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私はフリーターである。そして開門者である。  作者: 月城 裕也
The first ~ 森 林 樹 ~
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1話 フリーターである。それはコンビニ店員。


 季節は夏。

 夏の日差しがきつい中、一人の男が台車を使って米飯やサンドイッチを納品する番重を運んでいた。


 外は30℃と夏にしては低い温度。それでも暑がりの男からすれば地獄以外の何物でもない。

 額から流れる汗を袖で拭いながら、番重を指定されている位置まで運んで店の中まで急いで戻る。

 店の手動ドアを開けて中に入ると、冷房が効いた涼しい空間に長い息を吐く。


「お疲れ~、少し水分補給してきたらどうだ?」

「お言葉に甘えます、さすがにあの日差しはキツいっすね」


 台車を押しながらバックヤードに行くと、勤務前に買っておいたグレープフルーツサイダーを一気に流し込む。

 炭酸を間髪なく飲んだことで喉が苦しくなり口を離した。


「ぷはぁ……、腹減ったけど寝るまでは我慢。今月は厳しいから必要最低限に抑えないと家賃が払えなくなる」


 飲み物をロッカーに戻して店内に戻ると、先ほど話しかけてきた男性がレジ前に立っていた。


「今日はまだ涼しいよな、明日はもっと暑くなるってよ」

「マジっすかぁ、明日は丁度休みですしゆっくりしますわ」


 それから30分ほどレジに立ってその日の勤務は終わった。

 服を着替えて私服姿で真っ直ぐに帰宅すると、ポストに封筒が入っていたのでそれを取って部屋に入る。

 むわっとした暑さが部屋中に立ち込めており、窓を開けて部屋に風を入れる。


「熱っ! 空気を入れ替えたら冷房つけるしかないか……電気代の支払いよりもこの暑さの方がやべぇわ」


 20分ぐらいして窓を閉めてからエアコンのスイッチを入れると、すぐに部屋の中は涼しくなった。


 箪笥(タンス)から半袖とバスパンを取り出してシャワーを浴びる。

 なんでバスパンかって? そんなの動きやすくて通気性が抜群だからに決まっているだろう。


 シャワーを浴びて部屋に戻ると、冷房が効いた快適な温度の空間が待っていた。


 敢えて言おう。

 最高である、と。


 暑すぎるわけでもなく、身震いするほど寒くもない。この微調整が効くエアコン……無理して買ってよかった。


 さて、明日が休みだからと言って俺にはやることがある。


 読書? 馬鹿を言ってはいけない、そんなものは1年前にすべて売り払ってやったわ。

 テレビ? 全く興味ないから買う価値すらない。

 勉強? 私はフリーターである、就職するつもりがないのにする必要性が思いつかん。


 ……最後のを屑だと思った者たちよ、それは間違っているぞ。

 フリーターと社会人、立場は違えど仕事内容自体は大して変わらんからな? そこに給料や社員として妙な(しがらみ)が発生する分、俺は勝手気ままに時間が作れるフリーターの方が性に合っていると判断しただけだからな。


 脱線してしまったが、俺がすることは一つである。


 ブゥン。


 最強の娯楽、インターネットだ。

 3台のマルチモニターを使って曲を聴きつつ調べ物をして、たまにアニメや動画を視る。

 正に人生の醍醐味じゃないか!


 え? 引きこもりのオタクじゃないかって?

 違う、断じて違うぞ!! 俺は親から金ももらって生活する引きこもりでもなければアニメや萌えなどというものにすべてを捧げたオタクでもない!

 それでも、そういった分野に理解がない訳ではないけどね。

 ほどほどにバイトで生計を立てて、自分の楽しみを最大限に活用する趣味人だ。


 いかん、ボーっとすると全く関係ないことを考えてしまう。

 明日は休みだからもう寝るかなぁ……食費も節約しないといけないし。


 エアコンのタイマーを設定してベッドに倒れる。


 あぁ、腹減った……。


 そのまま俺の意識は暗闇に沈んでいった。








――――――――――――――――――――




 おや? おやおやおやおや?


 おかしな人が来たものだ、珍しい人が来たものだ。

 時期外れの『開門者』とは。

 ………これは面白い、面白いですよ。


 あなたも何らかの潜在能力を秘めている者、さもなければ――世界自体からつまはじきにされた者ですか。


 前者だと珍しい、後者だとなお珍しい。


 ここに来る者の周期はだいたい決まっているのです。

 一定の周期で一人から数十人の者が君の後ろにある『審判の門』をくぐって私の元にやってくる。

 ああ~、その時の開門者といったら……今思い出しても一人で半年はいけますね。


 おっと、すみません。ついつい涎が出てしまいました、なにぶん最後に開門者が来たのは今よりたった一月前。びっくりするほどの時期外れですよ――あなたは。


 さて、少し前に来た人たちに説明したばかりでちと面倒ですね。

 うむむむむ、…………説明しないといけませんか?


