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天地無用

「それで、よろしいですか?」



 と。空気を読んでいるのかいないのか。なんとなく良い雰囲気になってないかな――と考えた俺を引き戻したのは、ミリアムのそんな言葉だった。

 よく見れば、ミリアムも少し恥ずかしそうにしている。

 公衆の面前で告白してしまったからだろう。周りからは怪訝そうな視線が向けられている。


 ……流石に俺だって同じ立場なら見ちゃうだろうし、間近にいるなら恥ずかしいだろう。

 うん。まあ、しょうがない。



「あ、ああ。どうしたんだ?」

「――――アルフレート様が、こちらにおいでです」

「……"天帝"が……!?」



 いや、ある意味では当然か。

 あの戦いの中で、カイルさんにはっきりと俺が「冥王」だと告げている。戦いが終われば一度接触しよう――と考えるのは、不自然なことではないだろう。



「……何か、話していたか?」

「いえ、まだ……リョーマ様が帰って来てから話す、と。御伴を連れていましたが、特に暴れたりするような様子は無く……」



 となれば、今すぐに戦おうというつもりえ来たわけじゃない、ということか。

 あんな大規模な襲撃を起こした連中だ。もしかすると――という思いはあったが、どうやらそれなりに冷静ではあるらしい。



「すぐに戻ろう。地下か?」

「いえ――旧冥王領。先代の使っていた城です」

「城……」



 というと、俺とミリアムが初めて出会った古城のことか。

 わざわざクラインで待つことも無いだろうし、かと言って地下のことは知らないだろうし――妥当なところだろうか。



「ねえ、リョーマ。天帝、アルフレートって……」

「……この襲撃の首謀者だな」



 動機は人間に対する復讐だと語られていた。その事実に対して、思うところが無いではないが……かと言って許容できるわけもない。

 ただでさえ、アンナに危害を加えられかけているんだ。こちらとしても、言いたいことは山ほどある。



「目的は――――」



 目的は。

 想像……できないわけじゃない。状況を考えても、わざわざ俺たちのもとに来ることを考えても――恐らくは、一つ。


 ――――人間への復讐に手を貸してくれ。


 よもや、泣き落としでもするわけが無いだろうが――彼らの決意には、並々ならぬものがある。

 可能なら穏便に済ませてしまいたいところだが、俺たちのスタンスを聞けば、まず間違いなく争いにはなるだろう。



「……直接聞くか」



 けれど、今の段階じゃあどれも想像でしかない。

 想像の中でなら何とでも言えるのだから、今は「こう」だと決めつけることはしないでいた方がいいだろう。



「ごめん、アンナ。早々に……」

「あたしの旦那様は気苦労をしょい込むからね。怒ってないよ」



 そんな気苦労の多い俺は、理解のある嫁を持てて幸せなもんだ。

 あまり好ましいとは言えない状況の中、それでも笑みを見せてくれるアンナを見ると、しみじみとそう感じる。



「……それじゃあ、一度クラインに戻ろう。話は――それから、だな」



 問題は――アルフレートという魔族のひととなりが分からない、というところか。

 あれだけのことをしたわけなのだから、一筋縄じゃあいかない相手なのは間違いない。ただ、それでも、少しでも冷静で話の分かる人物であってほしいと願うのは――我儘なことだろうか。




 * * *




 天帝の住むという城は、言うなれば土地をそのまま浮かせたようなものだった。

 その土台となる岩は、どこの岩山をそのまま使っているのかと思わせるほどに巨大、かつ下方向に向けて尖っており、それを下に降ろすだけでも小さな村くらいは破壊できるのではないかと思わせる。

 実際、やってできないわけでもないのだろう。よく見れば、その岩の溝には土の跡が見え隠れしている。


 ……戦時、戦略目標に対して落下でもしていたのかもしれない。

 ともあれ、俺たちは場合によってはコレを「どうにか」しなきゃいけなくなるわけで。


 どうにか?


 破壊、できるのだろうか。

 いや、やろうと思えばできるかもしれないが……流石に、天帝をどうにもできてない現状で「そう」することは難しい。


 そして。

 目の前にいるからこそ、分かる。


 ――――"天帝"アルフレートは、俺が戦ったカイルさんと比べても遥かに強いと。



「会談の席を設けてくれて嬉しいよ、冥王」

「………………」



 古城の、かつて会議室として使われていたのだろう一室。

 ミリアムの掃除の手も行き届かなかった――ひとことで言うと、やけに薄汚れた部屋の中。俺たちは、それぞれの側近を連れて長い机を挟んで向かい合っていた。


 俺の隣ではミリアムが立っているが、その対角線上には、一人の女がいる。

 濡羽色の長い髪。軍服にも似た服。外見的にはミリアムと似ているようだが、雰囲気はまるで異なる。

 ミリアムが、どこか刺々しくも優しい――棘を持った花のようだとするなら、彼女は鋭い切っ先を持つ刃と言ったところだろうか。彼女もまた、相当の実力者だろう。


 そして、もう一人。俺の正面で座る男。

 雲の色を映したような、白い髪。青い空を思わせる碧眼。身体的に特筆するべきところは無いが――その身の放つ威圧感は、彼の身体の精強さと膨大な魔力量をそのまま示唆していた。

 貴族然とした衣服と立ち居振る舞いは、彼の出自と育ちの良さを窺わせるに十分だ。放つ言葉には激しい感情は込められておらず、至極冷静な風ではある。


 彼が――"天帝"、アルフレート。

 復讐のために、人間を絶滅させると宣言した男。



「改めて自己紹介させてもらおう。俺が、天帝――アルフレートだ」

「冥王、リョーマ・オルランド」

「……あの、リョーマ様。いつの間に名字を?」

「今朝だ。というか今そこにツッコむな」



 俺も、多分アルフレートも気にはしないだろうけども!

