ー第14話伊那波山北洞
ー第14話 伊那波山北洞
司老のテーピングは、傷口の出血を完全に止めていた。しかし、傷口からの細菌感染は発熱を生じさせていた。
「傷はどうだ?。」
「我慢できなくは無いが…この先、護国神社でいったん外に出て次の入口まで10mくらいある。そんな調子で出たり入ったりして、伊那波山東洞まで山登りだ。もつかどうか…。」
「東洞か…。分部、ここで待っていると云う手もある。2人を自分が連れてこれば良い。今は…23時10分。朝の6時まで7時間50分ある。」
分部は少し考えていた。
「いや…。俺の勘だと、足を撃った奴がルート上のどこかで待ち伏せていそうだ。あんたは戻って来れない。」
分部の勘はあなどれない。
「なら、もうひとつプランがある。もしもの時の為に打ち合わせておいたんだが…。」
「あんたらしい。そう来ないとな…。」呼び方が老いぼれから小谷に…そしてあんたに変わった。
「もし朝5時までに、天守に我々が現れなかった場合。鶯谷高校の学生会館まで降りてくるように指示してある。さっきの伊那波山東洞にそいつが建ってる。出口から近いかもしれん。」
「近いも何も、学生会館の裏にある大木の脇が出口だ。そこまでは山登りじゃない。もっとも緩い登りだがな。」
「そこまで行けそうか?。」
「楽勝だ。だが朝5時まで待たなきゃならない。」
「5時から2人が降りて来るまで30分。リミットまで残り30分。そこで鍵束と核弾頭を置いて、我々はこの世界から戻る。」
「…いや。30分は残らない。あの男は、最後の1秒まで食らいついてくる。」
「心配ない。どんなに優秀な奴でも、お前を追い詰める事はできる。しかし捕まえる事はできん。」
「今度ばかりは…。まさか、いきなり撃ってくるとは厳しい。」
「致命傷にはならん。」
サラッと言う小谷晴朝の言葉に、思わず分部は振り返って笑った。初めて見る分部の笑顔だった。
「根拠は?」
「射殺するなら…頭か心臓を狙うはずが、右足首を狙っていた。発砲して犯人を殺した事の無い証拠だ。どうしても、急所を初弾では撃てないものだ。それに、射殺した事のある人間の目は、あれほど澄んでない。必ずくもっている。」
「驚いたな。あの短い時間にあの距離で、目が澄んでいるかどうか見分けたって言うのか?。」
「視力は2,0ある。短い時間で相手を知るには目を見るしかない。だから、自分はお前を捕まえられたんだ。」
分部は、この刑事の底知れなさに身震いした。
「俺はどんな目をしてる…?。」
「犯罪を犯し、それを悔やんでいる。しかし、その気持ちを警察に対して復讐する事で、消し去ろうとしている。」
「俺が?。悔やむ…。まさか。」
「認めなくて良い。悔やんでも解決にはならない。それより、明日を真っ当に生きれば良い。真っ当に生き抜く事が、被害者に対する最大の謝罪と思え。」
「それで許されるか?。」
「許されん。だが犯罪者が犯罪を犯さないで生きようとする気持ちは貴く稀だ(たっとくまれ)。それは被害者であっても…許さないまでも敬意を払うべきだ。そうしない者に対しては、礼儀に反すると批判して構わん。」
分部は首を捻りながら笑い出した。
「言いきるんだな。だが…俺はこの先、犯罪を犯さない自信はない。最初は復讐だった。だがな、やってる内に快感になった。その内にやりたい衝動に駆られるようになった。真っ当な人間に戻れるとは思えない。すまんな…。」
「知ってるか分部。鞭で打たれながら、褒められたり快感を与えられると、自ら鞭を欲するようになる。復讐をしていると云う快感が、犯罪と云う嫌悪すべき行為を欲するようにさせたんだ。逆をやれば良い。戻れない者など居ない。」
「だったら。刑務所は何故それをしない。真っ当に生きる快感なんか与えられなかったぞ!。惨めさと屈辱と苦しみだけを毎日与えられた。」
「人任せだからさ。誰かに言われて真剣にやれる者など居ない。自分で這い上がろうと思い続けられる者にしか、犯罪の海から浮かび上がれん。」
「そう思い続けられるにはどうするんだ。」
小谷晴朝は否定的で無い分部を感じて言った。
「どうするんだ。どうすれば良い。そう思い続ければ、答えはお前の目の前に舞い降りてくる。それなら出来るだろう?。」
「…そんな事。それで今の俺から逃げられるとは思えない。」
