ー第6話スーパーセーブ
ー第6話スーパーセーブ
分部を先頭に飛び込んだ先は、平成20年の8月20日だった。
上土居中学校の2年生セイヤとミクは、真っ暗なプールサイドに横たわっていた。アダルトビデオで見た事をしようと、とりあえずキスに行く為に、ミクに顔を寄せていった。その右目が何か動く物を感じた。
そしてナイフを持ち、縛られた人間を横抱きにした男が向かってきた。
ー踏まれるー
と感じたセイヤは、ミクを守る為に覆い被さった。
その2人を飛び越えようと、分部はジャンプした。しかし2人分の体重は、飛び越えるだけの高さを与えてくれなかった。左足は通過したが…右足が引っかかった。
飛ぶ時に、転ぶ事を予想した分部は、清美を左のプールに投げ出した。雨屋でノートが爆発した時、完全に意識を失った事を分部は怖れていた。それを防ぐ為に、前転で転がりながら、尻ポケットのノートをプールに向かって投げた。
硬いプールサイドを転がりながら、後ろから来るはずの小谷刑事の方を向こうと、体勢を持っていった。
分部が後ろを見る前に、竹山透は清美ちゃんを助ける為にプールに飛び込んでいた。
そして、小谷刑事はセイヤとミクを飛び越えたが、すぐには止まれず、分部も飛び越えプールサイドの外柵にぶつかって体を止めた。
振り返ると。
すでにプールサイドに寝ていた人間を人質にしていた。
「分部。毎回毎回同じように、女の子にナイフ突き付けて…飽きないか?。」
小谷は半ば呆れて言った。
それを遮るように、セイヤが喋り始めた。
「待って。待て…それ以上罪を重ねるな…いいか?それで止めれば、一年で出られるぞ…キズつけたら3年は出られない…よ〜く考えろ。母が泣くぞ…。」
及び腰で、両手を前にパーの形で突き出している姿に、分部も小谷も見入ってしまった。
プールの中では、透ちゃんがなんとかして、清美ちゃんを助けようともがいている。
そしてノートが爆発した。
ドンッ。と鈍い音がして、滝の逆再生のようにプールの水が、上に向かってほとばしった。20m近くまで上がると、プールの外にドドッと降り注いできた。その雨が止んだ時…分部の姿だけ、プールサイドから消えていた。
プールサイドではセイヤが
「ミクー。」
と叫び、水の無くなったプールの中では
「キヨミちゃん!。」
と透ちゃんが叫んでいる。
小谷はプールの中に降りて、清美ちゃんのロープを解いてやり、透ちゃんと2人でプールサイドに上げた。セイヤは、携帯を取り出して110番通報の真っ最中だった。
「…彼女が襲われたんです…ナイフ持って…場所?。上土居中学校…オレ?三橋星矢…ミツハシ セイ…それより、逃げたんですよナイフの奴が…だから、名前?加藤 未来…ミク…違う、セイヤは俺で、襲われたのはミク…知らねえよ、会った事ないんだよ。出会い系サイトなんか関係ねえよ…」
小谷は、トランシーバーに向かって話しているセイヤに言った。
「良ければ、私に話をさせてくれないか?。」
「あ〜言ってやって下さいよ。話通じないんすよ。」
小谷は、その小さなトランシーバーを受け取って、耳に当てた。
「北署の小谷利治に連絡をお願いします。小谷晴朝が上土居中学校のプールサイドで待機していると。」
ーあぁ…小谷刑事ですか?。親父さんですか?。今、環状線で事故処理してます。近くなんで、呼び出しますよー
「頼みます。」
小谷はトランシーバーだと思っている携帯電話をセイヤに返した。
「すぐ刑事が来る。待とう。」
セイヤは小谷をマジマジと見て言った。
「おじさん。もしかして刑事?。」
「元刑事だ。」
「やっぱり。顔がさデカっぽいよ。」
ミクはパニックになって、プールサイドに座り込んでいた。
「その子を介抱してやれ。君の彼女か?。」
「そうミク。俺はセイヤ。おじさんは?。」
「小谷だ。ここに息子が来る。」
「そりゃあいい。こんなの身内じゃないと信用されないっすよ。」
全員ずぶ濡れで、女の子2人は放心状態だった。
2〜3分して、タイヤの音と共に車が入ってきた。ドアが忙しなく開閉される音がして、ハンドライトの光と一緒に、2人の男がプールサイドに上がってきた。
「あ〜刑事さん、聞いて下さいよ…。」
そう言うセイヤを無視して、小谷利治が小谷晴朝を見て言った。
「父さん!。いったい?…分部がまた?。」
隣りの三ツ矢が小谷晴朝をマジマジと見つめている。
「脱獄して、ここに逃げ込んだ。竹山透に末次清美も一緒だ。」
「なんでまた…。」
「復讐だそうだ。田島に連絡を取ってくれ。」
「電話します…。」
セイヤが持っていたのと同じようなトランシーバーが背広のポケットから出てきた。
「それは電話か?。」
「えぇ…携帯電話って言うんです。…あ〜本部長…小谷です。また分部が脱獄して逃げて来ました。親父まで追いかけて来てまして…話しをしてもらえますか?…。」
小谷晴朝は息子から、携帯電話なるものを渡されて耳に当てた。
「田島すまん。逃げられた。手配を頼む…この時代では俺は刑事じゃない。やれるのは利治の助手までだ。俺は死んでるんだろう?。ここじゃ…。車か…ありがたい。運転の仕方は同じか?。…同じやつを用意してくれるか…頼む。」
小谷晴朝は、息子に携帯を渡した。
「とりあえず、濡れた服を着替えましょう。」
「さえ子には、あらかじめ電話をしておこう。心の準備がいる。」
「そうですね…心臓麻痺で倒れたら大変だ。」
分部のカウンターは、セイヤとミクのスーパーセーブで、偶然クリアできた。
しかし、ホームの試合がアウェイに変わってしまった。
ー苦しくなる
小谷晴朝は、スーパーサブの息子をみながら思った。
ー第7話小谷家
30年後の田島、妻との再会…そして死の瞬間まで分部を追っていた自分の遺影…そこに見た自分の姿とは!