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結菜たちと別れてコンビニで少し買い物をして、あいつの家に向かった。
目的地に近づくほど豪華な住宅地が周りに見て取れる。
目的の高層マンションまでやってきた。
警備員に軽く会釈し、インターホンを鳴らす。
「はーい、すぐ開ける」
自動扉が開かれ進む。
エレベーターに乗り、目的の階にたどり着く。
基本、部屋の扉は開いているんだが、一応チャイムを鳴らす。
数秒後に、ドア越しに声が聞こえると扉が開かれた。
「はーい、いらっしゃい!上がって」
ドアを開けたのは、二十代前半の茶髪の美女。
ただ、格好はノースリーブのシャツにホットパンツだけ。
こいつの名前は真由美、苗字は知らない。
リビングに通された。
一人暮らしには勿体無いくらいの大きさのリビングで、無駄にテーブルや椅子も多い。
「顔を出してくれて嬉しい」
「そうか」
「何よ、その素っ気ない返事は、もう少し女の子との会話を盛り上げようとかないの?」
(何が女の子だ。そんな年齢じゃないだろ)
心の吐露を声に出すとお叱りを受けるので内心で止める。
「あの二人とはどうなの?」
「どうって言われてもな」
「何かないの?一緒に下校したとか?」
「それはお前もよく知ってんだろ」
「それはそうだけど、下校中の甘酸っぱいエピソードとか」
「ない」
「えーーー」
真由美はふくれっ面を浮かべる。この年齢の女がそんなことをやってもあざといだけだ。
「でも耀君、キスはしたんでしょ?」
(こいつの情報網はおかしいだろ。どこでそれを知ったんだか)
俺も翡翠だから情報などは決して疎くない。ただし、この女は一人で翡翠よりも多くの情報を知ることができる。
俺が知っている限り、情報戦でこいつに勝てるやつはいない。
「ねぇ、柔らかかった?女子高生の唇柔らかかった?私や詩音と比べてどうだった!?」
「答えづらい質問するんじゃねぇよ」
「でもお姉さんは気になります!」
机を乗り出し、目の前に迫ってくる。
「それより、例の件はどうなってんだ?」
「いいじゃない、その話はあとでも」
「後にするとどこまでも長引くだろうが」
真由美は気に入った相手に対して、必要以上におしゃべりになる。今までだって何度もしょうもない話に付き合わされている。
「わかったわよ」
真由美は机に置いてあったタブレット端末を操作し、俺に画面を見せてくる。
そこには何名かの生徒が映し出されている。
「それにしても、あの高校にこれだけ厄介な人物が集まるとは思わなかったわ」
その中には琉花の写真もある。
「その中でもやっぱり一番やばいのはこの子ね」
生徒の写真からある一人を拡大して見せてくる。
長い黒髪の綺麗な女の子。
その少女に見覚えがあった。
(この女は琉花が友達になったとか言ってた女だな)
「彼女の名前は音無さやか、まぁこの子はとんでもないから注意した方がいいわ。できれば関わりも持たない方がいい」
真由美がそこまで言うのは珍しい。
「ああ、でもそれは難しいかもな」
「どうして?」
「琉花がこいつと友達になったとかで今度紹介するって」
「・・・厄介者は惹かれあう運命なのかしら」
真由美は心底大きなため息をつく。
「耀君なら大丈夫だろうけど、油断はしちゃだめだから」
「わかってる」
「ああ、それと琉花ちゃんと結奈ちゃんについて少し気になることがあったわ」
「気になること?」
こいつは琉花と結奈のことは本人達と遜色ないくらいに情報を持っている。琉花たちの事情を知れたのは真由美から情報提供されていたからだ。
「あの子たちが今住んでいる家、無断で使用してるみたい」
「なんだって?」
「元は琉花ちゃんの叔父の家だったみたいだけど、もう不動産に引き渡されているそうよ。本人たちは気づかずに生活してるのかも。行く当てもなかったから藁にも縋る思いであの家を見つけたのかもしれないけど」
「でも不動産ってことはいつかはばれるだろ」
「そうね。電気、水道も使ってるからメーター調べられたらアウト。今見つかっていないのが奇跡ね」