「強制するつもりはない。唱えてみろ。今日俺はまともに成る為にどうするんだ。どうすれば良い。その気持ちが足場を固めてくれる。その気持ちに誰かが共感してくれる。その日まで唱えてみろ。逃げる必要などない。」
「もう少し気の効いた事を言え…。」
分部は、そうは言ったが…気持ちは揺らいでいた。
ーコイツの綺麗事に騙されても良いんじゃないかー
と…。
2人は0時頃に立ち上がると、長良橋地下のトンネルを南に歩き、再び壁のコンクリートを引き出し道三隧道に戻った。
金華山の北西。長良川との間に護国神社がある。ここでいったん、その敷地内に出た。小谷晴朝にはそれが神社のどこになるのか、暗くて判断出来なかった。
「こっちだ。」
と言う分部の誘導で、10m先程先の埋石に再び両足を乗せた。
降下すると、同じ石組のトンネルが再び現れた。
「ここは。岐阜公園の下を通って、松山町の自福寺境内に出る。」
「…。分部。爺さんは何故これを公表しなかった?。日本が敗戦すれば軍も関係ないだろう?。」
「同じだ。地下は今も機密だ。」
「爺さんはどうなった?。」
「道三隧道は、このメインの通路のほかに、岐阜の街の下を縦横に走っている。その全部が刻まれている地図の間を探しに入っていた時…ある日爺さんは帰って来なかった。今もな。」
「印を付けなかったのかな…お前が判るように。」
「ある。たが今の俺では…爺さんに合わす顔がない。」
「気にするな。爺さんは解ってくれるさ。」
「そう思うか?。…いや何でもない。」
分部は打ち消したが、小谷晴朝は分部の変化に気付いた。
2人は自福寺と云う寺の境内に出て、また10m離れた所から降下した。
再び出たのは、伊那波神社の拝殿の裏山だった。暗闇の中に、建物がうっすら浮かんで見えた。
「この神社は、道三の時代には別の場所に建ってた。城が造られた時に、この場所に移された。ここは岐阜城の弱点だったと言われている。」
小谷晴朝の記憶からすると、警官の配置の内側に2人はすでに入っていた。
「分部。道三は最後に戦った時…この地下通路を何故使わなかったんだ?。」
(詳しくは司馬遼太郎刊 国盗り物語を参照して下さい)
「逆だ。城方が地下を使って道三を攻めた。爺さんによれば、道三の首はこの地下通路の地図の間に置かれ…入口は石組で閉じられたらしい。そのあと信長が岐阜城を攻めた時、秀吉は地図の間から書き写された絵図を手に入れていた。それで城は陥落た。裏の崖を登ったと云うが…あの崖は岩がもろくて登る事はできない。」
小谷晴朝は分部を見た。
「分部どうだ。向こうに戻って刑務所を出たら、地図の間を探さないか?。自分達が助かるのだとしたら、爺さんのおかげだ。自分達が見つければ、爺さんは死なずに済む。恩返しだ。」
分部はハア?と云う顔をした。
「印しが有るんだろ?。」
「30年前に戻ったら無い。」
「コイツは、爺さんのだろう?。」
小谷晴朝はマグライトを横に有る石碑にかざした。
分部豊地文字否
豊文字肯
とだけ刻まれた文字が浮かび上がった。
「これは…地と云う印しではなく、豊と云う印しをたどれじゃないのか?。」
「この石碑はいったい?。」
2人は石碑の反対側に回った。
伊那波曲輸跡
と有り、その下に分部 利佐ェ門建立と刻まれていた。
「爺さんの名前だ。こんな所に勝手に建てたのか?。」
驚いている分部に小谷晴朝は言った。
「行こう。」
2人は少し離れた埋石に乗った。
降下して歩くと、すぐに文字が有った。天井の石が一列だけ下がっていて、それに
地
と刻まれていた。小谷晴朝は、その文字の上にマグライトを動かした。
豊
と文字があり、その上をさらに照らすと、ポッカリ通路が口を開けていた。そして足元にも深い穴が開いていた。照らすと、底にミイラ化した人間が見えた。
「爺さんだ。トラップなんて無い通路なのに…ここだけ。」
「戻ったら、このワナは埋めよう。爺さんが死なないようにな。」
2人は死体に向かって合掌した。
「何か台がないと、上には登れそうにない。」
「ハシゴがいるな。」
2人はその場所を飛び越えて進んだ。
100m程行くと、行き止まりになり、埋石が2つ待ち受けていた。
「この上が学生会館だ。まだ…3時20分。上に出るには早い。」
「待つしかない。」
2人は暗闇の中で、朝の5時30分を待った。
次話予告!
ー第15話金華山
天守閣の清美と透が陸自に拘束されるのを防ぐ為、2部の3人は金華山に向かった!。3人は陸自の展開する山頂に登ろうとするが…。