4
蜥蜴人はジガの氏族が族長レド=ジガ・ゾルの息子の一人、レグ=ジガ・ゾルは、蜥蜴人では類に見ない鍛冶師だ。
ジガの氏族の隠れ里は霊峰テッラに連なる山々の山間部にあり、川の流れる猫の額ほどの平地を切り開き、山々や渓流などの豊富な自然の恵みを糧として暮らしている。川の水量は豊富で栄養に富み、魚たちは体も大きく脂が乗りとても美味で、これを加工して作られる燻製や干物は交易品として人間に人気だ。
レグは他の兄弟たちと同じく、族長候補として社会見学のため幼い頃に父に連れられ、これら交易品を売りに出る一隊に加わり、二日ほどの旅路を経て人間の住む街を訪れたことがある。
これまで狭い世界で生きてきたレグにとり、人間の街は未知に溢れていた。自分たちと違う見た目、違う価値観、違う言葉。家の作りから身にまとうもの、食べ物など、その全てが驚きに満ちていた。そしてそんな中に、レグのそれからの人生を決定づける出会いがあった。
干物を馴染みだという商会に売った後のことだ。父は干物の代金からいくらかを小遣いとして皆に配ったあと、残りの硬貨を入れた財布袋を持ち、レグらを連れてどこかへと歩き出した。
人混みに流されないようにレグはレドに小走りについてゆき、たどり着いたのは、鉄を打つ音が響く工房通りの、その中でも頭一つ抜けて大きく無骨な工房だった。
店に入ると目に付くのは剣、槍、鎚、鎧。無造作に山にまとめられているものもあれば、丁寧にひとつひとつ展示されているものもある。武器や防具と呼べそうなものは全てがここに揃っているのではないかというなか、不思議な透き通った透明な石張りの箱の中に、その剣は展示してあった。
父が何か説明していたような気がしたが、レグにはもう聞こえてはいなかった。意識はその剣に惹きつけられ、先程までうるさいぐらいに響いていた鍛冶の槌の音は遠のいた。
飾られるようにして置かれていたのは、一振りのロングソードだった。形状も大きさも、一般的なロングソードと呼ばれるものと変わらない。ただ、その薄青く光る刀身が異様な雰囲気を纏い、この剣が他のものと明らかに違う次元のものだと、静かに暴力的に主張していた。
どれほどの時間、ガラスの箱に張り付いて、この不思議な魅力を放つ剣を食い入るように見ていただろうか。父に頭を叩かれて我を取り戻したレグは、必死になってこれがなんなのか父に問うた。
そして、この剣が魔法剣、魔剣などと呼ばれる特別な剣であること。そしてこれを打ったのがここの親方で父の知人であるということを、どこか得意気に話す父から聞いて知った。
必要なことを聞き終えたレグは、まだ何か話している父を放って、工房の奥へと駆け出した。何事かと作業の手を止めこちらを見やる職人たち、丁稚たちを避けて、親方とやらを探す。
あれを打ったという親方がどういう見た目をしているのかなどは聞いていないし知らなかったが、しかし、すぐにわかった。一人だけ、風格とでもいうものが違っていた。
親方は大地の民、ドワーフと呼ばれる背が低くずんぐりむっくりとしているとされる種族の人だった。されるといったのは、親方は蜥蜴人の中でも大柄な父レドと並ぶか、それ以上の巨躯を誇る、豊かな白ひげをたくわえた筋骨隆々の翁だったからだ。
レグが翁をドワーフだと断じられたのは、その豊かな白ひげと、この真昼間から傍らに並々とエールの注がれたジョッキが置かれていたからだ。それがなければ、巨人族か何かと勘違いしていたかもしれない。
どたばたと騒がしく作業場にまで踏み込んできたレグに気づいた親方が、作業の手も止めずにちらりとレグを一瞥し、また手元に視線を戻す。深い皺の間から、それだけで人を殺せそうな鋭い眼光がこちらを射抜いた。しかし、レグは怯まなかった。そもそも気にする余裕がなかった。そして、魔剣を見た瞬間から内側から湧き出る衝動のままに、蜥蜴人の最たる礼――五体投地の姿勢で、親方に訴えかけた。
『おれを弟子にしてくれ!』