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拳姫冒険録 俺より強いやつに逢いに行く  作者: 長門症候群
第一章 蜥蜴人の里
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9

 見間違いかなと目を瞬きもう一度見遣るが、たしかに見間違いではない。蜥蜴が、二足歩行で、立っている。


 身長はかなり高い。視点の高さから推測するに己の身長は170後半程だろうが、目測ではあの蜥蜴人間は180は優に超えているだろう。尻尾を含めたならもっとあるか。生憎蜥蜴の性別には明るくないので、オスかメスか、どちらかはわからない。

 何かの獣の革を鞣したであろう革鎧を身に纏い、その手には剣が構えられているが、刀身が薄らと青白く光っているように見える。その剣が放つ独特の気配が祭壇の魔法陣のものと似ている気がして、なるほど魔法の品かもしれないと推測する。狩人かと考えていたが、見た目からすれば戦士か何かのように思える。

 しかし、蜥蜴人間に魔法の剣と思われるもの、そして性別の変わっていると思われる自分。目を背けていたが、こうも状況証拠を並べられると、いよいよ言い逃れが出来なくなってくる。

 ああ、やはりこれは転生とか転移だとか、そういう類のものなのだな、と。


「どうも初めまして。言葉は通じるかな?」


 しかし惚けていても始まらない。蜥蜴の表情から何を考えているか推し量ることは出来ないが、雰囲気から戸惑っているであろうことはわかった。

 ならばと、こちらから声を掛けてみる。こういう転移だか転生だかには、何故か言葉が通じることがままあると知識にあることだし。

 しかし帰ってきたのは、確かに言葉ではあるのだろうが、知識にあるどれとも当てはまらない未知の言語だった。蜥蜴らしくしゃーしゃーと鳴かれたらどうしようかと思ったりもしたが、そこは一安心。どうやら知能は高いらしい。まあ、革鎧なんか着ていることだし、文化水準もそこそこの高さにあるのだろうが。


 とまれ、言葉が通じないのならば取れる選択肢は限られてくる。

 そう、肉体言語だ。

 たとえ言葉が通じなくとも、拳を交えれば伝わる思いもある。青春漫画の主人公と犬猿の仲のライバルは夕焼けの河川敷で殴り合い、その結果お互いを認め合うのだ。先人に学ぶ由緒正しき交友方法である。それに蜥蜴は未だ剣を構えていることだし、これは謂わば正当防衛でもある。

 か弱き一般市民である己は得物も持っておらず、襲い来るであろう理不尽な暴力に対して先手を取って無力化することは至って道理。もし仮にこの地では違法だとしても、他に目撃者はいない。


「バレなきゃ犯罪じゃあないんだ」


 ああ、いい言葉だ。口に出して言いたい言葉ランキングぶっちぎりの一位だ。思わず呟いてしまった。

 蜥蜴人間は未だこちらにどんな態度で接すればいいのかわかっていない様子。いきなり山の中から野生の巫女が飛び出してくればその反応もやむ無し。

 だが野生の巫女は凶暴なのだ。殴りかかってくることもあると、彼──先程の声音からたぶんオスと判断した──にその身をもってわからせてやらねばなるまい。御託はいい、理由もなんでもいいのだ。戦士らしき格好を確認してから、とにかく戦いたくて体と心がうずうずしている。


「我流、…名無し。いざ、推して参る」


 知識の中にあった流派とも呼べぬ流派の名と、仮の名前とも言えぬ名前を名乗り口上として、拳を構える。

 今日も今朝から走り通しだったが、そんなのはいい準備運動だ。気は文字通り充実していて、全身を巡っている。


 彼が今になってあたふたと剣を収めようとしているが、それは駄目だ。目の前に餌をぶら下げておいてやっぱなし、は通らないだろう?

 気を練り数歩で川を飛び越え距離を詰め、一撃で決めるつもりで掌底を顔面目掛けて打ち上げる。彼は素晴らしい反射速度で鞘に入れたままの剣を割り込ませて、鞘の腹で受けた。どんな素材で出来ているのか、若木を薙ぎ倒す一撃を受けて罅割れるだけで済んでいる。


 流石異世界、と感心しながらも、衝撃で地面から僅かに足を浮かせた彼に回し蹴りを放つ。これには防御は間に合わず胴体にめり込み、骨の軋む音を立てながら蜥蜴を川向うへと弾き飛ばした。

 これまた、恐ろしい耐久力だ。肋の一本や二本は持っていくつもりだったが、やはり種族の違いからか、あの感触では罅も入っていないだろう。もっとも、内蔵にはそこそこのダメージは与えられただろうか。

 それでも彼は既に剣を杖替わりに立ち上がろうとしている。ここ最近は鍛錬もできていないし技の冴えが鈍ったか、体が変わって衰えたか。先の二撃を確認のために繰り返し虚空に打つが、技の冴えは知識と変わらず。風を切る音が肉体が十全であることを教えてくれる。


(ならやっぱり、彼の体の硬さ故、か)


 納得はいった。これもやはり蜥蜴の体の構造は知識にないが、世界が変われば何が違っていてもおかしくはない。彼はやはり蜥蜴のがわをした人ではなく、人の大きさの蜥蜴なのだ。人間相手の技では想定よりも効果は低い。

 だが、どうだろう。骨格や肉のつきは少々ただの人間とは違うかもしれないが、人間大の大きさにまでなれば、脳の大きさもそれに比例したものになるのではないか。ならば頭というのはただの人間と変わらず急所足りうるはず。初撃に放った掌底は防がれたが、もし直撃していたならばどうだったか。


「どれ、試してみることにしよう。少々お付き合い願うよ、蜥蜴の人」


 最初の再現のように、再び構えを取る。蜥蜴の彼も最初とは違い、明確な警戒心をもってこちらを睨めつけている。ああ、それでいい。そうでもしないと、今度のは見逃してしまうぞ。

 体が耐えうるぎりぎりに近づくように気を練る、練る、練る。より密度を高め、より量を増し、両の足へと流す。彼の呼吸を読む。なべて生き物は呼吸をするし瞬きをする。その一瞬のゆるみを見極め、意識の裏側へと踏み込む、今。

 足元が爆ぜる。数十歩の距離を一足飛びにして、一秒の間も置かずに彼の眼前へと詰める。我流、絶。蜥蜴の彼には瞬間移動でもしたように見えただろう。表情はわからないが、その目が大きく見開かれるのがよくわかる。

 最初と同じ軌道で放たれた掌底はしかし、今度は防がれることなく顔を打ち抜いた。

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