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拳姫冒険録 俺より強いやつに逢いに行く  作者: 長門症候群
序章
3/12

2

 それからまた幾ばくかの時間を茫洋と過ごしていたが、いつまでもこうしているわけにもいかないと気を取り直した。極論、性別が変わってしまっていたとして、さしたる問題はないし、そもそもどうしようもないと気づいたのだ。

 少し日常生活にて戸惑うことはあるかもしれないが、それだけのことだろう。仮に記憶を失う前の己を知る人物に会ったとしても己は相手を知らないし、相手も今の己が相手の知る己と同一人物だなどとは夢にも思わないだろうから。


 とかくここから出ようと立ち上がる。気のせいでなければ、仮称魔法陣の放つ光はもう役目は終えたとばかりに弱まってきているようだ。改めて祭壇を調べてみるが、何かめぼしい物…つまりは自分以外の供物があるわけでもなさそうだし、外に出ようと風の流れる方へと歩き出す。

 幸いにして、魔法陣の光が途絶えても、辺りに生える苔が薄ぼんやりと発光していて、進むに困るということにはならなかった。

 途中、階段を登ったりもしたが、通路は一本道で、それほど時間をかけずに迷うこともなく出口へと辿り着くことが出来た。

 洞窟の中ではわからなかったが、時刻は朝か昼のようで、外から射し込む陽光に暗さに慣れた目が眩む。目を細め、手を翳しながらゆっくりと歩を進め、洞窟の外のひだまりへと足を踏み入れた。


 目が慣れるまでの間、暫し石張りから土の地面へと変わった感触や爽やかな空気を楽しむ。洞窟の中のひんやりとした空気が暖かなものへと変わった。水に打たれて冷え切っていた体には嬉しい。

 明るさに目が馴染むと、見えたのはどこをとっても青々と葉を茂らす木々ばかりだった。植生など見ても、そこから環境などについてなにがしかの推察できるほどの知識はなかったが、地面は傾斜がついていて、ここがどこぞの山の中で、過ごしやすい気温から時期は春頃であるらしいことが伺えた。

 あの祭壇の様子からして、人の手を離れて久しいようだったから、人里から離れた場所にあるのでは、というのは考えてはいたが。ともすれば秘境と言われるような場所なのではないだろうか。

 より詳しく位置を確かめるために、目に付いた一番背の高そうな木の、その上から周りを見渡してみることにする。


 呼吸を整え、全身に意識を向ける。血とは別の温かな力の流れを確かに感じ、どうやら身体は変われどもこういう部分に変わりはないらしいと安心する。

 力の流れを意識して操作し、丹田に集め練り込む──練気術により純度と密度を増した気を足へと巡らせ、枝を避けながら一気に木の幹を駆け上がった。突き出した枝を時に足場に上へ上へと移動しする。邪魔な枝葉は気を巡らせた手刀にて打ち払う。

 木を登りきり開けた視界から見えた景色は、絶景だった。見渡す限りの緑に覆われた山、山、山。自分がいるのもその山々の一つで、目算で七合目程の場所のようだった。この山が他よりも頭一つ抜けて大きく、今この場所が他の山の山頂ほどに位置するだろうか。

 しかし…、


「何故こんな場所に…」


 人里から離れているというにも程がある。何を思って、どんな理由があってこんな辺鄙な場所に祭壇などを作ったのだろうか。人目についてはまずいものを祀っていたりしたのだろうか。そしてそんな場所に寝ていた己はなんだというのか。誰か出てきて一から十まで懇切丁寧に説明してはくれないものか。

 考えても真相はわからないが、それにしてもだ。この上等そうな巫女服――袴が足首に向けて膨らみ先を紐で絞っているズボンタイプなので、巫女服と呼んでいいのかはわからないが――以外には、着の身着のまま何も手荷物などないから、人の生活圏に辿り着くまでは必然、サバイバル生活を強いられる。ナイフ等の道具はない、飲み水も食料もなければ行くあてもないとくれば、愚痴の一つも零したくなる。


 とまれ、こうして突ったっていても状況は改善しない。無為に時間を過ごして日暮れを迎えては命の危険すらある。水場の発見と食料の確保は急務だ。一日くらいは何とかなるだろうが、飲まず食わずの弱った状態で猪や熊にでも出会ったら面倒だ。

 食料が向こうから歩いてやって来てくれるのは歓迎するが、腹が減っては戦ができぬ。

 今後の目標として、生命線の確保がまず第一。第二に人の生活圏を探すこと。そして第三が、


「俺より強いやつに、逢いにいく」


 口をついて、ぽつりを言葉が零れ出た。

 右も左も、自分のことすらも分からないままだが、心を落ち着けて目標を定め、先のことに目を向ければ、己の内からふつふつと湧き上がる高揚感が、身を焦がす我欲が身体を突き動かさんとする。

 記憶はなくともわかることはあるのだ。

 前の己は、深い諦念と絶望を抱いていた。


 性別は違えども、身体の性能が前と同等以上であるのならば、少なくとも己は一般的とは言えないだろうこの練気術や身体能力を身につけている。魔法陣が御伽噺の中の存在であるならば、練気術とて漫画の中の技術だろうと知っている。だが、己はそれを使える。使い方を知っている。

 普通に生きているだけでは、普通に鍛えただけでは到底辿り着けない高みに、己の身体はある。好敵手足り得る人間はいなかっただろう。対等に振る舞える相手は、いなかっただろう。

 想像に過ぎないが、しかし間違っているとは思えなかった。

 

 だが、どうだ。今己が立っているここは、魔法陣なんてものがあるところだ。世界は広い、ただ知らなかっただけかもしれない。だが、それでも。だとしても、まだ見ぬ強敵がいるかもしれないとわかったのだ。

 己はこの世界でどのくらいの強さなのか。どんな技が、理があるのか。魔法陣なんて妙ちくりんなものがあるのだから、知らなかっただけで、もしかしたら魔法だってあるのかもしれない。それは一体全体どういうものなのか。練気術と同じように己にも扱える術理なのだろうか。


 どうやら記憶を失う前の己は、だいぶ物騒なやつだったらしい。

 いや、今もだが。

 期待に心を膨らませて獰猛な笑みを浮かべ、眼前に広がる世界へと樹上から飛び降りた。

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