ー第13話 道三隧道
ー第13話道三隧道
「そうか…。済まなかった。君が妻で良かった。」
小谷晴朝は、田島の携帯で佐恵子に首尾を聞いた。
隣で田島が、かなわないと云う顔で見ていた。
「一般人にしておくにはオシイ逸材ですね…。でっ…分部は天守閣に向かったが、そこはスナイパーの射的場。どうやって止めるつもりです?。」
「道路上を逃げ回れても、長良川を南に越えるのは不可能だ。公安なら、橋は完全に封鎖してるだろう。公安を橋から動かす為に、分部はまた揺さぶってくる。おそらく…ヤツの次の拠点はここだ。」
小谷晴朝は、机の上に広げた地図の上に、人差し指を置いた。田島がそれを見る。
「鷺山城跡ですか…。何故?。」
「我々の最も人数の薄い場所だ。金華山を中心に長良川沿いに円形にラインが出来ている…その外側になる。」
「しかしここは、パトロールさせてますよ?。」
「無駄だ。分部の方が上だ。鷺山に行く。俺の車で長良川を越える。」
田島はしばらく黙った。
「公安を騙せますか?。」
「やりようは有る。向こうに帰れば、こっちの公安は関係ない。」
「あの覆面パトは、防弾板が入ってます。公安のリボルバーなら通りませんが、陸自のライフルは保証出来ませんよ。」
「肝に銘じよう。」
小谷晴朝は、田島に右手を差し出した。田島はその手を両手で包んだ。
「ご無事で。向こうの私をよろしくお願いします。」
「わかった。」
「それから…。この仕事は経験を重ねても、一向にこうやれば良いと云うものが得られません。何か方向性は無いものでしょうか?。」
小谷晴朝の目が鋭くなった。
「どの星を目指して歩けば良いかを知りたい訳だな?。」
「たどり着く必要は有りません。たどり着けないでしょう。しかし…目指す星は必要でしょう。後に続く者達にも…。」
小谷晴朝は間を置いた。
「愛する事だ。」
「愛する?。」
「愛するまでに犯人の人間性を理解すれば、刑事なんてたやすい仕事はないぞ。田島。…しかし、凶悪な犯罪者を完全に愛する事などかなわん。だが、99,99…%と100%に限りなく近づく事はできる。それが、我々の目指す星だ。」
茫然とする田島の肩を叩いて、小谷晴朝は北署を出た。
分部はピザ屋の宅配バイクで、官舎から高富街道を南下し、長良北町交差点から右折した。このまま行けば、鷺山本通りに入り鷺山が見えて来る。交差点に居る県警は、分部がピザ屋のバイクに乗っている事を知っており、ライトを振って
「行け!。」
と指示した。
「世の中は不思議だ。生きてれば色んな事が起こりやがる。」
分部は呆れた顔で、開けられた検問を通過していった。
勝手知ったる脇道に、鷺山に向かって右折した。
その右折した道の正面ド真ん中で、鈴屋署長の漏らした情報を元に、久利坂は独り拳銃を構えて立っていた。
分部は避けるつもりは無く、久利坂に突っ込んで行く。
宅配バイクは屋根まで1mはある。久利坂は、分部がひるまないと見ると、この高さを跳躍して屋根でステップし、体をひねりながら空中で、バイクに向かって一弾目を放った。
偶然なのか必然なのか、エンジンのどこかにヒットして、シリンダーを止めた。
久利坂は着地して、ユウユウ立ち上がり、射殺するために、もう一度狙いを定めた。
分部はハンドルに胸を打ちつけて、ヨロケながらバイクを降りて、逃げようとした。
そこは、住宅街の細い交差点の南側。
西側から小谷晴朝の車が運転席のドアを開けて入ってくるのと、久利坂の後ろから白根と司老が走って来るのが同時だった。
司老は、磁気嵐発生装置を左手で久利坂にかざすようにして、発生スイッチを押した。(クライムズクライシスー第11面襲撃最終ページ参照)
しかし…久利坂の人差し指は体が硬直しながらも、トリガーを絞りきった。
分部の右足首を狙った銃口は、わずかに左にブレ、更に上にブレた。銃弾は右足首から外れて、左モモ外側の皮膚をえぐって貫通した。
分部は倒れ込むように、小谷晴朝の運転席に飛び込んで来た。
白根は、失神して倒れた久利坂の耳から外れたイヤホンから流れる無線を聞いた。
ー久利坂キャップ。3分でそちらに到着しますー
見ると、小谷晴朝は分部を助手席側に押し込んで、発車しようとしていた。しきりにキーを回しているが、セルの音さえしない。
「有効射程範囲に入ったようです。我々の車で行きましょう。」
司老が叫んだ。
それに答えたのは分部だった。
「…このまま、鷺山の太子堂に…。」
「太子堂に何がある?。」
小谷晴朝が聞き返した。
「…脱出口だ。連れてゆけ…。」
小谷晴朝は車から降りて、分部を車から引きずり出した。その足に素早く司老が、止血するためにズボンの上からテーピングを始めた。
「…お前ら。まるでリハーサルしてたみたいじゃないか。」
そう言う分部に白根が言う。
「3分で公安が来る。その脱出口とやらに押し込んでやる。急ぐぞ。」
小谷晴朝が肩を。白根が腹を。司老が足を持って駆け出した。
