ー第8話メモリアルセンター
ー第8話メモリアルセンター
長良川を金華橋で北に渡った所に、陸上競技場やテニスコート、プールなどがある県営のスポーツ施設がある。数年前に未来博と云う博覧会があり、県営グランドからメモリアルセンターに名前が変わった。
岐阜にもプロサッカークラブが誕生してJ2に昇格した。その試合を取材するために、竹山透47才は陸上競技場に入って行こうとしていた。
それは、プールサイドの事件が起こった翌日だった。
妻の清美は妊娠3ヶ月で、気分転換の為に竹山について来ていた。
芸能記者からスポーツノンフィクションライターに成るのは、簡単ではないと思われていた。しかし、訴訟を準備していた被害者連絡会が交換条件を提示してきた。竹山が芸能記者を辞めるなら、一切の訴訟を取り下げると宣言した。週刊誌業界側の弁護団は、戦わない方が明らかに利益になると業界側を説得した為、あっさり竹山はフリーのスポーツノンフィクションライターに転身する事ができた。
初仕事は、自由契約寸前のピッチャーを取材したノンフィクションだった。彼はルーキーイヤーの不運な連打によって、恐怖心に勝てなくなった。彼を見いだしたスカウトと、可能性に賭けるピッチングコーチと共に戦う姿が描かれていた。それが雑誌に掲載され、球団の首脳陣にチャンスを与えようと云う気にさせた。そして、今年のオープン戦で無失点完投勝利した。ローテーションの一角に入り、今季3勝をあげている。この取材の連載で、竹山は足場を固めつつある。
そこで、地元岐阜のプロサッカーチームに取材を求めようと、メモリアルセンターにやって来たと云うわけだ。
清美とスタンドの入口に歩いてゆく竹山の前を、1人の男がゆっくりと横切ってゆく。竹山は何故か、スキのない身のこなしに、その顔を見た。清美も見た。
2人は顔を見合わせて、同時に言った。
「分部豊?!。」
2人は立ち止まって、歩いてゆく分部の姿を目で追った。
分部はコンクリート壁にある、緑色の鉄扉に近づいていった。
そしてポケットから鍵束を取り出して、その1つをノブに差し込んで回した。
分部は緑色のドアの中に消えた。
「見た?。清美ちゃん。」
「見た。どうして、こんなとこ歩いてるの?。しかも普通に…。小谷刑事が捕まえたんじゃないの?」
「きっと続きが始まったんだ。今度は何をやらかすつもりだ?。」
竹山は言いながら、携帯を取り出そうとした。自然に手が震える。焦ってポケットの携帯がつかめない。その竹山に、清美が自分の携帯を差し出した。
「あ〜。」
竹山は、小谷利治ではなく田島本部長に電話してしまった。
ーはい。田島です。ー
「竹山 透です。その節はお世話になりました。」
ー!。あぁ…記者の方の竹山さん?ー
「なんか…別の竹山がいるみたいですね。…それどころじゃなくて、今メモリアルセンターに居るんですが、分部豊が居るんです。」
ー分部が?。近くに?。ー
「FC岐阜の試合会場になってる陸上競技場なんですが…外壁にあるドアの鍵を開けて入っていったんです。」
ーう〜ん。それは…。5分以内に機動隊を行かせます。見てて下さい。もし出て来たら、どこに行くか電話で知らせて下さい。くれぐれも分部に気づかれないように。ー
「分かりました。…もしかして、向こうから来てるんですか?。向こうの小谷刑事や俺や清美が?。」
ー来てます。でも問題は、そのドアです…緑色してませんか?。ー
「緑色です。」
ー絶対に中に入らないで下さい。私でも手に負えない事態になります。絶対にドアを開かないように。察して下さい。ー
「分かりました。機動隊を待ちます。」
2分で、機動隊が盾を持ってやって来てドアの周囲を囲んだ。田島本部長自身が5分後に、竹山の所にやって来た。
「竹山さん。ここを離れて下さい。」
「何故です。分部は何をするつもりなんですか?。」
「問題は分部ではなく…2部です。」
「2部?。」
「聞いた事有りませんか?。特別編成班なんでもあり課と云うのを?」
「警視総監直属の捜査チームと聞いてます。」
「えぇ。日本国内での外国の諜報活動全般に渡って、あらゆる権限を日本政府から与えられています。以前、愛知県警は捜査権をこの2部に奪われました。つまり、竹山さんに対して2部が何かを行使しても、私には手の出しようがなくなります。」
竹山は身の危険を感じた。記者としての勘も警告を発していた。
「分かりました。…行こう清美。」
しかし、2部はあまりに早かった。
「お待ち下さい。竹山さん。」
