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いざ人里、と勢いよく走り出してから三日が過ぎて、彼女は未だに山の中にいた。
「広すぎるだろう!どうなってるんだ、ここらは!」
走り続けながら、吼える。
只人が登山を始めて三日、ということならば、そのペースはやっと山一つ越えたところというぐらいだろうから、この文句は見当違いだ。
だが、仮にも練気術を用いて日がな一日走り通し、三日にして山を三つ越えてなお、見渡す限りは緑一色の山・山・山。食事すら青リンゴを走りながらかじって、という強行軍で進み続けているわけだが、一向に終わりが見えない。
青リンゴも最初の山――地元民による名付けがわからないうちは祭壇山とでもしておく――を離れてからは、だんだんと見かける頻度を落としているような気がする。食事と水分補給を同時に行える青リンゴは生きていくうえでの生命線に他ならない。しかしその青リンゴも、このまま祭壇山から離れ続ければ、そのうち姿を見なくなるかもしれないから、食糧事情が危ぶまれる。
まあ、幸いにしてもこの三日間でその問題は解決しているのだが。
というのも、この巫女服、いくつか魔法じみた性質というか、能力を持っていることが判明した。
まず一つ。袖とか裾とか襟元とか、とにかく、そういった隙間にものを入れると、消える。
いや、消える、というのは正確ではない。どこか別の場所、空間、次元、とにかくよくわからない別のところに保管されるらしい。取り出したいものを意識しながら袖やら胸元やらに手を突っ込むと、いつの間にか意識していたものが手に触れている。出し入れが可能なのだ。
どれほどの大きさのもの、重さのものまでいけるのかとか、どれだけ入るとか、そういう性能の確認は済ませていない。今は青リンゴが大量に持ち運べるということがわかっただけで十分だった。これがわかった日は移動途中に目についた青リンゴは根こそぎもぎ取った。どうにも鮮度から考えて隙間に突っ込んだ瞬間の状態で保管されるらしく、日持ちの心配もない。控えめに言っても神機能だった。
別次元ポケット、という命名を考えたが、長くて呼びづらいのと、別にポケットでもなんでもないことを踏まえて、単純に隙間と呼ぶことにした。
二つ、汚れないし破れない。こんな山の中を爆走していれば、気をつけていても木の枝などに服の端を引っ掛けることもあるが、ほつれる気配もない。
気になって適当な枝で突いてみたり、練気術も使った全力で引っ張ってみたりしたのだが、まったく破れない。自分の腰ぐらいの太さの木ならば真っ二つに裂けるくらいは力を入れているのだが、一体どんな素材でできているのか。
また、昨日は雲量は少なかったが、太陽が中天に差し掛かるかという頃に天気雨に遭った。傘も傘がわりになるような大きな葉もなかったから、降られるに身を任せ走り続けたわけだが、巫女服は恐ろしいまでに水を弾いた。
雨が上がり、走るのをやめて自分の体を観察してみれば、体のほうこそ濡れてはいたが、服は湿ってすらいなかった。防水性とかそういう次元の話ではなかった。
下着も同様にやたらと高性能で、雨に降られたにも関わらず湿って体に張りついて気持ち悪いということは一切なかった。ただし、不満が一点だけ。
「なんでふんどしなんだ…!」
下着は晒と、そしてふんどしだった。