第一話 覚醒
はい、こんにちは、いやおはようございますか、それともこんばんは?どうもセシル=ハイデルと申します。
地球にて生を受け、社畜生活がまさに板についていた真っ只中に急遽人生の幕を閉じることになってまった、なんとも報われない地球からの申し子です。
あ、この名前は前世でのものではありませんよ勿論。
僕は生粋の、ナチュラルボーンのお侍男子でしたから。
生前の自分の人生は、涙あり笑いありの波乱万丈の一大スペクタクルでした。
いや、本当だよ。
嘘じゃないって。
他人の人生なんて知らんから、俺にとっては山あり谷ありのそれなりの人生だったわけです。
さてさて、ではなんで華麗に命を散らしたはずの俺が今こうして、俺の人生を振り返ることができているかって?
それも“生前”なんて匂わす単語を使ってしたり顔で語っているかって?
え~、こほんっ
それにはここでは語れない深い訳が…。
そうあれは確かまだ中学生に上がったばかりのこと、まだピュアだった自分が田舎の婆ちゃんちに初めて一人で行こうと思い立ち、電車を乗り継いで…。
閑話休題
先ほどは変なテンション失礼。
することがないと、人間は発狂しそうになるから適度なガス抜きが必要なのだ。
すまないね。
まあ実のところ特別なフラグなんてものは立てていない、つもりだ。
こんな濁った表現になるのは不本意だけど、なんたって昔のことなんてもうおぼろげにしか覚えていないしね。
だから多分、こうなったのも全くの偶然に過ぎないわけである。
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今、俺は少々混乱している。
確かにさっき、少なくとも俺にとってはつい先ほど死の感覚とともに意識を手放したはずだ。
光の届かない海の奥深くに沈んでいく、そんな肌寒さを覚える場所に奥深く沈んでいくまさにその途中、内臓がぎゅるりとかき乱される強い衝撃と共に意識を失ったはずだ。
であるのに今の俺は冷えきっていた身体は温まり切り、というか熱過ぎるくらいに発熱しているし、胸の痛みもどこへいったのやらである。
確かにあの時死を覚悟した自分、なぜこうして再び覚醒しているのだろうか。
俺は助かったのだろうか。
例えば偶然通りかかった通行人が通報してくれたとか。
それなら、あり得る気がしないでもない。
でもあんな深夜の暗い夜道、誰かが運よく通りかかるなんて…
未だに神に見放されていなかったことに感謝しつつひとまず目をあけてみる。
すると俺の目が映したのは、知らない天井ではなく少し薄暗くぼやけた光のみであった。
像を結ぶこともなく、灰色と白、というか黄色というか赤色がふわふわと混ざり合って見えるのみ。
・・・・・・・・・。
分からない分からない。
なぜ見えぬのかわからない。
呆然として文字通り何も見なかったことにして目をつむる。
いや、ちょっとまて落ち着け。
リラックスリラックス、深呼吸。
結論を急ぐな急ぐな。
もう一度目を開けて確認してみてからでも遅くない。
大丈夫大丈夫きっと大丈夫。
急激に上昇した心拍数を抑えつつ、俺の目、再び開門。
・・・・・・・・・・・・・・・。
うーん、何もみえない…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ああ、これはもしかしなくても後遺症ってやつかも。
それにこの感じは意識を手放す前にスマホを見た時とほとんど同じだ。
だとすると…
俺の人生がガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのがわかる。
ああ、終わった。
この歳にして視覚弱者。
それも強度の。
当然今の仕事は失うだろう。
今の社会福祉なら最低限の生活を送れるように国が支えてくれるのかもしれないが、それでも以前のように不自由ない生活がおくれることはないと思う
それも頼れる身寄りは遠方の両親、親戚の類だけ。
とりあえず両親に介護を頼むとして、仕事はどうしようか。
そういえば夢のマイホームのための幾ばくかの貯金があったはずだからそれを親に渡して…
ああ、この先満足して生きていけるのか実に不安になる。
毎日それなりに必死に生きてきて、文句ひとつ、は言ったかもしれないけど長年同じ会社にまじめに勤めあげてきて、行きつく先がここかよ。
そりゃあんまりだぜ…
つい先ほど神に感謝したのをもう忘れて神に恨みつらみを述べてく。
そう、心の中でつぶやいていたのがいつの間にやら口からこぼれていたのだろう。
「…あぅ……うぁぃ…」
だがその自分の口から発した言葉は意味を持っていなかった。
これはもう、吃音症とかいうレベルを超えている程に声を思うように操れない。
自分で意思を伝えることすら困難な状況を悟る。
今後手話が必要になるかもしれないが、先ほどから指先も思うように操れていないことがわかっている。