もしばれたらすぐに退去を迫られるだろう。そうすればあいつらは家なしだ。家を探そうにも高校生で保証人もいなければ絶対に引っ越せない。
それにあいつらを探している連中に嗅ぎつかれるかもしれない。
「なんとも面倒なことになったな」
ひとりごちる。
登下校は一緒にやってやると約束したが、このままではそれさえもできない可能性がある。
「いっそのこと耀君家に住まわせてあげれば?」
「・・・は?」
真由美の言葉に俺は固まってしまった。
こいつは突拍子もないことを提案したりすることは多々ある。その提案を飲むこともあるが、今回は流石にだめだろ。
「あの子たちの頼れる人ってもう耀君しかいないじゃない」
「あほか、未成年の男女が一緒の家に住むのはまずいだろ」
倫理観の問題などもあるだろうがなにより俺が嫌だ。
「別に二人ぐらい住まわせてもそんなに狭くはならないでしょ」
「住むスペースくらいはあるが、そこじゃないだろ」
「大丈夫よ、耀君が手を出さなければ」
「そんなことはしないが、一緒の空間にいれば予期せぬことだってあるだろ」
例えば、着替えを覗いてしまうとかトイレの鍵を閉めてなくてみたいな。
「気を付ければいいのよ」
真由美はあっけからん様子で答える。
「耀君は女の子との生活は何度も経験してるから大丈夫よ」
「誤解を生む言い方をするな」
俺が共同生活をしたことがあるのは血縁だけだ。
同級生の女となんて考えられない。
「そこまで心配ならお前が住まわせてあげればいいだろ」
一人暮らしにはもったいないくらい部屋も多い。
二人増えたところで何も問題はない。
「私は無理よ。お世話できないし」
「部屋だけでも貸してあげればいいだろ」
「私は仕事を邪魔されたくないのよ。部屋だけ貸してもリビングとかどうしても出会っちゃうこともあるでしょ」
(こいつ適当なこと言いやがって!)
俺が部屋に居ても普通に仕事してるし、なんならリビングで映画見ながら仕事してる時もある。
「そういうわけで私の家は無理よ」
「俺も無理だ」
「じゃあ、あの子たちを見捨てるの?」
「俺が約束しているのは登下校を一緒にするだけだ。それ以上は知らん」
「私からもお願い」
「無理だ」
どうせ俺の家に済ませたいのも面白いものが見れるからだろう。
まず俺が手を伸ばさなくてもどうにかなるかもしれない。
特に結奈は琉花をなにがあっても助けるだろうから、あいつにまかせればどうにかなるかも。
ただ危ういからあほなことをしなければいいが。
「ふ~ん」
怪しい雰囲気の真由美は席を離れ、俺の隣に来る。
そしてスマホを取り出す。
「もしあの子たちの面倒を見ないならただちに詩音に住所教えるわよ」
「それだけはやめろ」
俺は真由美のスマホを奪おうとするが空振りに終わる。
「俺の家出を台無しにする気か」
「私が手伝ってなければ出来なかったことでしょ。つまり耀君は私に貸しがあるのよ」
確かに真由美の手を借りなければ、家を借りることもできなかった。
「でもその貸しは仕事で返すって言っただろ」
「じゃあ、二人を住まわせることが今回の仕事ってことで」
「そんな無茶苦茶があるか」
「私に決定権があるの。それとも詩音に居場所教えてもいいの?」
それを言われるともう選択肢は一つしかない。
「・・・わかった。ただし、あいつらが了承しないと住まわせないからな」
「それでいいわよ」
俺はしぶしぶ真由美のいうことを聞いた。
夢の一人暮らしは一か月ももたずにどこか遠くへ行ってしまった。
「お前あの二人を気にかけすぎじゃねぇか」
こいつとあの二人は特別に関係があるわけでもない。
それなのにわざわざ俺の家に居候させるのはいささか疑問だ。
「そんなことはないと思うけど、耀君がそう感じるならそうなのかもね」
「あの二人の境遇が昔の私に重なったのかもね」
真由美はそれだけ言うと、俺が買ってきたコンビニのシュークリームをおいしそうに食べる。暗にこの話は終わりだと告げているようだ。
真由美の昔のことは俺もよく知らない。
本人が話したくなさそうなので俺から聞くことはない。
そのあとは雑談に付き合わされ、解放されたときにはもう8時をまわっていた。