ちの整った少女であることが分かる。
行くぞという声と共にルイーシャさんを連れてその場を去った二人だが、俺はしばし呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
おい坊主、男の娘かと思ったらお前雄んなの子かよ。