ー第16話岐阜城脱出
ー第16話岐阜城脱出
白根は山頂駅から登って来る時に、金華山の石に似せた盗聴器を、司老や横山にもバラまかせていた。その音がイヤホンの中で、パターンの違うノイズを発した。識別タグは外して、冷蔵庫の中に入っている。
「司老出来るだけ引きつけてからだ。」
「近い方が効果がありますからね。」
「300mソコソコの山だ。南3佐までやってくれるさ。」
「それはどうですかね。」
ノイズは集まり始めた。
ー集合ー
と白根は聞いた。
「わざわざ教えてくれるとは…。司老…下山スタートのゴングだ。」
「了解。行きます。」
その声の後、岐阜城を照らしていたライトも、岐阜公園の電灯も全て消えた。南3佐の司令テントはもちろん、陸自全ての電子機器がダウンした。そして、金華山に展開していた兵士全員が気絶した。
その暗闇の中を、横山は清美を、司老は透を背に、白根の照らすライトを頼りに駆け下り始めた。
ー残るは公安だけだー
白根はつぶやいた。
登山道は、夕陽ヶ丘の森林事務所に向かって下りて行くが、白根は頭に叩き込んだ地図を読んで、藤右衛門東洞に登山道を外れた。そこから、藤右衛門南洞に入り、伊那波山東洞に突っ込んでゆく。要所要所に、陸自の隊員が気絶している。
道三隧道に入った小谷利治は、いったん外に出る度に手間取った。時間は4時30分過ぎ。伊那波神社からの入口をやっと見つけて、学生会館に向け地下を移動し始めた。
危うく穴に落ちそうになりながら、行き止まりに来た。
2人は居ない。
「外に出たのか?。」
その背中に、硬い何かが当てられた。
「待て。小谷だ。陸自が動いた。2人は下山して、もう上にいるはずだ。」
「息子か。」
小谷利治は、嫌な汗を感じながらゆっくり振り向いた。
背中に当たっていたのはライトだった。分部の後ろに父親もいた。
「上に出たら撃たれるな。」
分部は小谷晴朝に言った。
「それでも上がるしかない。…自分が上がる。2人をここに降ろす。待ってろ。」
「小谷のオヤジさん。俺が出た方がいい。こいつを持って上がれば、むやみには撃たれない。」
分部は核弾頭をポケットから出した。手の中にスッポリ収まる大きさの三角錐が出てきた。一つの街を熱線と爆風で吹き飛ばすようには見えなかった。
「いや。リスクを分散する。2人で上がろう。被弾する可能性は2分の1になる。」
「いいだろう。」
「利治はここで待機。お前はこの世界の人間だ。後々面倒になる。」
利治は右手を差し出した。
「父さん。気をつけて。元気で…向こうの僕をお願いします。」
「それは問題ない。佐恵子によろしく言っといてくれ。」
小谷晴朝は息子の手を握りしめた。
白根は、久利坂が取るであろうポジションに思いを巡らせていた。
「部長。学生会館のどこに分部と小谷刑事が?。」
「知らん。俺の勘では東側だ。司老横山。俺は久利坂のバックを取る。お前らはこのまま行け。」
背中の清美も透も、まるで何も背負ってないかのように斜面を下る司老と横山に驚いていた。おそらく、こういった訓練を積んでいるに違い無かった。
白根は視界から消えた。
学生会館の敷地内に入った。司老は足元で何か光ったのを感じて、透を背負ったままジャンプした。横山も間一髪ワイヤーを飛び越えた。
司老は、敷地の南側から東側に向かって走った。
「司老さん。あのワイヤーまさか、爆弾じゃないですよね?。単に警報ですよね。」
「どっちにしろ、引っかかったら終わりだ。よく見とけ!。」
分部と小谷晴朝は、地下からせり上がった。
朝4時の森のひんやりした空気の中に、2人はかがんで出て横に転がった。
分部の目の前に、アルマーニの革靴と紺色のスラックスが有った。
「やっぱりここか…その石碑が場違いだ。」
久利坂は、折りたたみ式の小さなイスに腰掛け、アルミの水筒からキャップにコーヒーを注いでいた。
「松屋の最高級ブレンドだ…朝の森によく似合う。」
分部の右手の核弾頭をチラリと見た。
「とりあえず。こいつを一杯飲み終えるまで待て。その後、お前がそいつをどうかするのが早いか…俺が銃を抜いて、お前の脳髄を破壊するのが早いか…競争だ。」
分部は憐れむようなニュアンスで言った。
「あんた。俺によく似ているな。物事をもて遊んで楽しむのが好きらしい。」
「公安なんてものは、犯罪者の上を行かんと話にならん。核弾頭を持って走り回るヤツより、凶悪にならんと勝負にならんだろう?。」
「小谷刑事は違うな…。俺の人間性を愛するまでに理解し、分析している。どんな謀略も、その前では通用しない。」
久利坂は冷ややかに笑った。
「俺も警察学校ではそれを目指した。だが、現場で思い知らされた。そんな物は理想に過ぎないとな。ただの夢物語だと。現場ってのは地獄の修羅場だ。夢も理想も情け容赦もない。どうやれば愛せるのか…教えてもらいたいものだ小谷刑事さん。」
