ー第7話 小谷家
ー第7話 小谷家
この世界でも、非常線が張られた。
上土居中学校には、県警本部長の田島自身がやってきた。
「小谷さん…お久しぶりですと言えば良いんでしょうか?。」
頭には白髪が混じり、日焼けした顔には深いシワが刻まれている。周りに居る警官を見ただけで、田島が指揮官として優秀である事を小谷は感じた。
「ずっと岐阜なのか?。」
「いえ。色々まわりました。まぁ定年までの最後の職場は岐阜でと希望したら、たまたま空いてまして…。この状況だと、運が良かった。事情を知らない者では、小谷さんの力になれません。…たまたま、栗林 三橋 加藤も岐阜に戻って来てるんです。三人とも腕を上げました。30年前は、ヒドかったですからね。」
「誰だってだ。お前もひどかったぞ、最初は。」
田島本部長は、少し若やいで嬉しそうだった。
「…で。小谷さん。分部はどう出るんでしょう。この後。」
「奴は、必ず拠点を確保している。この時代の雨屋をな…そこにとりあえず引いて、こっちの動きを観察する。分部のパターンだ。」
「この時代の雨屋ですか…。」
田島は素早く考えを巡らした。
「ネットカフェか、あるいはラブホテル。別の名前でアパートを借りてるか…。すでに実家は押さえてますから…。」
「それは任せる。CAを限定してくれ。」
田島は、また嬉しそうな顔になった。
「CAですか…。懐かしいですね。よく言われました。CAを狭めろって。」
「…とりあえず。このずぶ濡れの2人を家まで連れて行く。車は用意してくれたか?。」
「えぇ。このキーです。」
田島を車のキーを差し出した。
「それから、この中学生2人。セイヤとミクはどうする?。」
セイヤは震えているミクの肩を抱きながら言った。
「こんなんじゃ、家に帰っても親に説明できないですよ。」
「じゃあ2人も来い。…清美ちゃん、この時代の洗濯機には乾燥機が付いてると言ってたな?。」
「はい。でも、小谷さんの所は…どうなんです?。」
小谷利治が即座に答えた。
「付いてますよ。行きましょう。」
一行はプールサイドを離れた。
官舎は新しく建て替えられていた。
3階建ての鉄筋アパート…その1階の玄関で、いつものように妻は座って小谷を迎えた。
「お帰りなさい。ご苦労様です。」
10才年下の妻は、この世界では20才年上のはずだった。
「すまない。仕事を持ち込む。」
何の戸惑いもなく、小谷の背広を脱がせて受け取る。着替えは、すでに全員の分が揃えてあった。
女の子2人を、寝室の方で着替えさせる。洗濯機が回り始めた。
小谷は自分の仏壇を見た。白髪の自分の遺影が飾られている。
スッと仏前に座ると、手に取れる所に数珠が置いてある。明かりがすでに付いている。お鈴を鳴らして、小谷は合掌した。この自分もまた、生涯を賭けて分部を追っていた。
「警察官としては、誰にも恥じる事のない仕事をしてきたはずだ。…しかし、夫としてはどうだった。?。この写真の俺は…。」
落ち着いた美しさをたたえた妻は、柔らかい声で微笑みながら答えた。
「…生涯、逮捕した容疑者は30人。内、20人は再犯せず社会復帰。10人は未だ刑務所に出たり入ったり。病室で毎朝目覚めると、10人の名前を1人づつ唱えて、お前はやれると付け加える。…そんな人の妻で居られる事以上に、誇らしい事は有りませんでした。この写真のあなたは、恥じる事のない夫でした。…あなたも迷う事はありませんよ。今も、私が代わって唱えてるんですよ。10人の名前と分部豊の名前。そして、お前はやれると…。」
小谷は押さえ切れずに、この30年後の妻を抱きしめに行った。
「駄目ですよ。皆さんが見ています。」
言いながらも、妻は小谷に身を任せた。
気を使って、全員が襖を閉めて隣りの部屋に移動した。
「すごいラブラブじゃん。おじさん。」
ミクが元気を取り戻して言った。
「声デカいよ。ミク聞こえるよ。」
いけないと言う顔で、ミクは自分の口を押さえた。
「とにかく、みんな座ろう。」
小谷利治がそう言うと、クーラーの効いた居間のテーブルの周りに、思い思いに座った。
透ちゃんと清美ちゃんが、これまでの経緯を小谷利治に話した。
「責める気はないけど、なんで1人でプールに行ったんだよ?。」
透ちゃんは不満そうに、文句を口にした。
「利治を預かったって…。無傷で帰して欲しければ、ノートを持って10分で中学のプールに来いって…。遅れたら殺すって。何かしてるヒマ無かった。」
「分部の手だよ。せめて俺に電話しろよ。」
「だから…10分だよ?。自転車でギリギリだよ!。間に合わないよ。分かるでしょ?。それくらい。」
清美ちゃんらしくなく、気色ばんだ。ミクがとりなしに入った。
「まって、お姉さんさ〜彼氏はお姉さんの事心配してんだよ〜あの分部チョーヤバイよ。ナイフ突きつけたんだよ?。メッツチャ乱暴に腕つかんでさ〜。ホラ跡ついてるよ。これって婦女暴行じゃない?。刑事さん?。」
まくし立てられ、話しを変えられて、清美ちゃんは呆気にとられながら言った。
「…でもあなた。真っ暗なプールで何やってたの…男の子と?。」
何を聞くの?いまさらと云う顔でミクは答えた。
「エッチに決まってんじゃん。お姉さんも彼氏とするでしょ?。」
小谷利治がレフェリーストップかけるべきだと判断した。
「ミク待て。この女の子は30年前の世界から来たんだ。そこじゃ、高校生だってセックスしてるのは、クラスで1人か2人の時代だ。その話はそこまでだ。」
ミクがのけぞった。
「エッーお姉さんバージン?。純愛なの彼氏と?。体に良くないよそれ。」
セイヤの方が気を効かして、ミクの口を手で塞いだ。
「気にしないで…こいつとは、まだ一回やっただけだから…。」
利治がセイヤの頭をはたいた。清美と透は顔を赤くして、床を見ていた。
「まぁ。良いか悪いかは知らないが…これが今だ。受け入れてくれ。」
「それにしても…。清美さんにはお礼を言うべきだな。俺は3才だよな。だまされたとは言え、命がけで助けようとしてくれて、有難う。」
「はい。小谷刑事さんにはお世話になってますから…。」
その利治のポケットから、ファーストガンダムのメロディーが流れ出した。透が反応した。
「それ、ガンダムじゃないですか?。」
「アァ、ファーストだけど。」
利治は携帯を取り出して開くと、音楽は止まった。
「小谷です。はい本部長…。」
小谷利治が話している横で、透ちゃんは言った。
「ファーストって?。」
セイヤが答えた。
「お兄さん。30年前なら、リアルタイムでファーストガンダム見てるでしょ?。あのあと、ゼータにダブルゼータにゴッドにウイングにターンAに…。」
セイヤと透ちゃんの間に、ガンダム談義が花開いた。
小谷利治は、緊張していたが負ける気はしなかった。
ー今度はベストメンバーだぞ。ー
と思いながら…。
次回予告!
ー第8話メモリアルセンター 芸能記者から、スポーツノンフィクションライターに転身した47才の竹山透。地元のプロサッカーチームを取材に来た目の前を、分部豊が横切ってゆく!。その理由が、2部を呼び白根登を登場させる!ついに分部は日本全体を危機に陥れる!