 ここで割り込んでくるんじゃない、ミリアム!



「……それで、何の用だ?」

「敵意が滲んでいるぞ、リョーマ」

「当たり前だ。あれだけのことをしでかしておいて、今更会談なんてどういう了見だ」



 問うと、アルフレートは至極不可解そうな表情をして見せた。



「同じ魔族だろう。今更――などというのは、少々無体じゃないか?」

「自分のしたことを考えろ」

「――――人間を殺せと、命じたからか?」

「当たり前だ」



 怒りに応じて、魔力が滲み出す。

 アルフレートは――怯まない。当然だ。魔力に限って言うならば、俺たちは全くの対等。僅かでも揺らぐ方がよっぽどおかしい。



「……その件については謝罪しよう。お前たちに言わずに行動したことは、間違いだった」

「いやに殊勝だな」

「ああ。お前たちがいると知っていたなら、先に協力を申し出ていただろうからな」

「――――何?」



 それはつまり――――。



「俺に、人間を殺せと言っているのか?」

「そうだ。父祖の敵にして、この世界を蝕む精霊の尖兵――奴らを根絶やしにしない限り、我々に平穏は無い」



 アルフレートは、ごく冷静に――感情の揺れも見せず、平坦にそう言い放った。


 何故、そうだと言い切れる。この馬鹿野郎。

 そう叫び出したくなる気持ちをぐっと堪える。今は、戦いに来たわけじゃない。



「そうとは、限らないだろう。人間の中にも、話の分かる者はいる」

「それも、ごく少数だ。そういった人間も、魔族に対する偏見が根付いている。結局は、一度まっさらにしなければこの世界は維持できない」

「……再び、戦争が起きると? だが、それはお前が出てきてあんなことをしたからじゃないのか?」

「俺たちの襲撃は、呼び水に過ぎん。いずれ奴らは俺たちの存在に行き付くだろうさ。休眠状態(・・・・)にある精霊どもが完全に復活してしまえば、尚更にな」



 ……精霊って、休眠状態に入ってたの?


 初めて聞く情報に驚きを隠しきれないでいると、真横でミリアムがすまなそうな表情で僅かに頭を下げた。

 黙っていたわけじゃないんだろう。単に、言うのを忘れていただけで。


 その実態についてはまだよく分からないが、精霊本体が無事であれば精霊術も使えるものと推測はできる。

 恐らく、奴らは「精霊術」というシステムそのものと呼ぶべき存在なのだろう。だから、休眠状態でもある程度のことはできる……のだと思う。多分。



「人間は、俺たちの存在を認めないだろう。それは既に歴史が証明している」

「一度は魔族を滅ぼしたという歴史があるからこそ、人間も俺たちのことを『自分たちでもなんとかなる存在』と考えているはずだ。だから――――」

「……『だから』殺すのだろう?」

「何……?」

「絶好の機会じゃあないか。自分たちに噛み付いて来る『弱者』が再び現れた――ならば、もう一度殺しに来るだろう」



 ……そういう考えも、できなくは、ない。

 既に一度滅ぼしたから――もう一度歯向かわれないために、再び殺す。むしろ、そういう考え方の方が主流だとしても、おかしくはない。



「だから、今度は俺たちが滅ぼす。魔族の滅びの最大の要因(ファクター)を取り除くんだ。そうでなくては、この世界を維持できはしないし、俺たちも生き残れない!」



 アルフレートは、はじめてその感情の片鱗を明らかにした。

 強い怒り。激しい憎悪。狂おしいほどの――悲哀。


 俺には想像することしかできないが、それでも少しは、理解できる。

 家族を、大勢の仲間を喪ったのだとすれば、人間全てに復讐してしまおうと考えるほどの激情に苛まれることだろう。俺だって、あそこでアンナを喪っていれば、今頃こんな風に冷静に話なんてできはしない。


 ……けど。

 ――――けれど。



「駄目だ。認められない」

「……何故だ?」

「一人でも討ち漏らせば、同じことが起きるからだ」



 そう。

 復讐が成功する確率以前に――人間がそうだったように、完全に絶滅させるなんてことは、普通、できやしない。



「人間は、代行者の力を使って魔族を絶滅に導いた。けど、お前や――ミリアムのように、生き残る者も現れた」

「ああ。あの城のおかげだ。人間は空の領域にまで来ることはできない」

「……同じことが人間にも言える。魔族の圧倒的な力で人間を皆殺しにしようとしたとしても、何人かは生き延びる者が出てくるだろう。精霊が、代行者を呼び寄せるかもしれない」



 例えば森の中。例えば、山の中。精霊に匿われるということもあるだろう。仮に絶滅させることに成功しても、代行者が現れて全てをご破算にしていくかもしれない。



「そうなれば、人間もお前と同じことを考えるぞ。復讐のために、魔族を根絶する――そうじゃなくても、魔族の生き残りはもう百人にも満たない。戦争になれば無駄死にするだけだ」

「そうならないように、お前に協力を要請しているんだろう?」

「そうならないように、俺は人間との共存を目指しているんだ」



 言葉を交わしつつも――――駄目だ、という確信があった。


 ……この男は、戦う以外の道を、見ていない。

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