まさしく全身重傷者である。
自分の置かれている状況がわかって、逆に生きているのが不思議なくらいだ。
死の淵から這い上がって再び絶望の底へと叩き落された、前途多難なこれからの人生に憂鬱な気分になっていたまさにそのとき、ふいに何か柔らかく暖かい感触が頭を触れた。
どうやら誰かが頭をなでているらしい。
力が入り過ぎない程度に、ちょうどよいリズムで頭を往復する少し大きな手。
俺はそんな歳ではなかったはずだし、そんなことをしてくれる彼女もいなかったはずなのだが。
しかし、その優しい触り方にゆっくりと心が安らいでいくのを感じた。
それと同時にかんじる強烈な眠気。
張りっぱなしだった気が緩み、再びまどろみの中へと意識がだんだんと溶け込んでゆく。
眠りに落ちるその寸前、おそらく撫でてくれていたであろう人の毛先が鼻筋に触れる。
心地よく微かに甘い香りが鼻孔をくすぐるとともに俺は再び意識を手放した。
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うーん、やはりそうとしか考えられない。
たった一人脳内で悩み続けていた俺は、ついに受け入れがたい仮説を現実のものとして受け入れる。
他の可能性も考えてはみたものの、これだけ条件が揃っていたら認めざるをえない。
その導き出した結論とはつまり…
俺が生まれ変わった、ということだ。
あの発作後に初めて意識が覚醒してからというもの、俺は寝て起きて繰り返し、時々食事を与えられていた。
そうこうしているうちにわが身が置かれている状況が徐々につかめてきたのだ。
最初こそパニクっていたが、人間は慣れる生き物である。
さすが人間地球の覇者(?)
そうして周囲を客観的に捉えることができていくつか分かってきたのである。
やはり俺は確かにあの時に死んだらしいということ。
そして現在はセシル=ハイデルとして第二の生をうけたようだということ。
これがまず最も重要な情報だと思う。
おれはいわゆる転生者というわけだ。
転生当初は使い物にならなかった俺の目も、時間が経つに連れて見えるようになってきた。
それにより自分が柔肌に包まれた、文字通りの魅惑の赤ちゃんボディーとなっていることを知る運びとなり、現状が分かってきたのだ。
初めてこの身体で目にした人間、というかセシルの母親が俺にとってはとても大きく見えてちびりそうになったことは内緒だ。
名前から推察できる通り、どうやら耳がとらえる言葉も日本語ではなく全くなじみのない言語である。
正確には、セシル=ハイデルも発音の抑揚が少し独特なのだ。
当初は指を指されて繰り返し言われても、俺の名前だということはわかるが全く聞き取れない日が続いたものだ。
だが今ではもう短い会話程度なら十分理解できるくらいには言葉の理解も進んでいる。
さすが寝る子は育つ、だね。
まあとにもかくにも、俺の体はだんだんともとの調子、というと少しおかしな表現だが不自由ないレベルまで五感も回復しているようだ。
初めは目が見えず、声が出なかったのも生まれたばかりで上手く身体が出来上がっていない、というか世界に順応していなかったのが原因とすればほっと一息である。
冷静に考えれば生まれてすぐの赤ちゃんの目は上手く見えていないって聞いたことがあったしね。
繰り返すが、まずはほっと一息なのであったのだ。
一息ついた後に、先立たれた両親に申し訳無く思ったものの、全身重傷者ではなく新生児として在ることにまずは安心した俺がいた。
極限状態だったとはいえ、両親に頼り切って今後の生活を送ることを前提に考えていた自分である。
正直言って俺が此処まで薄情者であるとは思っていなかったので、そんな自分に対して嫌悪感を抱くところだとは思うのだが、その時の自分はただ少しそんな薄情になってしまっていた自分に対して驚くばかりであった。
新生俺となったことで心の変化が多少なりとも生まれたのだろうか。
それとも死という極限状態が自分をかえてしまったのかもしれない。
まあこのことも、ある程度自分の中で整理がついた議題である。
なにせ食っちゃ寝の生活を繰り返していた自分にとって、時間は腐るほどあったのだから。
それに俺は、ある程度後悔したらすっぱりと割り切るスタンスで今までやってきたのだから。
だから、薄情者になってしまって少し嫌いになってしまった自分とももう折り合いはつけたのである。
このことは既に消化済みなのである、問題ない問題ない。
こうしてハイデル家に生を受けた俺。
よく俺の眠る小さなベッドがある一室に訪ねてくるというか、入り浸っている人物がいる。
それは俺のお母様だった。
名をアーリャという。
艶やかな黒髪を腰の辺りまで伸ばした、いつも頭を撫でてくれるお母上様。
筋の通った小柄な顔立ちである一方、柔和な表情をいつもまとっている母様。
なぜこんなにも敬っているのかって?