小谷晴朝は答えた。
「教える事などできん。この現場で自分でつかみ取れ。一度持った理想なら、信じる事だ。」
小谷晴朝は、久利坂に可能性を感じた。しかし、ここで久利坂が自滅する可能性もある。小谷晴朝は動かない事に決めた。
久利坂のかかとに、何かスイッチらしき物があるのが見えた。それが何に繋がっているのか?…もしかしたら、自分ごと吹き飛ぶつもりかも知れなかった。
司老は、遠くから久利坂の姿を認めた。
「クソッ。ポジションを押さえられた。こっちだ!。」
横山を促し、学生会館の反対側に進路を変えた。
「どうするんです?。」
「バッテリー切れだ。」
「バッテリーって何です?。」
「磁気嵐発生装置だ。今日2回使った。会館にコンセントが有るはずだ。コードをつないだままやる。」
「間に合うんですか?。」
「横山に背中のお二人さん。悪いが延長コードを捜してくれ。ヒューズが飛ぶかもしれんが、一回で久利坂を黙らせられるだろう。」
白根も久利坂が堂々と座り込んで、コーヒーを飲んでいるのを見て恐怖した。
ー自爆もある。あの男なら。核弾頭は2アクションで起爆する事を知ってるはずだ。分部は知らんだろう…伊那波神社に行って、道三隧道に入って出るか…。ー
白根は移動した。
「遅い。2部の連中。それとも小細工に動いてるか…。」
久利坂は小谷晴朝の答えは無視して、チビチビとコーヒーを飲んでいた。
「…早くしないと、コーヒーを飲み終わっちまうぞ。」
司老と横山、清美と透は延長コードを捜して、学生会館の中を走り回っていた。
「スライドか映写機が置いてある所に有るかもしれんぞ、横山。」
「それがどこに有るんです?。」
「倉庫だ。地下から探そう。」
清美と透は、無人のはずの会館の部屋から、ざわめきが漏れてくるのを聞いた。
ー動くのかよ?…昔のエロフィルムって…本当にエロいのか?…まぁレトロだから…でも非合法フィルムってんだから、バッチリ写ってるかも…おっ動いたー
透はそこに映写機が有るのを確信して怒鳴った。
「コラッ!。お前らそこで何やってる!。出て来い!。」
ピタッと声が止まり、バタバタ音がして窓ガラスの開く音がした。複数の地面に飛び降りる音がして、部屋は静かになった。
透は鍵の掛かったドアを体当たりで破った。中では、ムードたっぷりに女性が手招きをしている。清美が凄い勢いで入って来て、映写機の延長コードを引き抜いた。
「透ちゃん。だまされちゃ駄目!あんな女に。」
何の事やら分からない透は、延長コードをまとめて走り出した清美の後を追った。
久利坂が、地面に飛び降りる音を聞いて顔を向けた。
「何だ?。2部じゃないな。あんな音を立てるのは…。」
さすがの小谷晴朝も、スイッチにかかとを載せられていては、打つ手が無かった。分部は核弾頭の手動起爆装置が2アクションである事を知らなかった。知っていれば1アクション入れて、久利坂にプレッシャーをかけられるのだが…。
久利坂は、注意深く分部を見ていた。1アクション入れるかどうかで、展開か変わる。
…しかし、入れるタイミングで分部は動かない。
久利坂はー知らないーと判断した。
「分部。核を離せ。殺さないとは約束できんが…その時は、苦しまずに死なせてやる。」
小谷晴朝は動かなければならなかった。久利坂は、何らかの確信で分部を射殺すると感じた。
学生会館では、延長コードに接続した磁気嵐発生装置を、一番近い窓に司老が引っ張っていった。
がっ。電源ランプが消えた。
「横山。電源ランプが消えたぞ?どうなってる!。」
すぐに電源ランプが戻った。
「コンセントは差さってます!。断線しかかってるんです。引っ張ると切れますよ!。」
「家庭用電源じゃギリギリまで近ずかないと効果がない!。」
白根は、道三隧道の中で待機している小谷利治の所まで来た。
「小谷刑事!。銃の安全装置を外せ。2人で出るぞ!。向きはこっちだ!。」
「そんな無茶な。」
「横山!。電源を安定させろ!。」
「引っ張るからですよ!。」
小谷晴朝が意を決した時…久利坂の後ろがボンヤリし始めるのに気付いた。
ー清美ちゃんか…これは助かるかもしれんー
金属製の楯と機動隊のヘルメットが、久利坂の後ろでクッキリし始めた。
「何だ…。」
久利坂は驚いて立ち上がると、機動隊の列を見た。
学生会館の窓から、司老が磁気嵐発生装置をかざしながら、横山に文句を言っている。その後から、清美と透が外に飛び出してきた。久利坂が2人を見た時…かかとがスイッチから外れた。
小谷晴朝は、全力の葡伏前進でスイッチを左手でさらった。
そこに白根と小谷利治がせり上がってきて、久利坂に銃口を向けた。
久利坂は、ゆっくりと両手を挙げた。
次話!
ー第17話生還