 ………チッ、面倒クサ。


 あ、いえいえ。舌打ちなんてそんな滅相な! 私はただイラついたので本音が漏れてしまっただけですよ、ええホントに……。


 私は面倒が嫌いです――が、あなたは説明を求めている。

 んんー、んんん~~~~~…………いいでしょう、今回は特別に説明をして差し上げましょう。

 面倒ながら特別に説明をして差し上げるのです、これであなたがつまらない人でしたら――分かっていますね?


 と、まあ脅しも程々にして説明を始めますかね。

 コホン、……ようこそ『開門者』よ!!


 ここはどの世界にも属さぬ中立の空間、『始まりの間』とお呼びください。

 私は『開門者』様を手助けさせていただきます『ピエロ』と申します。ちなみに私がつけている仮面は名前と関係ありませんからね、絶対ですよ。


 まずはあなたの基本事項を確認させていただきましょう――『予見の瞳(プライ・マリー)』。


 どれどれ……ん? あ、これはですね『開門者』様についての基本情報が記された紙ですよ。

 私の持つ能力の一つで、対象の性別や年、能力などといったものを紙に記載されて私の手の中に出現するという個人情報丸分か……コホン、コホン。

 ま、まあこれからしていくことに重要となるものです、お気になさらず。


 では次に行きますよ。

 え? その紙は使わないのかって? これは後で私が鑑賞するための……いえ、あくまで契約書のようなものなのでこれから行うことには特に必要はありません。


 ふふふ、随分と落ち着いておられるようですがその姿勢がいつまで続くか楽しみですね。

 私があなたにすることはただ一つ、あなたが向かわれる世界への門を出現させるだけでございます。


 最初に申しましたように、ここはどの世界にも属さない中立の空間。ゆえにどの世界にも繋がるため、『開門者』様ご自身が望まれればそれと類似した世界に。また、私に一任されるのであれば、『開門者』様の力量に応じた世界への門をこの場に出現いたします。


 えっ? どちらでもいいというのは一番困るのですが………分かりました。今回は私があなたの力量に合わせて門を開かせていただきます。


 ただ、二つほどご注意させていただく点がございます。

 一つ目は一度門の向こうに旅立たれてしまうと、条件を満たさなければ新たな門を開くことが出来ないという点です。


 あなたは『開門者』。

 新たな世界への門を開けることを宿命とされた存在。少なからず様々な世界を見てみたいという最低限の願望がなければここ、『始まりの間』へと来れはしないでしょう。


 新たな門を開く方法、それは世界によって条件が違いますが共通していることは一つ。その世界の最深部に辿り着ければ自動的に門が開きます。詳しいことは現地に着いてから分かるようになっているので安心していいですよ。そのうちまた私と会うことも出来るかもしれませんし。


 そこで嫌そうな顔をしないで下さいよ、寂しいじゃないですか。

 まあ、中には条件をクリア出来ずにその世界で死んでしまう『開門者』様も多いんですけどね。ハハハッ……コホン。


 あなたはいったいどちらなのでしょう?

 脱落者となり今までの何も無い生活に戻るのか、それとも私を楽しませてくれる『開門者』様となりえるのか。ああー、涎が止まりません――じゅる。


 おっとっと、まだ最後の注意点がありましたね。


 『門よ出でよ(オフェランド)


 あなたの力量に合わせた世界ですと、候補は四つございます。しかし何も知らないことを見るに、ここが丁度よろしいでしょうか。


 世界の名は『森林樹(フォレストブルーノ)』、太古より存在する森深き世界。ここは駆け出しの『開門者』様が行かれる初心者でも攻略しやすい世界でございます。その世界は『開門者』様にとって、自身の理解とこれからの大きな助けとなるはずです。

 が、妙ですね……あなたから鍵の反応がない?


 まさか『審判の門』を通っていない? いやいや、そんなはずは……そんな嘘をついても『予見の瞳』で調べた紙を見ればちゃんと…………。

 ええええええええええ!!


 まさか直接ここにいらしたというのですかあなたは!? 

 ありえない、ありえないのですよ!!

 ここは最初の世界に旅立つことが許され、鍵を手に入れた『開門者』様が初めて訪れることが出来る。それがこの場所『始まりの間』なのです!


 あなたは何者ですか? あなたはなんなのですか?

 人間ですよね? ただの人間ですよね?

 解体していいですか? 解体していいですよね!?


 ―――冗談はほどほどにして、話を進めちゃいましょう。鍵をお持ちでなければ今呼んだ門は何の役にも立ちませんね。

 こうして手を鳴らせば、あら不思議。

 門が消えて元通りになりましたー……反応がつまらないです。


 そうなるとここに来たこと自体意味もないことになりますが……それでは面白くない。

 いいでしょう、特別です。

 貴方のことが気に入りました。貴方に興味が沸きました。


 貴方が次の眠りについたとき、私の招待で『審判の間』へと誘いましょう。そこで貴方が『開門者』様足りえるのか、……そこで見定めるとしましょう。


 長々と説明をしてしまいましたが、どうやらお時間が近づいてきたようです。

 いかがなさいますか? 

 今なら止めることも可能ですが?


