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幾度かの日没と日の出を繰り返した。知らぬ場所から見上げる月が見せる顔は変わらずに美しく、そして太陽もまた変わらずに大地を照らしているのだと知った。
狩りと採取を基本とした生活は、順風満帆とは言えないが、それなりに順調に進んだ。それもこれも早い段階で沢を発見できたことが大きい。
サバイバル生活一日目、木を飛び降りた後。水を求めて、時折木の一番上に登って開けた場所か、他と木の種類が違っているか、育ち方が違う場所を探して回ったがなかなか見つからない。
日も暮れる頃になって、初日では見つからないかと諦めて拠点に帰ったら、調べに出たのとは反対側にすぐに見つけたのだ。これが灯台下暗しか、と少し肩を落としたが、最大の懸念だった飲み水の確保は完了した。
食料は水場探しで歩き回った時にいくらか果実を採取しておいた。きのこは怖すぎるので触ってすらいない。どれもこれも知らないものばかりだったので、とりあえず一番多く採れた手のひらほどの大きさの丸くすべすべとした薄青い果実を、毒を警戒して少しだけかじり、しばらく時間を置いて体に異常がないか確認してから食べた。
皮は薄く、剥かずに食べても気にならない程度。しゃくりとした歯触りが心地よく、咀嚼すれば豊富か果汁が溢れ出る。爽やかな香りが口内に広がり鼻に抜け、爽やかな酸味を感じた後にすぐ濃厚な甘さが追いかけてくる。
記憶にある果物のどれにも当てはまらない味で何を例えに出せばいいのかわからないが、記憶の中のどれよりも美味しく感じた。
これが目を覚ましてから初めて口に入れた食べ物だからという補正があるのかもしれないが、しかし間違いなく美味しい。一口食べたあとはもう止まらず、すぐに追加で三個四個と食べてしまった。
他にも知らない果物ばかりを見つけたが、他のどれよりもこれが一番美味しいだろうという確信をしてしまうほどに美味しい。もしも記憶を失う前にこの果物の存在を知っていたならば、きっと毎日欠かさずに食べていたであろうほどに。そして今日からはこれが主食だ。見た目は青リンゴに似ていることだし、暫定的に青リンゴと呼ぶことにした。
その後、苦労しながらも練気術によるゴリ押しでどうにかこうにか火を熾し、焚き火を焚いて祭壇に続く洞窟の入口で横になって寝た。
二日目。空が薄明るくなる頃に目を覚ました。マットレスも敷布団もないので地面に直接寝転がったわけだが、まあ、寝心地は推して知るべし。
ここに長居するつもりもないので、この日は必要そうな道具を作ることにした。具体的には水筒。荷物など何一つないので籠など作る必要はないし、昨日歩き回ってみた感触としては、青リンゴの木はどこにでも生えているようだし、飲み水さえ確保すればいいだろう。
と、ここまで考えてふと思いついた。青リンゴさえあればそもそも飲み水を携帯する必要もないのではないか。今も青リンゴを食べた後、さあ動き出そうというところだが、喉の渇きは感じない。栄養補給と水分補給を同時にこなせて多く植生している。青リンゴは神の果物か。
そうとわかればここに長居する必要もあるまい。早く健康的で文化的な生活を取り戻したいし、心躍るような闘争をしたい。
昨日の探索中にあわよくば野生生物に襲われたりしないだろうか。そろそろ肉がたべたい。今は水と食料探しで忙しいが向こうから来るなら迎撃するしかないしなー、いやしょうがないなー、などと考えながら気配を探ってみたりしたのだが、どうやらこの一帯は小動物の楽園らしく、熊みたいなのは見かけなかったのだ。
リスなどは案外美味いとは聞いたことがあるが、同時に病気を持っているリスもいると聞いた覚えがある。誰から聞いたかなどは勿論覚えてはいないが、そうなると不用意に小動物を狩るのにも躊躇いが生まれる。
もっとも、見知った動植物というのはほとんどないわけだが。なにしろ先ほど例に出したリスだが、これも額から角が生えているしその体躯だって掌に収まるか収まらないかといった大きさだ。
何かの肉を血を滴らせながら口に咥えていたのを見かけたこともある。あれをリスと読んでいいのか、甚だ疑問ではあるが。
もしも山の主的な存在がいるならば一戦済ませておきたかったが、それもいないならばこの山には用はない。
人は水のある場所に住む。持てるだけの青リンゴを服に仕込み、沢を伝い、下流方向へと走り出した。