50代後半の背広の男が、いつの間にか真後ろに来ていた。
「警視庁生活安全課の白根と申します。あのドアの中に入っていった人物について…お話をうかがいたい。」
このレベルの威圧感を持った人物は記者にとって、危険極まりない人物だった。まず清美を退避させなければと竹山は焦った。
「妻は関係ないので、帰らせて頂いてもかまいませんか?。」
「問題有りません。妊娠されてるようですね。」
竹山は清美を促した。小さくーあなたーと言ったが、その場を離れた。
田島が、なんとかこの場を無事に済まそうと、間に割って入った。竹山は芸能関係の記者で、警察関係には慣れていないはずだと…。
「白根刑事部長。県警の田島です。雨屋事件の詳細は、ご存知ですか?」
「え〜。レポートを読みましたが…まるでSF小説のようでした。」
「あの事件の続きが現在進行中です。分部は向こうで服役していたらしいんですが、復讐の為に脱獄して…また、こっちに逃げて来たようです。」
「なるほど。」
「我々の落とし所は、分部を確保し向こうの世界で、もう一度服役させる事です。そうしないと、向こうの県警関係者が苦しい立場に立たされます。」
「…。それはマズイですね。脱獄犯を逮捕出来なければ、処分者が出る。…解りました。では、2部としての落とし所を言いましょう。…この緑色のドアの向こうには、旧日本陸軍の施設が地下5階に渡って広がっています。その施設を博覧会開催の工事に合わせて補修を行った。その際、各階のドアを交換した。同時に鍵も変更になった。その全キーのスペアキーを工事関係者の1人が持っている事が、昨日の23時に判明しました。今日の午前3時に身柄を拘束しましたが…スペアキーを発見出来ません。本人が言うには、4年前に車上狙いにカバンごと盗まれたと…。それで困っている時に、竹山さんの携帯電話の会話を傍受しまして…ここに居る訳です。で、我々としては、スペアキーが確保されれば問題有りません。分部豊の身柄は県警にお任せします。そして、もう一つ深刻な問題が有ります。」
白根はそこで、言葉を止めた。
「…。迅速に行動したいので、かいつまんでお話ししましょう。この施設の地下5階の一番奥の部屋には、ある物が保管されています。第二次大戦中、旧ドイツ軍のペーネミュンデロケット実験場から、ユダヤ人のグループが核弾頭を盗み出しました。2個作られ、1個は地下実験で使用され成功したとの記録が有るものです。それをゲシュタポに追い詰められたユダヤ人グループが、杉浦という日本の外交官に託しました。それが日本に持ち込まれ、この施設の中に秘匿されました。」
田島は嫌な汗を全身に感じた。これは、最高国家機密に違いない。それを聞いた自分と竹山は、もはや逃れられない立場に立たされたと感じた。
「しかし…。それは古い物でしょう。もう起爆しないのでは?。」
「毎年チェックされています。今現在でも起爆可能です。スペアキーを作った工事関係者は、施設の見取り図も一緒にカバンの中に入れていました。その見取り図には、丁寧にドイツ製核弾頭と書いてあったと証言してます。」
「じゃあ、分部は知ってるんですか?。」
「おそらく…。先ほど復讐の為に脱獄したと…田島本部長はおっしゃいましたね?。」
田島は指が勝手に震えるのを感じた。
「分部のプロファイルを行ってないので、なんとも言えませんが…本部長の感じとしてはいかがです?。」
「核を起爆させるような人物ではない…」
青ざめた竹山の顔がそれに同意して動いた。そして竹山が付け加えた。
「ですが、マスコミやネットを使って脅すくらいは平気な人物です。」
「…結果は起爆させたのと同じですが、それなら施設内部に突入しても問題無さそうですね…うちの連中10班を全て投入します。すいません。車の無線を使います。」
白根は自分の車に戻って行った。
竹山は、分部の変な巧妙さに思いを巡らせていた。
「田島さん。こういう施設って、出入り口は一つなんでしょうか?。」
「それはわからない。もう中に居ないと?。」
「だとしたら。ネットカフェに駆け込んで、書き込めば世界中に発信できますよ!。」
田島は、自分の車に戻って行く白根に全力疾走した。
振り向いた白根に、田島が怒鳴っているのが竹山に見えた。明日、この街いや…この国が無事である保障は無くなった。自分と清美が分部を見なければ…竹山透は恐怖でその場に座り込んだ。
次話予告!
第9話ゴーケアフォーナカジマ岐阜店
分部の情報汚染を阻止せよ!小谷晴朝が利治が2部白根が!間に合うか!