 止めませんか。挑戦なさいますか。


 それでは心してください。全力で挑んでください。

 これより先は、自身の力と知恵をフルに活用しなければ生きてはいけない世界。

 それを乗り越えたとき、退屈とは程遠い波乱万丈な生活をお約束しましょう。


『さぁ、未知への世界の門は開かれました。挑戦者よ、貴殿の行く道に未来がありますることを』








――――――――――――――――――――




 変な夢を見た。

 タイマー設定で冷房をつけていたので、冷房が効き始めるまでに多少汗を掻いていたのだろう。シャツが少し湿っていた。

 体を起こして先ほどまで見ていた夢を振り返る。


『真っ暗な空間で、変な仮面を被ったピエロとよくわからん会話をした』


 会話と言っても一方的に聞いていただけに等しいが……。


 俺は夢を見るのは好きだ。

 寝ることが一番の趣味だと言ってもいい。

 寝ている間は自分という存在や、考えるということをしなくていいからだ。


 今の世界は、昔と違って戦争が存在しない平和な世界だと世間は評している。

 紛争や小競り合いは今も各地で起きているが、一日か二日ニュースになるくらいですぐに人々の記憶から忘れ去られていく。

 現場にいる人たちからすれば忘れる事の出来ない心的外傷(トラウマ)で、話に聞いただけの関係のない俺たちはただの傍観者。


 あぁ、なんてつまらなく生きる価値のない世界だろう。


 はっきりと言おう。

 俺は自殺志願者だ。


 この考えに行きついた時点で他人を信用するなんてことは不可能になった。

 科学が発達した現代は、短命だった昔と違って三桁まで生きる人まで出てきている。

 そこまで生きることに俺は何の価値も見いだせない。


 ゆえに孤独。

 生活をするためには周囲の顔を気にしないと今の社会は生きていけない。

 小学校から死後に至るまで、どこかで必ず誰かと付き合わないといけない。

 就職するにも、人の顔や機嫌を伺わないといけない。


 おかげで喧嘩というものを俺は今まで一度もしたことがない。

 だからと言って善人でもないのは自覚している。

 いらつきや憎しみといった負の感情を抱いたことがない?

 それは人間じゃない、人形だ。


 とまぁ、寝起きは低血圧でボーっとしてから動き出すまでにこういった考えが毎日毎日浮かんでくる。その後はアニメやゲームをするのがいつもの日課――だったんだが。

 この前セールで買い込んだメガシャリがいらないくらい眠気ゼロ。これは寝起きに時計を見て遅刻を覚悟したとき以外では久しくなかったこと。

 ちなみにアイスみたいな名前だけど、メガシャリはちゃんとした栄養ドリンクです。


 でも今まで違って妙な目の覚め方だ。

 アニメを視る気分でもないしゲームに集中できるわけでもない。

 こういうときは……リラクゼーションだな。


 ~~~~~~♪

 バラードのアニソンをヴァイオリンで演奏された曲なんだが、耳に残るサビで何度も聴いてしまう。1週間前に落とした曲だが、すでに400再生ぐらいはしているはず。

 腹も減ってきたし現代飯、カップラーメンとレンジご飯で腹を満たしてからハンティングゲームでもしよう。


 ゲームを開始して10時間経った。


 1時間や2時間だと思ってたって? 馬鹿言ってはいけない、ゲームは集中すれば人間誰しも睡眠欲求が来る限界まで出来るのだ。

 これが一人暮らしかつ彼女がいない人間の利点や。自分の時間が取られるぐらいなら彼女などイラン。


 ゲームを止めて時間を確認すると夜11時を過ぎたところだった。


 明日は中番だから……ここを朝9時に出れば問題ないな。

 次に冷蔵庫を確認すると、新品同様の中身が全く入っていない綺麗な状態だった。



 ――大佐、我々の物資が枯渇しております!!

 ――なんだと! 今朝は二日分の食料があったはずだぞ…



 さっきまでゲームをしていた憩いの部屋を覗くと、モニターの載っている机にレトルト食品の山。

 リクライニングチェアの横には飲みかけの2リットルペットが転がっている。

 ベッドの横には菓子の袋が積み上がって大惨事だ。


 うん、明日は買い物確定だな。

 つか、これはマズい。非常にマズい。

 今月の給料日まで使える金額で大量買いが出来るところは………。


 明日の予定を考えつつも散らかったゴミを掃除していく。

 そういえば昨日見た夢、まだ覚えているな。

 俺からすれば喜ばしいことだが疑問にも思う。


 すぐに忘れる夢がはっきりと記憶されている。数百、数千と見てきた夢で覚えているのは両手で数えられるぐらい。

 しかもその夢も全体ではなく部分的にしか覚えていないのだから、どんな言葉を交わしたかを覚えている今日のピエロはよほど印象が強かったということだろうか?


 片付けも一段落したのでシャワーを浴びて横になる。

 また明日から6連勤の始まりだ。

 英気を養うためにも早めに寝ておくとしよう。


 こんなに遊んで気を紛らわしても、横になればいつもの如く虚無感が自身を包む。

 あぁ、早く死にてぇな……。


『繋がりました………、これより始まるは選定の儀。貴方の命を対価にぜひともお楽しみください♪』


 意識が落ちる直前に昨日の夢で会ったピエロの声が聞こえた気がした。







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