「太子堂は鷺山の頂上です。」
小谷晴朝は、後ろの2人に叫んだ。
鷺山は山と言うより、丘のようだった。
その頂上に、太子堂と云う御堂がある。分部と3人はその前までやってきた。
「入口はどこだ分部!。」
「御堂の裏だ。」
分部を御堂の裏に運んでゆくと、分部は降ろすように言った。
「小谷。俺を抱えた状態で、そこの埋まっている石の上に立て…。」
見ると、ひときわ大きな埋石が2つ並んでいる。小谷晴朝は、言うとおりに分部を抱えて、その石の上に立った。
驚いた白根と司老の顔が上に飛び去った。つまり、小谷晴朝はそのまま下に3m近く降下した。
「これは…。どこに通じてるんだ分部?。」
「出たり入ったりしながら天守閣までだ。まず、そっちの穴に行け。これは元に戻るぞ。」
上に居る白根と司老には、そけまで聞こえた後、降下した地面はまたせり上がって元に戻った。
司老はもう一度石を踏んだが、何も起こらなかった。白根は、怒鳴り合っている公安の声が近づいて来ている方を向いて、どうかわすか考えていた。
穴の中はヒンヤリとしていた。上から太子堂の中の蛍光灯の光が見える。
「太子堂の床の隙間か…。」
「これが何だかわかるか…小谷のオヤジ。」
分部は苦しそうに言った。
「お前が非常線を突破できたマジックのタネだ。」
分部は奥を見た。
「道三隧道。俺の爺さんが、長年の研究の果てに見つけた。」
隧道はトンネルの日本語だ。
「そうなのか。30年前にはまだ発見されてない訳だな?。」
「いや。今も公式には発見されてない。」
「今も?。」
「古文書には道三隧道とあるが、道三の時代以前に…これは存在していたと爺さんは言ってた。土岐氏がここで守護職になる以前。土を掘り下げ掘のようにして、その中に石組を組み、土を埋め戻して作られた。見ろ。何百年も昔に組まれた石組なのに…カミソリ一枚どころか、水も染み出していない。この入口の上下する仕掛けは、道三の時代の物らしい。」
上から、白根と誰かが言い争っている声が流れてきた。分部はポケットからペンタイプのマグライトを差し出すと、小谷を促した。
刑事は逃亡犯に肩を貸しながら、石組の中を進み始めた。
「換気はどうなってる?。」
「作った当時の物もあるが、爺さんが直したものや新しく作り直した物もある。そこから太子堂の床に風が通るように作ってある。」
「何故こんな凄い遺跡が未発見になってるんだ?。」
「二次大戦前。旧日本陸軍は長良橋の下に地下通路を造ろうとした。偶然道三隧道を発見した。軍は遺跡に興味は無く、南から伸ばしてきた地下通路をそのまま繋いで北に伸ばした。その瞬間道三隧道は軍事機密になった。道三隧道について書かれていた古文書は全て回収され、爺さんの研究も禁止された。もちろん探す事などもってのほかになった…。」
「それでもやめなかった…?。お前の爺さんだとしたら?。」
小谷晴朝は少し笑いながら、分部の表情を盗み見た。
「…特別高等警察って名前の連中が、爺さんを見張っていたらしい。爺さんは俺の親父を使って、鷺山を調べさせた。昭和20年5月3日。太子堂の裏を50Cm掘り下げて、さっきの石を見つけた。」
「その頃から警察とはライバルか…。遺伝子だな、分部家の。」
分部は初めて小谷晴朝の顔を見た。
「…かもしれん。」
その言葉を聞きながら、石組の通路が前方と左に分岐しているのが、ライトに照らし出された。
「どっちだ?。」
「真っ直ぐだ。岐阜城に行くのに北は有り得ない。」
「じゃあ、この北の通路は何処へ?。」
「北に何キロか行った所にあった大桑城に通じている。ただ、換気口が修理されてない。行くのは無理だ。」
延々と2人は歩いて行った。小谷晴朝は腕時計を見た。
22時30分。
石組ではないコンクリートの壁が正面に現れた。
「ここは爺さんと2人で、コンクリートを割って開けてある。上手く偽装してあるだろう?。この先が長良橋の下になる。」
「軍は大丈夫か?。」
「この長良橋の下を含めて、岐阜駅周辺以外の旧日本陸軍の通路は使われていない。入口は塞がれて、崩落している所も多い。ここは長良橋の基礎だから、点検やメンテナンスが行われているが…点検があっても滅多にここまで降りて来ない。」
分部に代わって、小谷晴朝は窪みに指を入れて、人ひとり通れるだけのコンクリートの塊を手間に引きずり出した。
小谷晴朝は先に入って、分部を引っ張り出した。
「すぐ正面に蛍光灯のスイッチがある。…少し休ませてくれ。」
小谷晴朝はマグライトで現代のスイッチを見つけると、点検用の照明をつけた。
真新しいコンクリート壁のトンネルが照らし出された。
次話予告!
ー第14話伊奈波山北洞 道三隧道の中で、次第に分部の気持ちが変化を見せ始める。小谷晴朝の人間愛は分部を変えられるのか?。それとも…。犯罪者キャラクターを更生させる。作者のこのチャレンジは果たして成功か?失敗か?