そりゃあ、衣食住のすべてを実質整えてくれているのが彼女だからだ。
特に二番目。
未だ離乳ができていない俺は彼女の慎ましい胸にメロメロである。
勘違いしないで欲しいがエロい意味はないぞ、ないはずである。
新たに生を受けると同時に新たな扉を開く訳にもいくまいし、適度に節度を守って楽しんでいる。
いまこうしているうちも、母様の腕の中でお食事中だったりする。
今も何食わぬ顔で手をそっと触れたりしているがこれは実にいいものだ。
ただ怪しまれてもつまらないので、ご利用は計画的に、ってね。
いやこれは違うか。
この家庭には他に父親と年の離れた兄上一人が所属しているらしい。
父親はどこかに勤めあげていて、数日おきにちょこっと帰ってきたかと思えば、俺の頭をガシガシと撫で上げて満足している。
日にち感覚なんてわからないが、おおよそだ。
体つきがしっかりしているだけあってこれがまたかなり痛い。
というかハゲそう。
まじでやめて。
名前はアレン。
母同様まだまだ若く見え、どこかに騎士として奉公しているらしきことを彼女から食事中に聞いているが、そんなことはどうでもいい。
こんな美人さんを誑し込む金髪の男なんて絶対にろくでもない奴に決まっている。
実にけしからん。
次に兄のケビン。
こちらは爽やか好青年、というか好少年である。
正確な年齢はまだ聞いていないがどうやら片手で数える程度の歳のようだ、見た目がね。
短く切られた髪に甘いマスク、母さん譲りのイケメンである。
よく俺の寝ている寝室に顔を覗かせては静かに忍び寄り、優しい顔で俺の手を握ってくる。
これがほぼ毎日続くものだから彼も弟ができて嬉しいのだろう。
ちなみに彼は金髪なのだが、俺は黒髪らしい。
髪色では母さんと同じ俺の勝ちだ、残念だったなイケメン君よ。
とまあ、現状分かっているのはまだまだこれくらいである。
なにせ未だにこの部屋―どうやら夫婦のベッドルームらしい―を出たことがないのだ。
この部屋にあるものといえば、目につくのは大きな夫婦ベッドといくつかのタンスと小物入れ位である。
ちなみにこのバカ夫婦は、このベッドで親父が帰ってくる日はほとんど毎回夜に仲良くやっている、子供の寝ているすぐ近くで。
仲睦まじいのは大いに結構なのだが俺も混ぜてくれませんかね。
・・・・・・・・・。
言い忘れていたが、実はもう一つ気になるものがある。
そいつはかなり強い光を発しながらぶら下がっているのだ。
見た目はガラスの浮き玉、分かりやすく言うとガラス玉に網ネットが覆いかぶさっている感じで、その頭頂部から延びる一本の紐が反りの聞いている大人の背丈くらいの木製スタンドの先からぶらさがっている。
一見するとただの電気スタンドにも見えるがそれが電源らしきものに接続している様子はない。
占いの水晶玉が独立して光を放っているようだ。
まことに不思議な球体である。